■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【6】
【6】
カツサンド。なかなかのボリュームだった。
スーパーで見るものより厚めのトンカツが贅沢な一品です。
皆様も是非。
ソースがちょろっとカツにかかってて、キャベツの千切りが入ってて、マスタードの効いたマヨネーズがしつこくない程度。どこをとっても、全体的に、これ自体が絶品。
って、悠長に食ってる場合か! でも、腹は減ってるんだよなぁ。食べるものは食べる! がつがつ。
食べてる最中にふと我に返り、目だけ貴子さんに向けてみる。
彼女は僕と目が合うと、柔らかく微笑んでくれた。なのに僕は素直になれず、顔を強張らせて目を逸らし、目の前のカツサンドを黙々と食べ続けた。
「裕昭くん」
突然名前を呼ばれてドキッとした。食べてる最中なので返事はせず、また目だけ貴子さんに向けた。
「私とあなたの年齢差を配慮して、考え直した?」
なぜか笑顔でそんなことを言う。
考え直すもなにも、僕はここに返事を聞きに来ただけ! 気持ちは変わってないどころか、いい方向にしか考えてない。僕は思いっきり首を横に振った。
でも、そんなことを言うってことは……考えたくない方向に展開しちゃうのかな、これは。何だかショック……。
「……じゃぁ……いいの? 私で」
僕は大きく何度も頷いた。あなた以外に考えられないって思いながら。
「私の職業とあなたの立場の関係上、会う時間って限られるわよ?」
口の中のものを強引に飲み込み、ちょっと苦しかったけど我慢して、自分の想いを伝えた。
「構いません。貴子さんの側にいられるのなら……」
彼女は嬉しそうに微笑み、手を差し出してきた。
「じゃ……これからよろしく」
僕はゆっくりとした動きでその手をそっと握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
まだまだ人として未熟で、学生で、子供だけど……精一杯、僕なりにあなたを幸せにしたいです。
「食べたら……どこ行こっか?」
手を握り合ったまま、笑顔で貴子さんが聞いてくる。
何だか手を繋いでることが恥ずかしくなって、僕は振り解くような感じで手を引っ込め、何とか冷静に、脳内のどこかにあるであろうデートプランの計画書を探す。
いや、そんなものは存在しない。考えてなかった、そこまで。それに冷静でもない。冷静だと自分では思いたいが、大パニック状態だ。
「……そうね、この辺りって商店街ぐらいしかないし……」
「そうだわ!」
パニック状態も限界を突破してしまい、どこをどう歩いてどんな会話をしたのか覚えてなくて、ようやく落ち着いてきた頃にはどこかのアパートに到着。その一室のドアが開かれる。
「特に何もないけど、遠慮せずどうぞ」
「あ、はい、どうも……」
彼女に促されるまま、ドアの中へと入った。
部屋からは貴子さんと同じ香りがする。
「ほら、こんなとこで突っ立ってないで! 玄関狭いんだから」
「はいっ!」
僕は靴を脱いで上がると、促されて奥の部屋へと足を進める。
確かに広くはない。ひと一人が入るので精一杯の玄関。入ってすぐのところに二畳ほどの台所があり、奥に六畳ぐらいの部屋があるだけの狭いアパート。故に物も最低限に留められていて圧迫感はなかった。
貴子さんの部屋――ってだけで、何だか心臓が早く打ち始める。
――緊張してんのか?
そりゃそうだろう。こういう経験は初めてのことだから。
――何考えてんだ。
障害が何もないとか、邪魔なものも気にするものも何もないとか考えてる。
だから、何考えてんだよ!
ここは二人だけの空間。だから、尚更悪い。
脳内は経験のない情報でいっぱいになる。
いかんいかん。もっと健全なことを――ってか、無理。
「顔、赤いわよ」
奥の部屋まで入って立ち止まってた僕の耳元、かなり近い位置でそんな声を聞き、反射的に声がした方の逆方向に後ずさり。すぐ柱にぶつかって、そのまま張り付いた。
「なーに考えてんだか……」
彼女は僕を怪しむよう、細くした目を向けてくる。
「いや、別に……」
僕の乾いた笑みでは状況は変わらない。弁解の余地もなさそうだ。
お茶の注がれたグラスを中心にして対極に座り、互いに黙ったまま時間が過ぎた。
時間が経つにつれ、僕は興奮状態から冷静さを取り戻し、そんな時間も無駄とは思わなかった。同じ空間にいられることだけで、まだ満足だった。
触れてしまったら、たぶん……触れてなきゃだめになるかもしれないけど。まだ、触れられるほどの勇気がないから。
「私と一緒にいても、おもしろくないでしょ?」
「そんなこと、ないですよ」
「……共通の話題ってのが見当たらないわよね」
「……そうですね」
そんなことを言われ、僕はくすくすと笑ってしまうが貴子さんは不満げな表情のままだった。
「でも僕は、貴子さんと一緒にいられるってだけで、幸せですよ」
「……価値観の違いか」
「僕がまだ、子供なだけですよ。だけど……」
僕はそのまま口をつぐんだ。彼女はその続きを聞いてくる。
「だけど?」
「なんでもありません。考えてませんでした」
というのはウソ。
――僕はまだ子供だけど、いつか貴女に相応しい大人になって、貴女と幸せな家庭が築ければ……と。
心に描いた未来予想図。
それは十八歳になれば簡単に実現するものだと、この時の僕は思っていた。
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2012.02.09 UP