TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【5】



  【5】


 僕としては、僕が考えたセリフにしちゃ、出来すぎててかっこよすぎると思ってたんだけど、
「僕の心を奪った罪で、逮捕します」
 これは年齢差が原因なのか、彼女は苦笑いを浮かべていた。
「これは、どう捉えたらいいのかしら? ……窃盗罪?」
 通じてなかった。ええい、回りくどい言い方はもうやめだ!
「好きです、付き合ってください、と捉えてください」
 僕は彼女をまっすぐ、真剣に見つめたが、羽野さんは困ったままの表情で目を泳がせていた。
「えっと……気持ちは嬉しいんだけど……私の話を聞いて、一度考え直して欲しいんだけどね」
 どういう意味だろう? まぁ、これだけキレイな人だ。実は結婚してるのかも。
「何ですか?」
 さすがに、結婚してるんだったら諦めるしかない。でも、それだけは聞きたくないよなー。
「私の歳、いくつだと思ってる?」
 何で質問なんだろうと思いつつ、正直に答えた。
「二十八歳ぐらいじゃないんですか?」
 しかし彼女は呆れた顔をして、頭を抱えた。実はもっと若いのか?
「じゃ、二十六……」
「どっちも違う。裕昭くんが生まれた頃に、私は成人してるのよ。ってことは、分かるわよね?」
 僕が生まれた頃に、成人? 成人って、二十歳。……にじゅ……。
 そして現在、僕が十七歳で……。
「さ、三十七!?」
「そういうことだから、考え直したほうがいいと……」
「いえ、構いません」
 正直、年齢には驚いたけど、僕にとって諦めなければならない問題じゃない。
「結婚してるんだったら諦めようと思いました。でも、そうじゃないなら何も問題はないでしょ?」
「……どーせ私は仕事ばっかりで、時間と出逢いがなくて行き遅れましたよ!」
 セリフ、誤った! 怒らせてどうする。
「いや、そういうつもりじゃなくて……」
 弁解しようにも、その言葉が見つからない。
「まぁいいわ。ホントのことだし」
 と、彼女はくるりと向きを変え、自転車のカゴにあるバッグを肩に掛けた。
「もう、時間だから……」
「待ってください。返事ぐらい――」
 僕の方に振り返る羽野さん。ただそんな動きを見ただけなのに、僕はその後の言葉を発せなくなった。
「明後日、仕事が休みだからその時に」


 明後日――土曜の午後。事故現場近くの、あの喫茶店。
 そう、約束を交わした。


「好きです貴子さん」
「ホントに? 嬉しい。ワタシも裕昭くんのこと、好きよ」
「貴子さん……」
「裕昭くん……」
 ぐぁばっ!!

「うあっ、やべ、どうしよ……」
 以上、吉武裕昭の脳内をお届けしました。
 身悶えてもだもだ、もえもえ。壁に張り付いたり、床に転がって年輪を意味もなく目で追ってたりしている僕。他人から見たらただの異常行動。
 自分にとっていい方向にしか想像できなくなっている。
 そんな二日間――木、金曜日を過ごして、すっかり想像世界の人と化しているような……。あーバカバカ。重症だ。ふと我に返った直後にも、またそちらへと落ちていく。
 土曜――午前中は学校だけど、午後になれば、午後にさえなれば、授業を聞き流してたらあっという間だ。
「よーし、明日も学校、頑張っていこー!」
 決して、授業をマジメに聞こうってことじゃない。学校は好きな方だけど、勉強は嫌いだし、もう意味が分からんし。
 その時突然、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「うるさいっ、静かにしろ!」
 鬼の形相で現れたのは、隣の部屋にお住まいの県立高校一年生、特進クラスの弟だった。
「そっちももう、テスト期間中じゃないの? 勉強ぐらいしたら?」
 勝手に親の期待を背負い込んでしまったせいか、彼は勉強に対してものすごい執着をもっているように思う。
「別に今更したくないよ、勉強なんて。僕はデキが悪いことを証明済みだから、頑張る必要もない」
「……ホント、バカじゃねぇの?」
 それは皮肉か、遠吠えか。バカにバカって言ったってムダですよ〜。
「とりあえず、物音立てないでくれ!」
「はいはい、気をつけますよ」
 ……お前の方がバカだ。と弟に対して思うだけ。ケンカするだけバカらしい。互いに相手のことが嫌いで、顔も合わせたくないぐらいだし。だからこれ以上ムダに考えるのも終わり。
 そうだ。僕もある意味テスト期間中だな。予習ぐらいしとくべきか?
 正しい女性との話し方とか、好かれる気遣いとか、必ずイケるちょめちょめの誘い方……。
「……ふっ」
 待てっ! 思わず床を叩いて笑い転げてしまうところだった。
 また怒られる前に寝てしまおう。そしたらさっさと明日が来る!
 何が何でも、フラれることは想定しない。それが僕の都合のいい脳みそ。



 そしていよいよ、待ちに待った土曜日。
 朝はいつもより念入りに髪型をセット――とは言っても、相変わらずの真分けであり、普段よりくしを通す回数が多かっただけ。しまった! 静電気ビリビリだ。
 制服に付着しているほこりも丁寧に払い――いや、待ち合わせの前にまず学校なんだけど。
 いつもより十分ほど早く家を出て――だから、貴子さんに会うのは午後だってば。
 しかし学校では――案の定、睡眠学習。何度か教師に叩き起こされたけど、先生の声は睡眠効果しかないわけで、午後のことをシュミレーションしつつ……やっぱり寝ていた。

 次に起きてびっくりした。
 教室に誰もいない。時計を見たら午後一時を過ぎていた。
 慌てて教室から出て、とりあえずトイレの鏡を覗いて、
「――――!!!」
 声にならない悲鳴を上げてみる。
 頭の左側を下にして居眠りしてたものだから、左側にヘンな寝癖が……。
 水で濡らして手ぐしで直す、直れ、いいから黙っていうことを聞け!
 授業中に居眠りなんてするから、ムダにこういうことをせにゃならんことになってしまった。もう、どうあがいたって遅刻だろうし。要領が悪いぞ、吉武裕昭。
 つーか、さっさと待ち合わせの場所へ――!!


 喫茶店に飛び込んだ時、急いで来た僕は肩で息をしてるし、移動中に嫌な予感がしてきて半泣き状態だし、あげく遅刻でもう、外見も中身もぐちゃぐちゃ状態。
 ランチタイムラッシュを過ぎた店内は静かなもので、空席が目立つ。
 もう帰ってしまったかもしれない――諦めなければならないと思いつつも諦められない部分が期待感を膨らませている。
 そして僕は、一人の女性の後姿に胸を高鳴らせた。
 間違いない。間違えるわけがない。あの人だ。
 吸い寄せられるように足が動き、彼女の側で止まった。
 ゆっくりとした動きで僕を見上げてくる貴子さん。目が合うと柔らかく微笑んでくれた。
「遅かったね。補習でもあった?」
 とても優しい声音だったから、僕の中にあった不安は一気に吹き飛んでいった。
「いえ……授業中に居眠りしてて、起きたら一時だったもので……急いで来たのですが、すみません」
「なんだ、そうなんだ」
 と、彼女は肩をすくめてクスクスと笑い出した。
「あまりにも遅いから、もう来てくれないんじゃないかなって思い始めてたの」
 貴子さんに席に座るよう目で合図されたように思ったので、僕は向かい側に座って――ようやく同じ目の高さでの会話スタート。
「ホントにすみません」
 と頭を下げてみる。しかし彼女はまたクスクス笑い出した。
「ほんとに寝てたんだね。寝癖ついてる」
 ええ!! 僕は慌てて髪の毛を押さえた。指摘されると特に左側が気になってくる。
「いや、あの……」
 ああもう、頭の中が真っ白になってきた。
「とまぁ、それはこっちに置いといて」
 目の前の箱を横によける仕草。実際に箱はない。話題を変えるときによくやる動作なんだけど、たまにその箱をわざと戻してくるやつもいて、その度に一度話題を戻してみるものの、戻したやつを総攻撃――戻さんでええわい!
 ここは話題の変更をそのまま受け入れましょう。
「お昼、まだでしょ?」
 と、食べ物がそう多く書かれていない紙を差し出された。
 め、メニューかよ!!

 この調子だと……なかなか本題には入れそうにないな。

「カツサンドで……」
 縁起担ぎ。

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2012.02.09 UP