TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【7】


  7 かてきょーサッカー少年 天空(採用確定)


 気が重い。
 とにかく、気が重くて、体も重くて、眠くて、寝起きでなぜか疲れてた。
 それでもいつも通り、通常通りに学校へと向かってしまう僕は、職業病とでも言うべきか。
 学校の駐輪場――たくさんの生徒で溢れていた。僕もその中の一人。
 昨日とだいたい同じような所に自転車を置いて、生徒玄関へ向かう。途中、桜井先輩らしき人の後姿を発見したのですぐに追いかけたのだが……見失ってしまった。
 ……ヤバい。

 誰かが「あれ、知ってる?」なんて言うと、ビクっとしてしまう。それは僕のことではなかったけれど、そんなことで何度も肝を冷やし、冷や汗がじわりと滲んでいた。
 授業中も気が気じゃない。僕がこんなことをしている間にも、二年の教室では僕のありもしないウワサでイッパイになってたり、それに色々なオプションが追加されてとんでもないものに変化して、一人歩きをはじめていたら……。
 しかし、そんな心配は無用なものだった。
 ――放課後、部活タイム。
 またしても出遅れた僕が部室から飛び出したとき、野球部の部室へ向かおうとしているのか、制服姿――やっぱり男子用ネクタイ着用の桜井先輩を発見したのですぐに呼んだ。
「桜井先輩!」
「おーおー、今日もサッカー? いい加減、野球に転身しなさい」
「イヤですよ」
 いつもの先輩だった。そうなると、ちょっと切り出しにくいんだけど……ここは勇気を振り絞って、頑張れ天空!
「いいわよ、野球。白球をバットで思いっきり打ち飛ばし、それを必死に追う。流れる汗がキラキラきらめく……目指せ甲子園! まずは県大会から制覇! その前に練習あるのみ!」
 何を熱く語っても、無視です。
「あの、昨日のことなんですけど……」
「あ、かてきょ? あれ、週二でいいよ。次は都合がいいときで」
 そーじゃなくって!!
 何だか悔しかった。先輩にとって、昨日、僕に抱きついたことなんて、弟の家庭教師以下のことに過ぎないんですか!
「……それとも、やっぱできない?」
「いや、そんなことはないですけど……母から許可も頂きましたし」
「だったらいいじゃん。またよろしく。来れる日はあたしに声掛けといてね」
「はぁ……。じゃなくって!」
 急に大きな声を出した僕に驚いたのか、先輩は瞳を瞬かせた。
「な、なに!?」
「だから昨日、なんで僕に抱きついたりしたんですか」
 先輩は拍子抜けしたように、なーんだ、そんなことか、と漏らし、
「まぁ……そうね。気にしないで。特に意味もなければ、あたしが個人的に好きなだけだし」
 と言って、彼女は僕の横を通って野球部部室へ向かおうとした。
 ……個人的に好きなだけだし? これ、どう捉えるべきでしょうか。
 ま、彼女のことだ。特別な意味はあるまい。
「あの、誰かに言ったりしてませんよね?」
「まさか……」
 後ろ手を振りながら、部室に入る彼女。
 ホント……意味不明。
「ぎゃぁ! 伊吹さん! ノックぐらいしてください!!」
「うっさいわね! 見られたって減りゃしないでしょ!」
 …………。
 まだ着替え中の男子である部員がいても、平気で入っちゃうんすね……。
 ……さて、部活、部活っと。
「と、突然脱ぐな! 一応、女子なんだし、ココにはまだ、健全な男子がだなぁ」
「健全なら何もしやしないんでしょ? だから、減りゃしないって言ってんでしょ!」
「それとこれとは話が別! 桜井は女だろ! 恥じらいを持て!」
「うっさい、黙れ! つーか、グダグダ言うならあんたらが出ていけ!」
 と、着替え途中の野球部員が次々と部室から放り出されていく。
 上は着ていても下はまだパンツだったり、下だけきっちり着込んでたり……ユニフォームに着替えるのも大変ですね。僕らはティーシャツに半パンだったら活動できるし。
 …………。
 さてと、良い子は桜井先輩の着替えシーンを想像しないでください。
 つーか、なにやってんですか、あなたは!!
 いやいやいや、部活、部活……っと。
 もう遅いけど、新山先輩が関わるなと言った理由がよく分かる。
 僕もできれば、関わりたくないんだけど、もう今更無理だと思うので、必要最低限にしたいものです――が、

 ――ザバーン。
 ……。
 ぽたぽた。

 今、何が起こった?
 何で水、ぶっかけられた?
 校舎の脇を歩いてて、上からバケツ水が降ってくるというのは、一昔前の漫画やドラマの定番ではあったはず。
 しかしここはグランドではないものの、そこから数メートルという土手。ちょっと疲れたものだからサボリ中でした。水も上から降ってきたものじゃなく、横からばっさり掛けられたものだった。背後で金バケツを地面に下ろす音も聞こえたし。
 そう、なんとなくは気付いていた。こんなことを平気でしそうな人物といえば、一人しかいないのだから。
 怒りを抑えつつゆっくりと後ろを向くと、なぜか目を輝かせた桜井先輩が立っていたのは言うまでもない。
「……何ですか、これ。偶然じゃなくて、不意で故意で必然ですよね?」
 僕はできるだけ、穏やかにそう言ったけど、怒りは極限で、一言でも気に入らない発言があればぶっつりキレそうという状態。なのに先輩はとても嬉しそうに首を何度も縦に振った。いや、いつもよりかわいらしい態度ですけど……そんなんじゃ許しませんよ。
 まぁ、ほんの少しだけ、キレるまでの執行猶予が伸びたとは思うが。
「その、もふもふのマリモみたいな髪が、濡れたらどうなるのか、ものすっごく気になってしまっただけなの。気にしないで」
 ものすごく嬉しそうな顔で、拳を握りながら言われたら……ある意味怒る気も失せます。つーか、失せた。呆れました。肩を落としてがっくりするぐらいに。
 一体、何を考えてんだ、この人。
 何で髪型がどうだこうだって……誰がマリモなんだよ。
「水中でマリモもいいかも」
 ものすごく嬉しそう。
「で……水ぶっ掛けて満足ですか?」
 僕は怒りもどっかいっちゃって、もう、どうこの人を始末しようか、冷静に考え始めていた。全然、案はないけど。むしろ、ハンパなことをしたって返り討ちにされることぐらい分かっていたさ。
「……そうね。やっぱり坊主頭にすべき――」
「イヤです!」
「バリカン――」
「いりません!」
「部室にあるわよ?」
「何で!?」
「……不祥事用」
「そう頻繁にないでしょ?」
「……ん……非常持ち出し――」
「持ち出すな!」
 はぁ、はぁ……何でこんな口論で息が切れてんだ、僕は!
 運動不足か……まだまだ取り戻しきれてないのが原因か……遊びすぎたか……わかってらぁ!
 なんて、心の中でどうでもよさげなことを言い合う僕と僕。
 そんな僕と桜井先輩がいる、野球部とサッカー部の境界に近いグランド外の土手に、掴みやすい大きさのボールが飛んできた。
 野球部員のイヤガラセか……。練習サボってても、下級生に来るもんだな、こういうの。弱いものイジメか?
 しかも、どう見てもそれは故意だと言わんばかりに、一人の野球部員がこっちに向かってボールを投げたままの格好で、こっちを睨みつけていた。
 僕が文句でも言ってやろうと思ったのだが、先に駆け出してしまった桜井先輩の様子をついつい伺ってしまう。
 膝蹴りが見事なぐらいにキマって、野球部員はひっくり返り、のた打ち回った。
 いや、僕でもその膝蹴りを顎に食らいたくないですね。肝が冷えたどころか、全身がさっと冷たくなり、冷たい汗がどっと出てきた。一時的に涼しいどころか寒かった。
 どんだけ強いんだ、桜井伊吹。
「ごめんね、ウチのバカ部員が」
 くるりとこちらを向いて明るくそんなこと言われても……どうしたらいいんすか、僕は。
 ――だから関わるなって言ったのに……。
 そんな声が我がサッカー部員から聞こえたような気がした。
 サッカー部員の視線は、僕に向けられている。
 ……しまった。サボってるのもついでにバレた!
「いい度胸してんな、東方……練習をサボるとは」
「いえ、あの……すみません」
「学校の周りを五周走って来い!」
「は、はいっ!」
「見張り頼むぞ、青木」
「へいへい」
「返事は、はい!」
「はいはい」
 見張りまでつけられるとは……サボると思われたんだな。
 どこから出してきたのか、竹刀を片手に自転車でついてくる青木さんに、
「ペースが遅いぞ。これじゃレギュラーにはなれんな。所詮、中学レベル」
 とかなんとか、めちゃくちゃ言われ続けた。
 というか、僕はずぶ濡れのままなんですけど……。
 体、というか服が重い!

 何とか走り終えて、しばらくは体が熱くて何ともなかったのだが……急に寒くなり始め、
「――ふゃっくしゅ、ふぇっくしゅ」
 くしゃみです。連発です。とにかく、何だか寒いです。
「あははは、変なくしゃみ」
 とこちらを指差し笑う、野球部側の桜井伊吹。
 ……よく言った。これも、水をぶっ掛けてくれたアンタのせいです。

 帰る頃には、体には寒さ、頭部には熱さを訴えている僕の体――ああ、風邪だ、これっ……ふぃーっくしゅぃ。ずずず。

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2008.09.07 UP