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  12 天空模様は曇りときどき雨


 今まで、テストではどの科目も九十点台を取り続けていた。それ故に、過剰な期待を受けてきた。
 別にプレッシャーではなかったけど、面白くはなかった。誉められて嬉しかったのは小学校低学年まで。
 高校に入って初めての定期テストは……何となくやる気が起こらなくて、一番難しそうな問題を三問ずつぐらい解いて提出してやった。
 結果、母――海月(みづき。クラゲではない)は悲鳴を上げ、単身赴任中の父――太陽(たいよう)からは電話で説教された。
 分からなかったわけじゃない。やりたくなかっただけ。今までにないテスト結果に、僕は満足だった。
 別にマジメじゃないのに、成績だけはいいからって何かと優等生扱いされてた、東方天空は中学までの話。
 ――高校でバカデビューだ。今までは周りの雰囲気が許してくれなかったけど、自由気ままにバカやって、気楽で極楽な学生生活を送ろう。そう思ってスタートした高校生活だったのに、それは無理らしい。桜井伊吹に出会ってしまったから? サッカー部に入ったから?

 現実は、何かと振り回されてる高校生活なんです。
 桜井伊吹という先輩に。


 季節はジメジメと鬱陶しい、梅雨へ突入。大気の状態も不安定らしく、深夜、突然鳴りだす雷に、何度目が覚めたことか。
 学校では、定期テスト終了に伴い、部活再開。放課後の部活時間に雨が降ってれば、校舎内で一時間ほど筋トレが行われていた。腕立て、背筋、スクワット。これはまぁ、定番なものだけど、階段での懸垂なんて地獄以外のなにものでもなかった。落ちたら――ちょっとマズい高さなんで。うっかり落ちて足でも痛めたら大変なことになる。
 同じグランドで部活をやってる野球部の方も、雨の日は校舎内で筋トレ。
 ここでもライバル意識を燃やしまくる両部は――筋トレ量で勝負。いや、やめてくれ。こっちは疲れるだけなんで。
 そんな関係もあれこれ三年目な三年生の先輩方は、勝手に腕立て勝負。これは最後まで残ってた両部の部長が、同時に果てて引き分け。
 体力が回復しきらないうちに始めた背筋では、あっさりバテた。
 少し長めに休憩を取って、次に始まったのが空気椅子対決。
 いや、もう……どーでもいいですから、別々の場所で筋トレしましょうよ。躍起になってない人はみんな、疲れの混じった迷惑顔です。
 そんなのが雨の降る日にいつも行われるのだから、僕も体のいたるところが筋肉痛になっていた。

 ま、雨が降ろうが槍が降ろうが、自転車通学な僕です。さすがにこればっかりは、雨が降ったらお休みしたい。
 まず、家が逆方向なんだし、しかも終了時間とか遅いし。それから自転車で家まで帰るのにまた時間が掛かる。
 梅雨時期の家庭教師。交通面を何も考えてなかった。むしろ、辞めたいと思った。
 しかし、それを許してくれる先輩だとは、砂一粒たりとも思ってない。
 大志くんの家庭教師として、桜井家へ行かなければならない火曜日。とてもじゃないが止みそうにない雨。僕は帰りのことを心配して先輩に聞いてみたのだが、
「……大丈夫! バスという交通機関があるじゃない!」
 タダじゃないし、交通費は自腹なんでしょ? 割に合わない。
「……あ、しまった。バスの最終が七時半なんだ」
「通常通りにやってたら、帰れないじゃないですか!!」
「おほほほ、ごめんなさいね。イナカなもんで」
 笑って誤魔化されてもねぇ……あの地区、すっげーイナカだけど。
「時間短縮、もしくは晴れた日限定とか、ダメですか? 足りない分とかは後でちゃんとやるので」
 先輩は僕から目を逸らし、拗ねた表情をしてみせた。
「……やだ」
「……やだって言われてもですねぇ」
 こっちが困る。
 車の運転免許を持っててもペーパードライバーな母に迎えは頼めないし。
「じゃ、条件を飲んでもらえないんなら、辞めます、はどうですか?」
「却下よね」
「やっぱりそうですか……」
 そうですよね。言うだけ無駄だった。
 くっそー! 雨に濡れて、風邪ひいて、肺炎になって死んだら、呪ってやるー!
 分かってはいたけど、やっぱり悔しかった。
「……そうね」
 溜め息を漏らしてから、先輩は穏やかな声を発した。
「それでなくても、帰る時間が遅くなるのに、雨だとさすがにキツいわよね」
 帰る時間を一時間ほど遅くしてる原因が自分にあることは分かってるだろうか? そんな疑問が喉まで出かかったが飲み込んだ。
「……分かったわ。雨の日は来れないってお母さんに言っとくわね」
「すみません、助かります」
「でも、来れなかった日数分、後で埋めてよね」
「それは、もちろんです」
「あと、も一個条件」
 と、先輩は僕を上目遣いで見上げてくる。そして――!!
「これだけは、日課にしたいの」
 に、に、に、日課って!?
「ダメ、とは言わせないからね」
 僕に抱きついての近距離上目遣い、キター!
 そりゃ、まぁ、嬉しいですけどね、あの、場所が、アレなんで、素直に喜べません。

「あ、桜井に襲われてる」
「……あーあ。カワイソ」
「今度は一年か……」

 という声が聞こえる。
 ワタワタと手を振り回す僕。
 こ、こ、ココ、一応、学校だし、廊下だし、まだ生徒がいるし、かなり見られてるし、とにかく、恥ずかしさだけが増量。値段はいつものままでも、これはお得ではない!
「や、やめてください、ちょっと!!」
「大丈夫、大丈夫。あたしが相手なら、誰も誤解しないから」
 何で誤解されんとですか。……あなたの性格が問題ですかね。
 誰も桜井先輩みたいな手と足による攻撃が早い変人を好きになったりはしないでしょうよ。
 僕は……そんなあなたの、他人が知らないであろう部分を知ってしまったからだろうね。特別な感情を抱いてしまったのは。
 いや待て、巻き戻し。
 ――桜井に襲われてる。今度は一年か。あたしが相手なら誰も誤解しない?
 ……むっ。
 って、何だ。嫉妬か? あっはっは。まさかぁ。
 くそっ、いままでにもこういうことを平気でしてたのか。
 むーむーむーっ。
 先輩に抱きつかれて嬉しいくせに、素直に喜べなくなってきた。脳の一箇所から「喜ぶな」って指令がいつもの倍以上発せられている。
 こういうこと、したくないくせに、僕は抱きついている先輩を引き剥がし、顔を背けた。
「……やめて下さい」
 したくないのに、拒絶色が濃い声音でそんなセリフを吐き出す。
 誰にでもそんなこと、して欲しくない。僕だけを見てろよ!
 自分勝手な独占欲――重症だ。
「……そうね。こういう場所ではやめとくわ」
 と、先輩は素直に応じ、体を反転させた。
 それもそれでちょっと寂しいというか、怒らせてしまったのだろうか。もしくは次回、反撃を食らうという予告なのか。予想できる全てのことが、伊吹クオリティ。こっちも無事ではいられない……かも。
「で、では、今日はとりあえず、自宅へ帰らせていただきます」
 僕は先輩に背を向け、右足と右手を同時に前に出し、ロボットのようないびつな動きだけれども、その場を後にしたかった。一刻も早く!
「うん、じゃ、さようなら。また、明日!」
 あっさり僕を見送ってくれるようだが――また、明日……何が起こるのでしょうか。


 水曜、雨。部活はまたしても先輩の闘争心のせいでハードな筋トレだった。いい加減にしてくれ。

 木曜、またまた雨。そして言うまでもない筋トレ。全開の筋肉痛で、とてもついていけなかった。微サボリでなんとかかわしてみた。

 そして金曜日。久しぶりに太陽が雲の合間からこんにちは。父さんじゃないよ。元気……だろうけど。単身赴任、ご苦労様。
 今週初の野外での部活。しかし、グランドはまだ湿っぽい。そんなの気にせず、気にならず、ひたすら久しぶりにボールを追っかける、戯れる。滑る、こける、ボール受ける。
 終わった頃には泥だらけ。
 ……あ、金曜日。
「今日は来る?」
 片づけを終えて部室に戻ろうとしてたら、なぜか嬉しそうな顔の桜井先輩がそんなことを聞いてくる。
 つまり、アレ。なんとなく定着してしまってる家庭教師の日。そのことだろう。
 すぐには答えず、僕は一度、空を見た。雲は……あるけど、雨雲とは思えない程度のものがポツポツとある程度。かてきょ終わって帰るまではなんとかなりそうだと僕は判断した。
「はい、行きます」
 そう答えた僕の何がおかしかったのか、先輩はクスクスと笑い出した。
「……天空、何だか嬉しそう」
 ……え?
 何のことだかさっぱり分からなかったのは一瞬――すぐに弁解に入る。
「ち、違います! 嬉しくなんてありません!」
 必死だった。とにかく。
「あらぁ? 何を必死になってるのかなぁ〜?」
「ちっ、ちがっ……何も、別に」
 掘ってます、掘ってます。墓穴という穴を。
「着替えたら、駐輪場で待っててね〜、待ってるね〜」
 と、笑いながら言う先輩は、野球部部室に消えていく。
「ちょ、桜井ちゃん!」
「着替え中、着替え中!」
「……別にいいわよ。眼中にないから」
「って、脱ぐな!」
「……おお!!」
「誰が見ていいと言ったぁ!」
 ――バキッ!
「ぐあぁ!!」
 ……。
 だったら、やめろよ、それ。
 ちょっとどころか、結構な勢いでムッとしてる僕は、誰かがが見ている訳でもないのに笑顔を作ろうと努力していた。だけど完璧までに、引きつった笑顔であろう。

 むーむーむー、の、むー。
 テンション、上がりません。むしろ、下がりっぱなしで怒ってるとでも言おうか。いや、ただスネてるだけかも。まさに、その通り。
 桜井家へ向かう道。先輩と二人、自転車で走っている。
 先輩から話を振られても、へーとかふーんとか、そうですか、ぐらいしか答えたくない。会話、成立してない。
 怒ってますよ、僕は。スネたあげく、グレたくなりますよ。着替え中の男子高生がいる更衣室に平気で入って着替え出すというその無神経な部分に。
 もうちょっと、いや、もっと恥じらいというものを持つべきだ。僕と一緒にいるときは……えーあーうー。あれは僕限定にしてほしいけど、だからって普段がオープンすぎるのもちょっと……。
 何かと複雑。
 桜井先輩の性格も複雑。とにかく意味不明。普段の行動は理解できない。
 僕の気持ちもそれ故に複雑。――ホントにこれでいいのか!!

 特に会話らしい会話もないまま、先輩の家に到着。
 雲が掛かったような気分で、僕は大志くんの勉強を見ていた。
 ――本日の天空模様、曇り、ときどき雨。ところにより雷雨。

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2008.11.27 UP