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  14 雷鳴響く夜に【2】


 桜井家の二階は異常なほどに静かだった。
 夕食の時に先輩を見ただけで、その後もずっと部屋にこもっていた。お風呂が開いたと言った時も返事はあったけど出てこないし。
 大志くんの部屋で男が二人――最初のうちは学校のことや部活のことを話していたものの、それも三十分が限界。今は話題がなくて黙ってるし。
 だから無駄に、雨の音や雷の音が大きく聞こえたりする。
「……雷、ですね」
「……そうだね。近くなってるかな?」
「……どうでしょうね」
「……」
「……」
 ダメだ! なぜかダメだ!
 出て出てこいこい、話題〜!! って、難しいよな、これは。
 年齢は二つ違いでまぁ近いものの、学校が違うから学校ネタはほとんど通じない。面白いことは面白いような気はするんだけど、いまいち伝わってこないだけに、僕が振った学校ネタも大志くんには意味不明だったかもしれない。
 そして部活の話――大志くんは野球部で僕はサッカー部。なんとなくルールは分かるけど、深い話になると意味不明だった。僕もついつい熱く語ってしまったが、きっと大志くんには面白くない話だっただろう。
 なんて考えてたら、共通の話題ってものが特にないことに気付いてしまった。
 どうしてこういう時に限って、先輩は現れないのだ! 来なくていいときに限って出てくるくせに。
 時計はまだ、九時を四分の一過ぎたところを指している。
「……すること、ないですよね」
「……うん」
「……寝て、いいですか?」
「あ、ああ、遠慮なくどうぞ。僕ももう、寝ようかな……」

 電気を消して、おやすみなさい。
 外は稲光がすごいな。音はそうでもないけど。
 慣れない布団に入って、僕は目を閉じた。
 ……んー、押入れで長期放置されたものの独特の臭いが何だかヤだなぁ。ちょっと湿ってる感じがするし。
 贅沢である。

 ――ドーン。
 もう少しで眠りに落ちそうだというところで、現実に引き戻された。
 しばらく眠れず、何度も寝返りを打ち、ようやくやってきた睡魔だったのに……ものすごく悔しく思っていた。
 体の向きを反転させて目を閉じるが、すっかり眠気はふっとんでいた。また眠れそうにない。
 そんな時、部屋のドアがゆっくりと開かれ、誰かが入ってくるような気配を感じた。
 横にあるベッドの上からは寝息が聞こえるので、大志くんではない。
 誰が入ってきた?
 僕は寝たふりをしつつ、その気配を探った。
 すると、僕にかなり近い位置で止まり、
「天空、天空……」
 僕の体をゆすりながら小声で呼んできた。
 ……先輩!? これって、夜這いじゃないっすよね?
 ちょ、待ってください。心の準備が……でも、押し倒――って、んなこと、あるかい!!
 自分に都合のいい妄想はダメだぞ、天空。
 僕は今まで寝てたよう装い、「ん〜」と少し遅れて返事をして、めんどくさそうに体を起こしてみた。今、起きたばっかりだからね〜。
「――うぉっ!!」
 いや、装いきれなかった。上半身を起こしてすぐ、先輩が僕の首に手を回す格好で抱きついてきたんだから。心拍数がずがんと急上昇!
「えっと、あの……」
 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれはぁぁあああ!!!
 落ち着け、落ち着くんだ、天空! 僕がこんなのじゃ先輩の思う壺じゃないか。
 よし、落ち着いたぞ、僕は落ち着いてるんだ。ヒヒヒヒヒ……ひ?
「……先輩?」
 呼吸と体が震えてないか? まさか、先輩に限って……ありえない。
「……ごめん、雷、怖くて……」
 アリエネー。頭の一部はそう否定するが、先輩の数少ない女性らしい部分がちょっと嬉しかったりもする。
 それをなだめるように僕は先輩の肩に触れ、ゆっくりと撫でた。
「大丈夫ですよ」
 小さな声で彼女にそう言った。不安がる子供にしてやるよう、背中をぽんぽんと軽く叩いたり、撫でたり――って、これはよく、弟と妹にやってる(現在進行形)のだが。
 しかし、この部屋、落ち着かないなぁ。大志くんの安らかな寝息のせいか?
「先輩、とりあえず、部屋に戻りませんか?」
「……やだっ!」
 と言われても困る。雷が去るまでこのままか!? 嬉しいけど、色々と落ち着かないというか、スリル……はあまり気にするほどじゃないかもしれんが、なぁ。
 こういうのは二人っきりな方が、個人的に好みだったりするのですが、どうですか。
「僕も一緒に行きますから、あの、どうもココ、落ち着かなくて……」
 だからと言って、先輩の部屋なら落ち着くわけでもないんだけど、彼女は渋々といった感じで納得した。
 真っ暗な廊下を経由し、非常灯が灯る先輩の部屋へ、彼女の肩を抱いたまま向かう。
 先輩の部屋に入り、ドアを閉めたものの、座る場所に悩んでいたら、あっさりまたしても抱きつかれてしまった。
 ……今までなら押し倒した後だろう。しかしながら、今回は相手が先輩で、ちょっとアレな人なので、そういう展開には発展することなく、されるがままといった感じか、どうしょうもないというか、どうにもできずにあたふたしてるというか。
 先輩が喋ってくれないから、背中を撫でたり、ぽんぽんしたりしかできなくて、何だかもだもだ。
 僕ができることって、些細なことだなって、実感していた。
 雷がしつこい。
 あ、光った、と思ってたら、嫌な音を発する。すると先輩が震えて、強くしがみついてくる。僕はそれをなだめる。
 堂々巡りで進展の見込みがない。
 僕は足踏みしとくより、先に進みたいんだよ!
 気持ちばかりが焦って、何もできてないのが現実だけど。
 いや、言っちゃえばいいじゃん、なにタイミング計ってんだよ!
 そう、「先輩、好きです」って言っちゃえばいいだけなのに、何を構えてるんだよ!
 あーもぅ、分かってて好きになってんだろ!
 ――自分の中で葛藤が続く。
 肯定しつつも否定し、それを繰り返す。繰り返し続ける。
 答えは出ているのに、認めない自分がいる。認めたくない彼女がいる。
 ああ、もぅ……。

「先輩……」
 僕の胸に顔を埋めたままの先輩を呼んだ。
 ちゃんと僕の顔を見てくれてから、先を続けた。
「好きです」
 非常灯のあまりにも頼りない灯りだけど、僕の目はしっかりと先輩を捕らえていた。
 一度、目を見開き、その後、困ったように目を泳がせ、まつ毛を震わせていたことも、僕には……。
 今の僕には、愛しく映ってしまう。
 頬を撫でてやると、目を閉じて身をすり寄せてくる。
 口付けて、抱きしめて……。
 とても幸せだった。
「好きよ、天空……」
 信じられないぐらい、幸せだった。
 だけど、寝て、目覚めたら夢になってしまいそうな、儚いもののようにも思えた。
 だから今だけでも……。

 人の夢は、儚いから……。

 彼女が眠るまで、僕は先輩の側にいた。
 安らかな寝息をたてる先輩の額にそっと口付けて、そっと布団を抜け出し、大志くんの部屋に戻って布団にもぐりこんだ。
 僕のために用意された布団はもう冷たくなっていた。
 雷もいつの間にか去っていたけど、まだ雨は降り続いていた。



「ほら、いつまで寝てんの? さっさと起きなさーい!」
 という威勢のいい声と同時に、掛け布団を剥ぎ取られた。
 さっき寝たばかりな気がするのに、もう明るくなっている。
 起こしに来たのは言うまでもなく、先輩だった。
 僕は顔を上げつつも体を丸くして、先輩の攻撃に抵抗する。
「あまり寝てないっす。もうちょっと優しく起こしてほしいです。今、何時ですか?」
 てんでバラバラな言いたいことを放出。
「知ったことじゃないわ。それ、無理だし。八時過ぎたわよ」
 僕から剥ぎ取った布団をてきぱきとたたみながら、それにしっかり対応するあたりはさすが先輩。
 八時か……他人んちでだらだらと寝てるわけにもいかないしなぁ……。起きなければならない状況だ。仕方なく体を起こす。
「大志! アンタも起きなさい!」
「ふぇいっ!!」
 寝てるのに反射的にそんな返事をする大志くんは、のそりと布団から体を起こし、フラフラしながら部屋から出て行く。
 これは先輩が仕込んだ……いや、彼女からの攻撃を回避するための見事なプログラムと言えよう。
 でも、半分寝てるんだろーな、アレ。階段から落ちなきゃいいけど……。
 なんて大志くんの心配をしてる場合じゃない。
 先輩が僕の正面に腰を下ろして、迫ってくるじゃないか! あ、の、ちょっと!!
「おはよう、天空」
「あ、はい、おはようございます、先輩……」
 背中に手を回して、ぎゅっと抱きついてくる。ドキドキしてたくせに、これはこれで落ち着くので……僕も先輩の背にそっと手を添えてみる。ま、どうも「殴られるかも」という不安が消えないんだけど。
「……って、こんなことしてる場合じゃなかった」
 と、いきなり突っぱねてくるし。
「着替えて、顔洗って。朝食にするから」
「え、着替えるって……」
 言われても、着替えなんてないじゃないか。制服も風呂から上がる頃には消えてたし。
「制服でいいじゃない。持ってくるの忘れたけど」
「土曜の朝から、学校行かないのに制服ですか?」
「じゃ、大志の服でも貸そうか?」
「無理です、着れません」
「じゃ、あたしの服は?」
「無茶言うな! それも無理!」
「それってサイズ的に? それとも、サイズが合えば着るの?」
「着ませんよ」
 何で女物の服を着なければならないんだ。
「制服でいいです、制服で」
 だいたい、どこに消えてたんだ、アレは。
「アイロン掛けしたばかりだから、温かいわよ」
 わざわざ洗濯されてたのか! すみません、どうも。
 敷布団を畳んどいてと言って、大志くんの部屋を出て行く先輩は、僕の着替えを取りに一階へと降りていった。
 僕は言われた通りに敷布団を畳んで部屋の隅に置いて、窓から外の天気を窺った。
 まだ、小降りではあるものの雨が降っていた。

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2008.12.18 UP