TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【8】



  【8】


 木曜日。眠れそうにないと思っていたが、いつの間にか寝ていて、いつもより早く目が覚めた。
 今日、会える。貴子さんに、会える。
 前回のような興奮や緊張はなく、落ち着いてる。
 大人になったかな、僕も。
 優雅な気分で学校へ向かうが、朝のホームルームで重大なことをすっかり忘れていたことに気づく。
 今日から、期末テストだった。
 テストは午前中だから、弁当はいらないのに、母さんが普段通りに弁当作ってたから……いや、僕が言い忘れたからか? どちらにしろ、ラッキーなのか、アンラッキーなのか、よくわからない。
 テスト、ぜんぜん分かんねぇよー。
 でも、午前中で学校終わったよー。万歳。

 昨日の電話で、学校が午前中とは言ってないので、連絡してから貴子さんの住むアパートへ向かった。
 ドアが開いたタイミングで抱きついてみようか、なんて考えてみたが、やはり無理でした。
 電話ではあまり緊張しなくなったけど、やはり本人に直接となると……やはり緊張した。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
 ……キレイな人だ。恐れ多くてとても抱きつけない。手も握れるか心配になってきた。
「テスト、どうだった?」
 電話ごしとは違う、柔らかな声。
「すっかり忘れてて、全然ダメでした。でも、テストでよかった」
「ダメだったのに?」
 確かに、テストは全然だったけど、
「学校が午前中で終わりました」
「一緒にいられる時間、長くなったね」
 貴子さんが表情を緩める。僕といるのが、嬉しいのかな。
「お昼ご飯は?」
「弁当持ってます」
 まずは昼食。貴子さんは自分が作ったもの、僕は母の作った弁当。もし、弁当がなかったら、手料理食べれたかも。……しまった。なんて思ってたら、温かいみそ汁が出てきた。
「あたたまるわよ」
「あ、ありがとう、ございます」
 お椀を両手につつむと温かくて、一口含んだら熱くて、慌てて飲み込む。喉元過ぎれば熱くない。でも、口の中はひりひり。
「あつー」
「大丈夫?」
「ん、大丈夫です」
 昼食を終え、温かいお茶で一息。さっきみそ汁でやけどした口の中がまだひりひりする。
 ……?
 …………。
 ………………!!
 い、いかん。やはり話題がない。
「えっと、あの……」
 なんて、何か話すそぶりをしたって、何も出てこなくて、頭真っ白。むだに口をぱくぱく、金魚さん。
「なにそれ。金魚のまね? 顔、真っ赤だし」
 いやあああ!
 僕は顔を両手で覆って伏せた。
「……ごめん、ちょっとからかっただけ」
 伏せてる僕に近づいてくる気配、そして頭をそっと撫でられた。
「別に無理しなくていいよ。一緒にいられるだけでも嬉しいから」
 貴子さんも、そうなのか……。前の時に退屈そうにしてたから頑張ろうとしてたのに、自分だけじゃないんだ。
「だからせめて、近い距離で……」
 頭に触れる手がなくなると、貴子さんは僕の隣に座った。
 顔を上げて貴子さんを見ると、今までで一番近い距離に彼女がいる。
 近くで見ても、キレイだった。吸い寄せられるような美しさ。
「あ、あまり色っぽい目で見ないでくれる? 襲いそうだわ」
「……え? ……えっ!!」
 だめだって、いきなりそんな!!
 迫ってこられて、後ろにひっくり返って、絶体絶命。襲われる!?
 身を硬くして、目を固く閉じる。
 ……しかし何も起こらない。どころか、貴子さんは吹き出して笑いはじめた。
 僕は勢いよく起き上がる。
「ちょっと、貴子さん!」
「ごめんごめん」
「からかいすぎです!」
「怒らない、怒らない」
 僕をなだめるよう、貴子さんは頭を撫でてくる。怒りは静まったけど、今度は気恥ずかしくなってくる。
「ちょっと……」
 しつこく撫でてくる。しつこく、しつこく、うう……。
「やめてください」
 手を掴む。貴子さんの手。貴子さんの……。時間が止まったような瞬間。優しく微笑む彼女。とろけるような……自然に詰めた距離――触れた、唇。
 中学のとき女子が言ってた、レモン味だのいちご味なんてはったり。はじめての感触は……よく、わかんなかった。ただ、柔らかいかな、って。思ったかもしれないぐらいのあいまいな一瞬。
 離れた、また重ねた。今度は自分から。
 言葉では言い表せない。感情、感触……エトセトラ。ただ、これが永遠であればと、願う自分に気づいた。

 日は傾いた。
 暗くなりはじめた空。
 帰りたくなかったが、まだそれを許される年齢ではない。これほど早く大人になりたいと思ったのは、初めてかもしれない。
「……もう、帰らないと」
「……うん」
 ようやく繋いだ手。強く握ったまま立ち、玄関へ。
「次は、いつ会えますか?」
 貴子さんは俯いたまま答えた。
「また四日仕事だから」
 指折り曜日を計算……火曜日。なかなか休日に当たらないな。
「また、電話します。六時に」
 しかし、貴子さんは首を横に振った。
「夜勤なの。だからその時間にはいないわ」
「夜勤って、四時から、次の日の何時までですか?」
「九時には帰って、昼は寝てる」
 全然時間が合わない。
「火曜日の朝、帰って、水曜日まで休み」
 また四日仕事で一日休み……だいたいその繰り返しらしい。納得できんが仕方ない。
「……わかりました。来週の火曜日、六時に電話します」
 我慢するのは僕だけじゃない。
 貴子さんはこくりと頷いて、顔を上げた。悲しげな表情をしている。
 そっとキスをした。でも、繋いだ手を離し、帰らなければならなかった。

 今の僕には、そうすることしかできないから……。

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2012.02.09 UP