TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【4】



  【4】


 ただ過ぎてゆく日々の中で、彼女を想う気持ちばかり大きくなっていた。
 でも、僕の存在は彼女から忘れられていくだけかもしれない。
 時の流れが残酷で、とても怖いもののように思えるようになった。
 かなり重症である。

 事故から二ケ月。彼女と最後に会った日から一ヶ月。
 時が戻ればいいのにとどれだけ願っただろうか。
 彼女とぶつかったあの場所を、あの日と同じ時間に何度か通ってみたけど、一度も会うことはできなかった。
 どこか、別の地へ行ってしまったのだろうか? という不安も付きまとう。
 僕には、明るい未来なんてものは見えなかった。ただ不安で、なにもできなくて……。


「冬休みが来てしまう!」
「クリスマスにシングルベルは聞きたくないっ!」
「家族いるじゃん」
「んなつまらんクリスマスがあってたまるかー!」
「ここに大量のヒマ人がいるじゃないか」
「っアホー! ヤローと寂しくクリスマス過ごせるかぁ!」
「俺は老若男女、関係なくいつでもオッケーでーす」
「……うそっ、マジで、そっちの……」
「冗談だって。マジになんなよ。俺だってヒマだし」
「冬休みと、冬のイベントの、ばっかやろぉぉぉぉ!!!」
「男子校に入学したのが敗因です」
「好きで来たわけじゃねぇ!」
 といった感じで、私立の男子校のあるクラスでは、こんなやりとりが繰り広げられていた。
 それを尻目に、僕が常に考えていることといえば……ここ一ヶ月変わっていない。
 ――羽野さん……。
 最初に声を掛けてくれたとき、ものすごく心配してくれたよね。
 気分が悪くなって、死ぬんじゃないかって思ったけど。
 何度も僕の様子を見に来てくれたのに……。
 もう、来てくれない。
 ……。
 僕だけ、時の流れに置いていかれてる。
 僕だけ立ち止まって、後ろばかりを気にして……。
 何で、動けないんだろ。自分から動けば早いのに。
 何で待ってるんだろ。来るとは限らない人をずっと。
 いつまで待ってるんだろう?
 そのうち、忘れられちゃうよ。
 それはイヤだ。つーか……。
 僕は机をバンっと叩き、椅子から立ち上がった。
 ――おかしいと思ったら、すぐに病院に行けばいいんだろ。そう言ってたじゃないか。何で今まで気付かなかったんだ!
「どうした、吉武。突然……」
「……訴えてやる」
「やっぱヒドく頭ぶつけてたんじゃ……」
 おい、何か言ったか!
 僕は言葉にはせず、そんなことを言ったクラスメイトを睨みつけた。


 とりあえず学校が終わるまではおとなしくしていたけど、終業のチャイムと同時に教室から飛び出し、向かうのは羽野さんが勤める病院。
 しかし、今日は休診日らしく、ロビーは静まり返っていた。入院患者がいるから中に入れないわけでもないけど、お見舞いに来たわけじゃないし、院内で騒ぐわけにもいかない。
 とても出直そうなんて気分じゃない。
 何か方法は……。
 そうだ、連絡先。事故の日に母さんが受け取ってた。それしかない。それなら……。
 今度は家に向かって全速力!
 乱暴に玄関のドアを開け、履いてた靴を脱ぎ飛ばし、そう長くない廊下を駆け、勢いよくダイニングのドアを開いた。
「騒がしいわねぇ、もう」
 母さんは横になってテレビを見ていた。
「羽野さんの、連絡先!」
「……は?」
 母さんはようやく僕の方を向いた。
「まだある?」
「あると……思うけど、どうしたの?」
 よっこらしょ、という掛け声で起き上がる母は、電話の方へ。その付近にあるメモを探し始めた。
「……訴えねばならんことがある」
「どっか、悪いの?」
「……悪いっつーか、重症っつーか……」
 どう言えばいいんだろうね。まぁ、正直、この手の話を親とはしたくない。
「ほら、あったわよ」
 と紙切れをひらひらと揺らしながら差し出してくる。僕はそれを奪い取り、家を出た。
「ちょっと、相手にヒドいことしないでよ!」
 なんて玄関を出る直前に母から注意されたが、別にそういうつもりはないし……。
 僕は彼女の連絡先が書かれているメモを見ながら、一番近い公衆電話を目指した。
 メモには大人の女性らしい丁寧な字で、名前、住所、電話番号、勤務先まで書かれていて、とりあえず僕は自宅の電話番号をダイヤル。
 三回目の呼び出し音が鳴り終わった時、聞きたかった声が耳に入る。
「はい、羽野です」
 胸が高鳴った。
「あの……」
「どちらさまですか?」
「吉武です。吉武裕昭」
「ああ、裕昭くん。どうしたの? 元気? あれから何ともない?」
 彼女が発する言葉、ひとつひとつが身に染みる。そして、どんどん大きくする。会いたいという気持ちを。
「話があるんです。会えませんか?」
「今日は……夜勤だから……」
 断られてたまるか! 今、すぐに……。
「少しの時間でいいから!」
「電話じゃ、ダメ?」
「ダメです!」
「……分かった分かった。そんなにムキにならなくていいから。今から準備して出るから……病院の駐車場で待ち合わせ、でいいかな?」


 僕はメモをポケットに押し込んで彼女が勤めている病院へ走った。
 ここへ来るのは本日二度目。彼女が来るのを待っている間、落ち着きなくうろうろしていた。病院の前を通っている道に戻ってはその姿を探し……何度目かで自転車に乗った羽野さんを見つけた。
「ごめんね、急いで来たつもりだったけど、待たせちゃったみたいで」
 そう言って笑顔を見せてくれたが、上がった息は隠しきれていなかった。
 一ヶ月ぶりに見る彼女は、美人だと改めて思った。やっと会えて嬉しいはずなのに、僕は表情を硬くした。
 風で乱れた髪を片手で直しながら自転車を押す羽野さんの少し後ろを僕は歩いて、職員用の駐輪場まで結局、黙ったまま。
 自転車をそこに止めると、彼女は僕に近づき、顔を覗き込んできた。
「話があるんじゃなかったの? 顔色は悪くないみだいたけど……」
 ……。違うって。具合が悪くなって呼び出した訳じゃない。
 僕は深く息を吐き出してからゆっくり空気を肺に満たした。
「羽野さん……」
「ん? なに?」
「僕の心を奪った罪で、逮捕します」

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2012.02.09 UP