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  3 野球部とサッカー部のどうでもいい因縁


 彼女はフゥっと息を吐き出した。
 いよいよ語られる、野球部とサッカー部の――。
「野球部顧問の岡野と、サッカー部顧問の川口はね……幼馴染みで、二人のコンビネーションは最高だったそうよ。しかし、ある試合の日、どちらかが腹痛で出場できず、その時の結果が散々で……二人の仲がこじれてしまった。
 そのまま所属していたスポーツクラブをやめた二人は、別々の学校へ進学し、偶然にも同じ教師の道を歩み……この学校で再会を果たしたものの、このありさまよ」
 大人の勝手な事情に生徒までも巻き込むな! ってやつだ。
「それでなくても、グランドの使用状況がアレだから、互いに邪魔だとは思ってたらしいけどね。今みたいな状況の火付け役は顧問なのよ」
 大人気ない。
「で、顧問たちは何のスポーツで最高のコンビネーションを発揮してたんですか?」
「さぁ……バスケとか、バドミントン、テニスという説もあるわね。あら、バレーだったかしら?」
「どれにしろ、野球とサッカーに全く関係ないじゃないですか」
「スポーツクラブをやめた後にそっちを始めたというウワサがあるけど」
「説やウワサなんてどうでもいいです。いや、全てにおいて、どうでもいい話でした」
 一話またぐほどのネタでもない。むしろ、無駄です。
 もっとマシな話が聞けると、少しでも思い、期待した僕がバカだった。
 情けなさというか、期待はずれとか、急にやってきた脱力感とか疲労感がごちゃまぜになって、体の中から外から襲い始めた。耐え切れず僕は頭を抱え、それらを溜め息と一緒に吐き出したかった。
「ね、止めない?」
「……誰をですか?」
 僕は顔を上げず、桜井先輩に力なく答える。
 変に疲れた脳がどうも誤変換を起こしていたらしく、「泊めない?」と聞こえていた。
「野球部とサッカー部の無駄な争いよ」
「……ああ、なんだ。桜井先輩のことかと思いました」
「何であたしなのよ」
 誤変換からして、泊めろと迫ると思ったのもある。そして、無駄な争いの前に、あなたの暴走を止めるべきだとも思ったから。しかし、正直に言っては命の保証がなさそうなので、
「いえ、別に……」
 と言うだけに留めておく。
「で、どうする? 止めるなら、双方に内通者と所属する部員たちを説得し、止める人が必要じゃない」
「でも、僕はまだ入部一日目の下級生ですよ。そんなことできるとは……」
「大丈夫よ! 野球部側はあたしが代表だもの。とーぼーそらがカラちゃんでも、テンカスでも、下級戦士でも、どうにかなるわ」
「……ここ、怒るところなんですけど、怒っていいですか?」
 さすがの僕も、ものすごく叩きたくなりました。
「あら、まだ驕ってくれるの? やる気満々ね。とりあえず、そうね……腹ごしらえの後は第一回目の作戦会議といきましょうか」
 ――は?
 おごる? 誰が? 何を?
 どうやら彼女は「怒る」と「驕る」を聞き間違えたらしい。なぜだ。なぜ僕の方から「驕っていいですか?」なんて聞かねばならん。
 さすがに、怒る気力もなくなるぐらいに呆れてしまった僕は、大きく息を吐き出し、肩を落とした。

 今度はレモンティとまたしてもポテトを注文してきた桜井先輩。僕は……コーラだけにしておいた。
 ああ、今月はもう、満足に買い食いができそうにない。小遣いアップを母に提案するか、バイトでもこっそりしてみるか……。
 また旅立っていった野口さんのいなくなった財布――小銭しか残っていない財布の中身に、溜め息が漏れた。溜め息しか漏れなかった。
 結局、また……、
「お! 三本多いわ」
 なんて、桜井先輩はポテトを食べながら数えてたものだから、
「作戦って、何かあるんですか?」
 と聞いても、
「うるさい。黙りなさい」
 と言って、黙々とポテトを食べてただけで、作戦会議は食した後。待ってる間に僕にとってはどうでもいいことになってしまっていた。
「いい? サッカー部がウチのエリアに飛ばしたボールは、キミが責任持ってささっと取りに行って離脱すること。あたしもそうするから。だったら、どうにかなりそうな気がするの」
「それでどうにかなりますかね?」
 単純に、一年の僕が下っ端なんだし、ボール拾いをやらされるというよくある伝統にしか聞こえないんだけど。
「どうにかするしかないじゃない。何なら部活の日を一日交代にでもする? それはそれでいいと思うけど、先輩たちを納得させることができる? 無理でしょうね。スポーツバカの団体だし、毎日の練習が大事だもの」
 あの、その「スポーツバカ」に僕も含まれるんですよね? 撤回してもらえませんかね。――言えないけど。
「まぁそんな感じで、明日からよろしく」
「……はぁ」
 うまくいくとは微塵も思ってないけど、団体でケンカを売りに行くという状況を避ける手段にはなるかもしれないし……やってみなきゃわからない。まだ結論を出すには早いな。
「じゃ、ごちそうさま。あら、もう真っ暗じゃない……」
 用が済んだらさっさと退場。先輩のあまりに早い切り替えに……僕は置いてけぼりだ。
 送れってのは嘘? 用が済んだら僕は用済み?
 本日何度目か分からない溜め息を吐き出してからテーブルを片付け、ようやく自宅への道を走り出した。


「おかえりー」
「おかえりー」
「……ただいま」
 玄関を開けて出迎えてくれたのは年齢一桁の弟と妹。無邪気な笑顔を浮かべていた。遊んでくれオーラがものすごくにじみ出ている。いつものように。
「遊んでー」
「あそんでー」
「……ご飯食わせろ。今日はヤだ」
 疲れてるのに遊べなんて実際に言われたら……疲れがどっと押し寄せてきた。
 真っ先にダイニングへ向かうと、夕食の支度を終えた母は横になってテレビを見ていた。
「ただいま」
「ああ、おかえり天空。部活初日なのに遅かったわね」
 一年だからかしら? と独り言のように漏らしながらよいしょ、と数年前より少し重くなった体を起こして立ち上がり、背を伸ばした。
 本当ならもっと早くに帰れてたはずなんだけど、変な先輩に捕まってしまって……とは言わなかった。
「すぐ夕飯の準備するわね」
「ママー、ソラが遊んでくれないー」
 母にまとわりつく甘えざかりの弟。
「仕方ないでしょ? お兄ちゃん疲れてるんだから……」
 ……兄弟の歳、離しすぎ。よく思う。今日は特に思った。小学生の半ばまで一人っ子環境だったのに、あれよあれよと二人も増えてた。小さいから無理言えないし、泣くからキツく言えないし。何かと子守役をさせられ、高校生になってもまだ遊べとせがまれている。
 弟は母の後ろをついて歩き、妹の方は僕の腕にしがみついてぶら下がっていた。
「離れて〜重いよ〜」
 僕はやさしくそう言いつつ、疲れてんだからとっとと離れろ! と目で訴えてみたが……それは通じるはずもなく、目が合ったことが嬉しいのか、妹はパッと笑顔になりまして、今度は足を絡めてきた。コアラ状態。
「だーかーらー、重いってー」
「キャー」
 振り落とすつもりはないが、離れてほしくて体を揺すれば逆に喜ばれているし。
 父さんがいてくれたら……僕になんか見向きもしないくせに。
 父は数年前から単身赴任で地方に出ている。帰って来るのは月に一度か、ひどくて半年に一回。
 最初のうちは下の子がうるさく、しつこく泣きじゃくっていたものだが、慣れてしまえばどうってことはないような、僕と母さんだけ子守りに疲れているような……。
 とりあえず、ご飯を食べよう。そしてさっさと風呂に入って、今日は寝てしまおう。お兄ちゃん、高校生になって、何だか大変になってて疲れてるから……頼むから分かってくれよ。

 その日の夕食後、何とか予定通りに風呂、就寝という流れで長く感じた一日を終えた。

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2008.08.12 UP