TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【16】



  【16】


 ごく普通に生活していた。だけど、決心していた。
 とりあえず、卒業式が終わるまで、大人しくしておいた。
 父も母も、何も言わない。むしろ好都合。ケンカの勢いでボロを出したくない。
 ただ静かに、その日が訪れるのを待つ。


 しかし、金銭面を全て貴子に頼らなければならなかった。言い出したのは自分なのに、僕の所持金ではせいぜい隣の市までの交通費。あまりにも頼りない。
 無謀としか言いようがないけど、二人で共にいることを選んだ。



 市役所に婚姻届を出して籍を勝手に入れた。
 貴子は仕事を辞めたり、アパートの引き払いと、やるべきことをきっちりこなしていた。


 僕は貴子に黙って羽野家へ行ったが、二度と会うな、二度と来るなと言われて追い出された。
 家でももう一度両親を説得しようとしてみたが、こちらも二度と会うな、忘れろと怒鳴られただけ。
 ためらいは、なくなった。


 僕は……ただ必要最低限の荷物をまとめただけで、リュック一つを背負って、まだ暗いうちに家を出た。
 もう、二度と戻ることはない。
 貴子と幸せになるために、障害となる両親はいらない。



 駅で合流した貴子は手提げ鞄が重そうだったので、一つ持ってあげた。
「重いけど、何が入ってんの?」
「現金。通帳から全部出してきたから」
 ……一体いくら持ってるんだろ、この人。銀行で強盗でもしたんじゃないかと一瞬疑った。


 駅から始発の電車に乗って、県境を越え、飽きるまで揺られ、降り立った地で一泊。
 二日目はのんびり、十時から電車に揺られ、三時には知らぬ土地に降り立つ。
 やはり貴子の体が心配だった。
「大丈夫よ。仕事柄、じっとしてることなんてないし」
「そうは言っても、今は……」
 大事な体だ。無理はよくない。
「分かった。ここでもう一泊して……観光しましょう」
 ……あれ? それじゃのんびりできないじゃん。

 三日目は観光で、四日目にまた移動。
 夕方に降り立った駅。明日はまた観光で明後日に移動になる。
 ここまてで、県境を七つまたいだ。

 観光といっても、観光するようなスポットは特になく、街中をぶらぶら歩いて、疲れたらベンチに座るだけ。
 貴子が不動産屋の前で足を止めて、貼りだされている紙を順番にみて、一つを指差した。
「売家、一三〇〇万円、買っちゃおうか?」
 僕が持ってる貴子の鞄を思わず抱きしめた。すごい大金が入ってるんじゃないか、この鞄。うっかり盗まれたら大変だ。
「でも、買うって……」
「だって、似てるじゃない、この街の空気」
 僕たちが出会って、失望した街に……開発、発展の途中でのんびりとした雰囲気は確かに似ている。
「そうだね。じゃ、ここで暮らそう」
 貴子は不動産屋に入って話をしていた。


 それから、目が回るような忙しい日々。無計画な戸籍の県越えの引っ越しは大変だった。その後のあらゆる手続きもすごい数で、それこそ全てにおいて、考えが甘かった。

 駅からバスでおよそ二十分、二階建ての中古住宅が新たな新居。
 布団だけしかなく、無駄に広く感じる家。
「明日、どこかに家具とか見に行こうね」
「うん」
「それから、夕方にはご近所まわりして……」
「めんどくさいよ」
「だめ。近所付き合いって大事なのよ」
「……わかったよ」
 手を繋いで寝たけど、なぜか少し緊張した。
 結婚したはずなのに、まだ実感が湧いてこない。一緒にいられて嬉しいのに、変な気分だ。



 次の日は一緒に買い物に出かけた。
 料理を作るのに使うもの、お揃いの食器、洗濯機や冷蔵庫、テレビといった家電。近所への挨拶用の粗品は石鹸を選んだ。
 それから、おそろいの指輪も。
 僕はただ付き添って荷物持ちをしただけ。まったく……頼りない。

 帰宅して、互いの左手薬指に指輪をはめた。教会の神父の前でもないふたりきりなのに、すごく照れた。
 夕方から近所の挨拶まわりにつきあった。
 何件か留守の家もあったが、それはまた後日回ることにして、最後から二軒目、うちの斜め前の家の奥さんとは話が弾んでいた。僕よりいくつか年上で、長い髪を束ねた腹の大きな女性……貴子と同じ、妊婦さんだったから。
「私、予定日六月なんですよ。吉武さんはいつですか?」
「私は九月です。近所に友達がいてよかったー。あ、この辺り、産婦人科どこにあります?」
「駅からちょっと歩いたところに……」
 女の会話に入れず、僕は少し退屈だった。
「旦那さん、ですか? えらく若く見えますね。いくつですか?」
 突然話を振られ、とっさに嘘をついた。
「ハタチです」
「あら、私より一つ若い? 歳の若さには自信あったのにー」
 さすがに高校卒業したばかりとは言えなかった。み、三つ上か。姉と同じ歳だな。
「私、杉山結です。よろしく、えっと……」
「吉武貴子です」
「よろしく、貴子さん」
 もう、仲良くなったみたい。


「誰がハタチだ?」
 家に帰ると額を突っつかれた。
「さすがに十八とは言えない」
「まぁ、そうね」

 そしてこの日は近所のスーパーで買ったもので料理。
 冷蔵庫がまだ来てないから、食べ切れるだけ、調理して食べたい。
 ご飯は……炊飯器を買い忘れたので、スーパーにあった白飯。明日の朝も、食パンでも良かったのだが、トースターを買い忘れてたことが発覚したため、菓子パンになった。
 左手薬指に、まだ違和感がある。


 次の日もまた買い物。貴子は遠慮なく必要なものを漁るように買う。
 僕も欲しいものがあったけど、自分の所持金では買えない。からといって、買ってくれとも言いづらい。働いて収入を得たことがないし、貴子に頼りすぎるのにそろそろ抵抗感が限界だ。
 しかし、それがあれば、いろいろ便利だし……。
「貴子、仕事決まって給料もらったら返すから、自転車買って」
 自転車があれば行動範囲も広がって、通勤できる範囲だって広がる。いつまで貴子にぶらさがってるわけにもいかない。
 ホームセンターに売ってるような安い自転車でよかったのに、貴子は自転車屋で、抵抗したくなるような、けっこういい値のする変速機付き自転車を買ってくれた。
「……返す方の身になってくれよ」
「自転車は、いいものを買った方が長持ちするのよ」
 まぁ、その通りなんだけど。


 何もない家に、手配していた冷蔵庫や洗濯機、テレビ、買い足した炊飯器、電子レンジとトースター……たくさんやってきた。数日間なかった家の中の生活音で、少しにぎやかになった。誰もいないリビングで、テレビの中の人が好き勝手にしゃべっている。

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2012.02.09 UP