TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【1】



  1 『サッカー部 VS 野球部』という状況


 部活のサッカーで大活躍したとか、成績が優秀だとかで市内にある県立某高校に推薦であっさり入学が決定しまして、個人的には何だかつまんなかったりする。
 東方天空(とうぼう そら)十五歳。高校に入ったら、まず、バカやろうと思います!


 卒業、春休み、入学式。数週間のうちに、中学生から高校生という肩書きになりました。
 さてと、とにかく、高校ではサッカーを楽しむとしよう。目指せ、国立競技場!
 なんと言ってもこの高校、全国大会の常連だもんな。きっと、練習も充実して――るんだと思ってた。
 練習を見に行くまでは。
 グランドはそう広くはない。いや、サッカーか野球、どちらかがやるのならば十分な広さなんだけど……真ん中に、見えないフェンスがドーンと立ってるような異様な雰囲気。なんだこれは!
「あなた、一年生?」
 背後から女に人に声を掛けられたのでそちらに振り向くと、なんとも色気のない、学校指定のジャージ姿の……女子生徒かな。
 太陽で茶色く見える髪を耳の後ろ、少し低いところで束ねているので、なぜ真ん中じゃないのか非常に気になる。そして、キツめの口調にキツい目。いかにも怖い先輩って感じの人だ。
「はい。一年ですけど」
「いかにも野球少年って感じね。野球部に入りなさい」
「い、いやですよ!」
 何で野球部に入らなきゃいけないんだ。どこが野球少年なんだよ! 僕はスポ少の頃からサッカー一筋のサッカー少年だぞ!
「そんなこと言わずに、一緒に甲子園を目指しましょ?」
「僕は、国立競技場目指してますから、遠慮します!」
 これがウワサの勧誘か。こんなのに捕まってる場合じゃない! とにかく、サッカー部の方へ逃げなければ……と思ったら、グランド中央部――見えないフェンス付近に、サッカー部員と野球部員が集まりだし……文句の言い合い、どつきあい。
 ど、どういうことだ、これ!!
「あーあ、また始まった」
 僕に声を掛けてきた女の人は、そう焦りもせず、そんなことを呆れたように言った。
「キミ、サッカー部に入部希望?」
「そうですよ」
「ウチの野球部とあんな風に対立してるけど……まぁ、同じ学校のセンパイとして、よろしく」
 と、僕の背中を強めに叩いてから彼女はゆっくりと乱闘の地、グランドへ――。袖をまくり、肩を回し……大地を蹴って、中央へ向かう。
 何をする気だ、あの人!!
「くぉらぁぁ!! またやってんのか、この、ボケ軍団めー!!」
「ひぃ!」
「い、い、い、いぶきさ――ごばぁ!!」
 一人の野球部員がぶっ飛ばされたのを合図に、集まっていた両部員は蜘蛛の子を散らすようその場からいなくなった。
 残されていたのは、ぶっ飛ばされて倒れている野球部員とぶっ飛ばした女の人だけ。
 ……よろしくしたくないです。
 とてつもない所に、僕は足を踏み込もうとしているらしい。
 諦めるなら、今だろうな。今ならまだ間に合う。よし、サッカーは諦めよう。潔く。長かったサッカー人生よ、さようなら。
「あーサッカー部長、そこのグランド入り口に、入部希望の一年がいたわよ」
 ひ!
 サッカー部の部長らしき人がこっちを見てる。
 いや、それだけじゃない。野球部員たちも僕をもう敵視してる! ものすごくたくさんの視線が突き刺さって、動けなくなって逃げる事を忘れてしまった。
「あ、あれ……西中の東方じゃないか?」
「東方ってあの……得点王?」
「キャプテン、今年も国立、夢じゃないッスよ!」
「ついに優勝できるかもよ」
 え、え、えええええ――!?
 逃げろ! 逃げるなら今のうちだ!
「東方だ」
「マジで!?」
「あ……」
「逃亡した!! 捕まえろ!」
「あっはっはっは。なに言ってんの? それ、ギャグ?」
 捕まえないで、このまま逃がして!
 しかし、中三の夏に引退してからろくに動いてなかったというか、まぁ、腰の強化はしっかりやってたんだけど……ってそれは全然役に立ってない。走ってもすぐに息が上がってしまい――捕まっていた。
「逃亡した東方を捕獲! なんちってな」
「おもしろくねー」
 ホント、おもしろくねー。
 僕はあっさりと追いかけてきた現役サッカー部員二人に取り押さえられていた。


 いやぁ、思えば、ものすごいとこに来ちゃったなー。
 ――ゴッ
 今日は何だか逃げられなくて、見学してるだけなんだけど……横から後ろから、野球のボールが飛んできて、たまに当たるんだけど……。これ、面積狭いくせに当たると痛いね。
 僕に当たってるってことは、練習中のサッカー部員さんたちの方にも転がってるわけで……反撃が開始される。
 あるだけのボールを蹴って、蹴って、蹴りまくり、野球部エリアを侵食。そんな状況を野球部員側も黙っているはずがなく、またしても見えない境界線に両部員が集まり出す。
 本日だけでも二回目。
 あの、スポーツマンシップにのっとり、正々堂々といきましょうよ。いや、やっぱり行かないで下さい! とてもフェアプレーできる状況じゃないし、勝負にこだわりまくった、陰湿で険悪な戦いにしかならない。
 とか思ってるうちに、今度は砂煙が立ち上るほどの勢いで乱闘が始まってしまった!
「ボールは友達なんだろ? グランドの隅で楽しく蹴って追っかけてろ」
 さすがにそういう言い方は許せないんですけど……誰が言ったか分からないけど、野球部員さん。
 何だか抑えきれない怒りの勢いか、僕は乱闘が起こっている場所へゆっくりと歩いていった――のだが、割ってはいる前に野球部員のスパイク蹴りを腹に喰らいそうになったので、反射的に手でガードしたのだが、突き刺さって裂かれるような激痛が腕を襲った。案の定、手は血まみれ。それを目の当たりにした両部員は乱闘どころじゃなくなり、息を飲んだ。
「キャプテン、さすがにこれ、マズいって」
 誰もが脳裏に「出場停止」の文字が浮かんだのだろう。顔色が悪い。
 そこへ先程の、野球部側のマネージャーであろう彼女がズカズカとやってきて、
「この、大バカ、スポーツ、軍団、が!」
 と言いながら、そこにいたサッカー、野球部員を片っ端から叩いて歩いた。
「で、アンタ!」
 僕? 彼女はしっかり僕を指差していた。
「意味も分からず、この乱闘に割り込まない! ケガするだけだし、ケガしてどうする!」
 ああもう、意味も分からずケガしましたとも。どうせ僕もバカの一人ですとも。
「とりあえず、保健室。言い訳は……後で考えるわ」
 言い訳って……こっち、ケガしてんですけど。


 生徒玄関の隣に保健室はあった。
 鍵は開いていたが、保健医の姿はなく……両部、最悪の事態は何とか回避できるかもしれない。が、僕にとって最悪な事態が避けられない状態――どころか、もう、まさに生き地獄。
「あーいやいやいや、たいたいたいたい、いだぁあああああああ!!」
「うるさい、黙りなさい!」
 黙ってられるか! 黙っていられるのなら、静かにしとるわ!
「あ゛――――――――――!!!!!」
 なぜ、どうして……どこを擦ったか不明なタワシで傷口を思いっきり擦られなきゃならん! 意味不明な菌に冒されてしまうかもしれない……これも、野球部の陰謀か。
「これで砂は全部出たかしら?」
 普通に洗い流してくれ、頼むから。
 腕が真っ赤になるほど擦られてるだけに、傷は余計に深くなったというか……保健室に来た頃にはかたまりかけてた血がまた流血になってた。
「消毒、消毒は……」
 慣れない保健室を物色するように探し始める彼女。危険物を持ってきてぶっかけてくれそうで心配になってきたけど、何とか普通の消毒を見つけてくれたようで少し安心した。
 少しだけ。どうせまた、恐ろしいことが起こるに違いない。

「それにしても、野球部員じゃなくてよかったわね、そのケガ」
 彼女は消毒液の染みた綿で、思いっきり傷口に塗りこんでくれた。
「つっ……ちっとも良くないでしょ」
「だって、野球少年には致命傷になるじゃない。腕のケガって、たぶん」
「あぐっ……サッカーなら問題ないとでも言いたいんですか?」
「いや、そこまでは言ってないけど……ホントにごめんなさいね。ウチの野球部って全国大会常連校でしょ? でも春の県大会、初戦敗退しちゃってるからちょっと気が立ってると思うんだ」
 そう言ってるようにしか聞こえないし、気が立ってるからってやっていいことと悪い事がある。たまたまどちらの顧問もいなくて、保健医もいない。僕はまだどこにも属さない部外者だし、もみ消そうと思えばできるし、騒ぎ立てることだって可能だ。
「ああそうだわ。まだ自己紹介してなかったわよね。あたし、野球部のマネージャーやってる二年の桜井伊吹(さくらい いぶき)よ」
 何だか今更な感じがするけど、こちらからも自己紹介。
「僕は、一年の東方天空です」
 傷の消毒に集中していた彼女はようやく顔を上げ、僕を覗き込むような格好になる。
「あら? 泣いてんの?」
「普通、泣きます。タワシで思いっきり擦られたあげく、消毒を塗りこまれたら。次は包帯で締め上げられるんですか?」
「……泣くほど喜んでもらえるとは思わなかったわ」
「喜んでません。むしろ嘆いています」
 ああ僕は……なんてところに来てしまったのでしょう。
 絆創膏が貼れるとは思えない傷なので、案の定ガーゼと包帯という大袈裟なことになっちゃったけど、
「よし、完了。さすがあたしだわ」
「どこがですか」
 もう、包帯がぐっちゃぐちゃ。そんなんでよくマネージャーができるものだ、と僕は心の中だけで反撃を開始してみた。

「とりあえず……騒ごうが黙ってようが、あたしがとやかく言える立場じゃないけど……とにかく、喋ったらキミが希望するサッカー部もただじゃすまないってこと、忘れないでね」
 桜井先輩は穏やかにそう言ってグランドの方に戻って行ったが、しっかり脅してるじゃないか。

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2008.07.25 UP