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13 雷鳴響く夜に【1】
大志くんは黙々と勉強に取り組んでいた。
彼は着実に進化をしている。
謎の大志ワールドへの召喚回数が減ってきたのだ。
これを進化と言わず何と言う! いや、せめて進歩って言ってやれよ。
ま、着実なだけに、自分ペースのマイペース。根っからののんびりさんには変わりない。
……先輩も大志くんを見習って、もうちょっと僕好みの――無理。絶対無理。ありえない。僕が否定できるほどに、彼女はアレキャラなんだ。分かってる、分かってるんだ! だから困ってるし、何かの間違いであって欲しいと願うんだ。だけど、自分で認めちゃったからもうどうにもならず……はぁ、と溜め息だけ漏れる。
「大丈夫、ですか?」
僕の溜め息が気になったのか、大志くんがそう尋ねてくる。
「……たぶん、大丈夫」
ここにいると、余計でも考えてしまう。
大志くんの部屋の壁、その向こうにある先輩の部屋。えらく静かだけど、何をしてるのかな、って……この、変態っ!
なぜか脳内に描いてしまった着替えシーン。頭を振って打ち消す。
「雨、かなりヒドいですよ? 帰るの大変じゃないですか?」
「……あめ?」
何だ、そっちか。アメ、あめ、雨!?
どうやら今まで、僕が天空ワールドに囚われていて、現実のことを捉えきってなかったようだ。
外から聞こえるかなり大きめの雨音にさえも気付けないとは、どんだけ向こうに行ってたんだ!
慌てて椅子から立ち、カーテンを開けた。窓に打ち付ける雨。部屋の灯りが照らすベランダの一部は排水が間に合わないのか、水溜りができている。
「な、な、なんじゃこりゃー!!!」
この状態で家に帰れってのは無理。
だからと言って、バスももうないらしいし、先輩の親も僕の親も車を運転しない。
最終手段、タクシー。痛い、その出費! つーか、自転車どーすんの!
僕は頭を抱えてしゃがみこんだ。
――助けて、ド○えもーん。はーい、どこでも○ア〜♪
……あったらいいな、どこでも○ア。
「……ふ……ふふふふ……」
「そ、天空さん?」
よし、分かった。僕はこれから数日間、咳と熱と頭痛に悩まされることにするよ。
僕の横を通る車は、無情にも水溜りの雨水を撥ね、僕は上から横からたっぷりと冷たい雨水をかぶるんだ。そして、他人の心の冷たさを知るんだ。そうだ、そうだ……。
つ、辛いなぁ。
っていうか、誰か、雨に気付いた時点で僕に教えてほしかったよ。だったらすぐにでも帰ったのに……。
「あの……ぼくの部屋で良ければ、泊まりますか?」
僕は顔を上げ、大志くんを見た。目が合うと、彼はやわらかく微笑む。
この子は、天使だ! なぜかそんなことを思う僕。
「マジで? ホントに? いいの?」
僕は天に舞い上がるような気分だったのだが、
「お母さんがいいよって言ったら」
と言われた瞬間、地に急速落下していった。
待て。お母さんの前に、お姉さんの存在をすっかり忘れていたじゃないか。
や、やっぱり帰る、帰っとく。
「ごめんなさいね。いつもの分しか用意してなかったから……」
桜井家の食卓。
桜井母と大志くんと先輩と僕、四人が囲んでいた。
あっさりとお泊りにOKが出てしまったのは言うまでもない天候です。
「いえ、僕の方こそ、突然すみません」
「仕方ないじゃない、この天気だもの」
強くなったり、弱くなったりしながら雨は降り続いていた。天気予報でも、明日の午前中いっぱい雨マーク。夕方のスッキリしていた空は一体何だったんだ。嵐の前の静けさか?
いつも、人の三倍は喋りそうな先輩だけど、今は黙々といつもより少なめになってしまった食事を口に運んでいた。
ここに来るといつも思うのだが、この家で父親を見たことがない。その存在すら感じさせない。気にはなるけど他人の僕が踏み込んでいい領域ではないと思うから、聞くことができず、ただ、気にしてる。
ま、ウチにも普段は自宅にいない父という存在があるけど。
僕は、いただきます、と言ってから、目の前に並んでいるちょっと少なめな夕食に手をつけた。
ウチの母には電話で、桜井家に泊まるということを伝えた後ではあるものの、やはり自分の家ではないだけに、落ち着かず、緊張しまくっている。
僕は大志くんの家庭教師で、伊吹先輩の後輩で、桜井家の父親不在で、ごにょ、ごにょ、ごにょ……。
「天空くん、お風呂どうぞ」
「あ、どうも」
「寝巻き、お父さんのだけど、使ってね」
「すみません、どうも」
ここで初めて、桜井家の父が話しに出てきたが、特に聞くことができないまま、僕は風呂にどっぷり浸かり、余計なことばかり考えていた。
先輩のこととか、先輩のこととか、先輩のこととか、先輩のこととか――ええい、やめい! その他もたぶんなんとか、かんとか……。
それで大丈夫なのか、天空! とか自分に言い聞かせながらも、やっぱり考えてることは相変わらず……この、エロめ! 違う違う、そんなこと、考えてな……。
…………。
ぐっ!
風呂から上がって、先輩の母から使うように言われたまだ新しそうな寝巻きに袖を通した。
こういうの、きちっと着て寝る派ではないだけに、少々どころかかなり落ち着かない。自宅でやってるような、Tシャツとパンツもできるわけないし、ここは我慢。何より、ココが自分の家ではないことと、先輩の家であるということが原因の一部でもあるはずだ。
慣れない寝巻きで洗面所を出ると、ダイニングでくつろぐ桜井母と目が合ってしまう。
この家、風呂の位置が悪い。どうあがいても、風呂からはダイニングを経由しなければ他の部屋にも、外にも出られないという仕様だ。この家に住むと、うかつにケンカもできないだろう。
「あ、天空くん。お茶、飲む?」
いらないなんて言えない。とても言える相手ではない。そして、風呂上りの一杯は欠かせない、そんな僕は、それを断る訳がない。
「すみません、頂きます」
せっかくくつろいでいたお母さんなのに、僕がお茶を断らなかったために動かざるおえなくなってしまったことだろう。ホントにすみません。ホントに、お構いなく。
ダイニングに長居しても申し訳ないし、とてもくつろげないだろうから、早めに退散したいものの、大きなグラスにたっぷり注がれたお茶を飲むのに必死で……何でこんな大きなコップに麦茶を入れたのか、疑問に思いつつ、無理しつつ、ぐい、ぐい、と、飲み干してみた。
「天空くんはお父さん、居る?」
何とも不思議な質問をお母さんに投げかけられていた。
「居ますけど、家には居ないですね」
と、僕は解答した。単身赴任中で、小学二年の時に父以外は今の家に定住したけど、父さんはいつも、国内を年単位で飛び回っている。今は……どこだったかな、僕もよく把握してない状況。そのぐらい、あちこち回っている。
「それ、単身赴任?」
ズバリ正解。
「そうですね」
ここから、桜井家の父について、会話を展開させる場面だろうけど、僕は踏み込みきれなかった。すると、桜井母はこんなことを言った。
「うちのお父さんも転勤族なのよ。ここに私達だけ定住するまではずいぶん振り回されたものね」
って聞くと、まだ、桜井家の父は健在のような。
「ウチの父もそうなんですけど……」
「あら、これってもしかして、もしかするかも。うちのお父さんの同僚に、東方くんっているのよね」
そう言われてみると、ウチの父さんと母さんの会話にも「桜井くん」という名が出てたような、なかったような。
「それって……」
「たぶん、同じ会社だと思うんだよね」
思うに留まらなかった。まさに同じとしか言いようがなかった。
意外な共通点を見つけたと思ってしまった。
「お父さんの名前、太陽?」
「……そうです」
もう、ドンピシャでしょ、それ。
「やっぱりね。最初に伊吹から名前を聞いたとき引っかかってたのよね〜」
桜井母の満足げな笑顔に、何となく先輩の笑顔が重なった。
……親子だ。
とりあえずここはそう割り切って、深く考えないよう、とにかく努力するのに精一杯。
さすがにマズいだろ! 好きな人の母親の笑顔にドキっとしてちゃ。
僕は麦茶を一気に飲み干し、その辺りのちょっと待てや! な部分も一緒に飲み込みつつ、
「お茶、ごちそうさまでした」
と言って、さっさとリビングを後に……。
「あ、大志でも伊吹でもいいから……たぶん、伊吹の方がいいかな。お風呂に入るよう言っといて。天空くんの布団は大志の部屋に敷いといたから」
「はいっ! すみません、ありがとうございます、おやすみなさい」
僕はお母さんに向かって三回ぐらい頭を下げてからリビングを後にした。
――雨音に混ざって雷鳴が聞こえる。
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2008.12.10 UP