TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【18】



  【18】


 バイト初日。早めに到着。
 作業着ジャンパーと軍手を渡され、ロッカーに自分の荷物を入れ、作業場で流れてくる宅配物を番号化されてる目的地別に仕分け。
 単純な作業だが、数は多かった。

 貴子の手作り弁当を食べて午後からもがんばりたいところだが、バイトは三時に終わる。

「お疲れ様でした」
 終了したので帰宅します。


 帰ると、玄関に見慣れない靴が一足。リビングから楽しそうな声がするから覗いてみた。
「ただいま」
「おかえり、裕昭」
「お邪魔してまーす」
 あ、杉山さんの奥さん。
「こんにちは」
「今朝はごめんねー」
「いえ……」
 思い出させないでよ。
 杉山さんはマシンガンのようによく喋った。たまに話の矛先がこっちに向く。
「貴子さん、美人だよねー。どこで捕まえたのー?」
 捕まえ……?
「一年半前ぐらいに、偶然?」
「じゃ、十八ぐらいから付き合ってんだ」
 ぎくり。むしろ今が十八歳。でも黙っときます。なぜなら杉山さんがまだ喋ってるから。
「私と春くん……えっと、主人、春斗っていうんだけどね。五つ上なんだけど、私が高校生の時から付き合ってて……」
 五つ上……僕の八つ上か。通りで落ち着いた大人に見えたわけだ。とりあえず、ハルくん目標にがんばろう。
「裕昭くんと貴子さんって、何歳違い? 私んとこより離れてそう」
 そりゃもう、聞いたら驚きますよ。僕は言わないけど。
「何歳違いに見える?」
 貴子もそう言ってうまくごまかそうとしてる。
「そうだなー」
 僕と貴子の顔を交互に見て、
「七、八歳かな?」
「正解!」
 僕がハタチって言ったとき額突いたくせに、貴子はもっとひどいじゃん!!


 杉山さんの奥さんが大きなお腹を抱え、夕飯の準備しなきゃと帰った後。
「ひどいよ」
「……いいのよ」
 卑怯だ。

 今日の夕飯は……自家製ホワイトソースのグラタンだった。



 平日の朝、杉山さんのご主人と同じ出勤時間。あいさつするのが日課になった。
 何の仕事をしてるか分からないけど、スーツ、かっこいいな。僕もスーツ着て出勤できる仕事ができるように……いやいや、今はバイトを精一杯頑張らないと。


 給料日、やっともらえた給料は九万ほどだった。卒業前に採用が決まってた会社だったら、正社員で月十五万だったのに、バイトだとこれが限界か。月の生活費がいくら掛かるか知らないけど、結局、貴子の預金を頼ることになるのだろう。
 その日の仕事が終わって帰宅すると、もらった給料を貴子に渡す。父さんが母さんにしていたように。
「ご苦労様」
 貴子は給料袋を受け取り、笑顔で言った。袋から二枚僕に差し出す。
「はい、お小遣い」
 二千円じゃなくて、二万も?
「こんなにいらないよ!」
「じゃ、一万?」
 それでも多い気がするけど……。
「うん」
 とりあえず持っておこう。


 三ヶ月が過ぎ、バイトも慣れたどころか生活の一部になった頃。
 仕事を終えて帰宅した僕を、誰かが呼んだ。
「吉武さん、助けて」
 玄関で壁に手を突いたままの杉山さんの奥さんから絞り出すような声。
「どうかしました?」
 自転車を家の前に止めて、杉山さんに近づくと、足元には旅行にでもいくような荷物。
「う、うう……」
 う?
「産まれる!!」
「ええ!? ちょっと待って! 貴子、貴子、すぐ来て――!!」
 慌てる僕は、大声で貴子を呼んだ。近所迷惑と分かっても、叫ばずにはいられなかった。
 杉山さんの奥さんは玄関で僕を呼ぶ前に、病院、ご主人、タクシーと電話した後だったから、数分後にやってきたタクシーに奥さんと荷物を乗せて見送った。
「大丈夫、かな……」
「大丈夫よ。結さんしっかりしてるから」
 でも、あんな状態で産めるの? 赤ちゃん。

 その日の夜八時、家のチャイムが鳴った。時間が時間なので僕が出ると、杉山さんのご主人だった。
「すみません、遅い時間に」
「いえいえ」
 初めて近くで見たけど、やっぱりかっこいい大人だ。
「昼間、結がお世話になったみたいで、ありがとうございました」
「いえいえ、僕なんて何もできなくて……」
 と話していると、貴子も出てきた。
「結さん、大丈夫ですか?」
「無事に産まれました。男の子。結も元気です」
 無事に産まれたと聞いて安心した。
 今回は杉山さんちのことだけど……うちも、三ヶ月後には……。



 そんな騒動から一週間。大きなお腹が印象的だった結さんはスリムになり、赤ちゃんを抱いてあいさつに来た。
「先日はありがとうございました」
 腕に抱かれてる子はテレビで見る赤ちゃんより小さかった。
「名前は亮登(あきと)になりました。これからもどうぞ、よろしくお願いします」
 大きく頭を下げる。
 赤ちゃん抱いてるんだから、そんなにオーバーアクションじゃなくても……。

 そんな感じに、うちのまだ産まれてない子のお友達が先に産まれた。



 梅雨時期は通勤に時間は掛かるし、雨合羽を着ても、袖口や顔が濡れて気持ち悪い。学生の頃から思ってたけど、自転車が便利なのは晴れの日だけだ。
 洗濯物も乾かなくて、室内には変な臭いがする生乾きのままの服が日に日に増え、着るものに困った。


 梅雨が明けるとどんどん暑くなり、セミが鳴きはじめた。
 杉山さんちの亮登くんも、セミに負けないぐらい、大きな声で泣いている。

 うちも、赤ちゃんを迎える準備をしていた。
 布団、服、哺乳瓶、石鹸、ガーゼのハンカチ、おむつ、などなど。たくさんありすぎて、何かを買い忘れてても分からないぐらい。
 いくらか、杉山さんちからもらった物もあるし、必要なもの、必要ないものを教えてくれるみたいで、貴子も助かると言っていた。
 お腹はずいぶん大きくなってるけど、産まれるのはまだ二ヶ月も先。あのお腹はどこまで大きくなるのだろうか。


 杉山さんちみたいに、夫婦と赤ちゃんで幸せに過ごす日が、僕たちには二ヶ月後にやってくるのだと思っていた。
 僕と貴子と赤ちゃん。
 ここで僕たちは幸せになるんだ。今まで以上に。



 世間の学生は夏休み。
 学生ではない僕は、当然仕事に向かう。
 自転車で、いつものように。リュックには貴子が作ってくれた弁当が入ってる。
 汗が額から、首から、背中から伝う。目に入ると痛いから、額の汗だけ腕で拭った。

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2012.02.09 UP