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  16 告白


 着替えて一階に降りると、玄関には桜井姉弟の姿も、母や妹、弟の姿はなかった。
 それもそのはず……玄関にはきっちり見慣れぬ靴が二足置いてあって、ダイニングの方からやけに楽しげな声が聞こえるのだから。
 まずは少しだけドアを開けて中の様子を窺ってみる――が、すぐに見つかる。まぁ、それも当然。廊下からダイニングに続くドアは擦りガラス張りなもので、隠れようにも丸見えである。
「天空、そんなとこにいないで入ってきなさい!」
 と、母から注意されてしまう。
 そんなこんなで東方家の四名と桜井姉弟がワイワイ喋っていた。
 そのうち、うちの恵と大地が大志くんを気に入った様子で……やたらまとわりつきはじめ、
「きゃーすごーい! お父さんみたーい!」
 恵が大志くんの右腕にしがみついて、大地が左腕にぶらさがり、そんな状態なのに軽々と腕を上げていたのだ。
 ……いやぁ、もぅ……コイツは妖怪類じゃなかろうか。なんて思ってしまう。
 僕でも一人ずつしかできないというのに……僕が脚力ばっかで腕は非力すぎるのか?
 そうこうしてるうちに、母はさっさと買い物に出掛け、
「恵ちゃん、大地くん、大志おにーちゃんと遊んでてね」
「え!?」
「は〜い」
「もっとやって〜」
 先輩の突然の宣告に戸惑う大志くん。それに対し、ウチの妹たちの反応ときたら……全開に喜んで、大志くんに抱きついていた。
 で、僕は?
「天空、部屋行こ」
 こちらも強制。
 一体、なんなんなんなんなんですか!!
 とか思ってたら、あっさりダイニングから連れ出され、二階の自分の部屋。なぜか小さく部屋の片隅に座っている僕がいる。
 先輩は興味深そうに僕の部屋を見て周り、色々なものに手を掛けている。
「……エッチな本とかないの?」
「……ないですよ」
 溜め息が漏れる僕。何を考えてんだ、この人は。
「そう? おっかしぃなぁ……こう、箱に入ってる辞書の中身は実は……」
「いや、ないから。ごく普通に辞書でしかないから」
 どういう会話してんだか。
 何の変哲もないただの学習机をざっと見た後、本棚に並んでいる漫画本のタイトルを流すようざっと見て、
「それにしても、見事にサッカー漫画ばかりね」
 と、呆れたように言ってくる先輩。そしてその中の一冊を手に取り、パラパラとページをめくった。
「まぁ、好きですから」
「実は漫画のキャラと同じ技に挑戦したことがあるでしょ?」
「人並みに、やってみました。が、見事に首から落ちました」
「……誰でも影響を受けて挑戦するものなのね。あたしも大志に消える魔球を仕込もうと思ったけど、失敗したけどね」
 消える魔球って、野球盤の技じゃなかった? まぁ、野球系統のものには詳しくないんだけど。
「そのかわりに、消える打球に近いものはマスターさせたわ」
 消える打球って何だよ。
「なんたらギブスとかはさすがにやらなかったけど、常に足と手に二キロずつ、ウエイトを付けさせといたし」
「……常に四キロついてるんですか?」
「バカ言わないで。八キロよ! 右足、左足、右手、左手、各二キロ」
 単純な計算ミスか……じゃなくって!
「は、八キロって、それ、ある意味……イジメっていうか、体罰というか……」
 何だろ?
「そういう地道な努力があってこそ、今の大志があるのよ! バカにしないでくれる? ……だけど、即レギュラーな戦力があっても……あのポヤっとした性格だけは治らないから、結局使えず万年補欠!」
 無駄な努力ですね、と言いそうになって飲み込む。うっかり言ってしまったら先輩に何をされるか分からない。それに桜井姉弟が野球にかけるなんとやらの勢いがこれまたハンパじゃないよな。僕だってそれなりにサッカーを頑張ってきたつもりだったけど、この二人の意気込みには到底敵わない。
「仕方ないわよね……あの性格じゃ」
 それなら大志くんにサッカーを薦めたいところだけど……ここは言葉を飲み込む。
 するとそのまま、会話が途切れた。
 先輩は手に持っていたサッカー漫画の単行本を元の場所へ戻し、そのまま動かなくなってしまった。
 部屋はとても静かになって、アナログの壁掛け時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる程度。
 どうして二人きりになると会話がなくなるんだろう?
 やっぱ先輩は、少々無茶なことを振ってくれるぐらいが僕としてはちょうどいいというか……。素直なのもいいけど、いつもの先輩の方がずっといい。
 ここはバカな話題で――! ケガも覚悟の上だ!
「先輩!」
「……何?」
 あらら、ちょっと冷め気味な反応。
「……」
「……なに?」
「いや、あの……」
 呼んだのはいいけど、何も考えてなかったというオチで。
「特に話題が見当たりませんでした。……すみません」
 なぜか謝ってるし。
「……一緒に居づらいでしょ? あたし」
「いえ、そんなことは……」
 ないんだけど、先輩の気分スイッチの都合によってはそういう場合も……。
「いつも学校で見てる先輩が、やっぱり一番かな……」
「一番?」
「そうです。黙って抱きついてくるのもいいですけど、無茶振りしてくる先輩が一番好きです」
「無茶振り……」
「こう、普通の女子高生とは違う感じがですね……」
「普通じゃなくて、異常な女子高生……」
「えーあ……」
 僕の回答に対してポイントだけ抜き出したあげく、なぜ暗くなってるんだ! ここでイッパツ食らわせるぐらいの勢いできてもらわないと……。
 ……言い過ぎたか? これは。
「すみません、言い過ぎました。でも、それら全部をひっくるめて、先輩が好きです」
 しかし先輩は部屋を出ようとドアの方へ足を進める。
 いかん、怒らせた! って、普通怒るだろ、あれだけめちゃくちゃ言われたら。
「伊吹さん、付き合ってください!」
 いや、こんなことで機嫌が直るとは思ってもないけど、勢いで言った。すると先輩は足を止めて顔だけこちらに向けてきた。表情からは怒ってる感じはしなくて、普通に見えた。
「あたしも天空のこと好きだけど……」
 夢じゃなかったんだな、こんちくしょう、と天にも舞い上がらんばかりの喜びが僕の中を駆け回るが、必死にそれを抑えつける。脳内では花畑を飛んでいるイメージ映像放映中。
「付き合わないわ」

 ――バーン。
 ――ぼとっ。
 脳内で花畑を飛んでいたものが撃たれ、地に落ちた。イメージ映像はそのまま砂嵐へ。

 先輩はそのまま部屋を出て、一階へと降りていく。
 ……なんで? どうして? だれがこういう結果になると予想したかね?
 両思いなのに、付き合おうって言ったら、あっさり断られました。
 僕は壁に背を預けたまま、ズルリと横に倒れた。
 それって……僕が、野球部員じゃないから?
 つーか、こんなのってアリかよぉぉぉぉぉぉ!!!!

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2009.01.13 UP