TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【2】



  【2】


 症状が緩和してきた頃、診察室に呼ばれた僕は医者にいろいろと説明されていた。
 いつ撮られたんだか自分でも覚えてないレントゲン写真や、頭の輪切り写真。それらを指差しながら。
「ここがぶつけたところだね。コブにはなってるけど、骨折も脳内に出血という重大なものはなにもない。安心しろとは言い切れないが、まぁ、安静に。それから、今日は風呂に入らないこと」
「……はぁ」
 何でチャリにはねられて、結局、大袈裟になってんだか。
「しかし……羽野くん。自転車で高校生をはねるって……」
 笑いを堪えながら、医者は彼女に話を振っている。
「いや、別に好きではねた訳じゃないんですよ! こっちだってびっくりしたんですから。でも、帰らせなくて正解でした」
 それを分かって喫茶店に寄らされたのか、僕は……。
 とりあえず、さっさと帰って寝たい気分だ。
「具合が悪くなったらすぐに来てください」
「……はぁ」
 もう、どうでもいいから、帰らせろ。
「反応、鈍いな? 再検査した方がいいかな」
「いえ、結構です」
 僕は素早くそう言った。別に反応が鈍いんじゃなくて、どうでもいいだけだから。
「診察代は気にしないでいいよ。羽野くんが持つと言ってるから」
「言ってはしませんけど……それは当然です」
「とりあえず、自宅の連絡先を――」
「吉武くん、問診票、書いてもらっていいかな?」
 帰らせてくれ!

 初診時によく書かされる問診票――アレルギー? なし。
 診察中に気分――害されたが関係ないのでなし。
 なし、なしなし。
 妊娠――しねぇ! 授乳――できねぇ! 女性じゃないので書かなくてよろしい。
「とりあえず、自宅に連絡しとくわね。タクシー呼んでおくから、それで家まで送るから……」
「いいって、別に……そこまでしなくても。歩いて帰れるし」
 とにかく、帰りたい、それだけ。もう、どうでもいいから。
 しかし、彼女はそうさせてくれなかった。
「ダメよ。事情をちゃんと話さないと。私は加害者なんですから、そうしないといけないの」
 だから、ウチまで彼女が来てしまうということになったのだ。


「遅くまですみません。本当にすみません。私の不注意で……」
 これでもかってぐらい深く、何度も頭を下げる羽野さん。
 べつにいいのに……って思ってる僕は、包帯やら絆創膏まみれで大丈夫そうじゃないから説得力がない。
「別に異常はないんですよね? だったら……」
「いえ、でも、私が裕昭くんにケガをさせてしまったことに変わりありませんから……」
 どうでもいいのに、堅苦しい世の中だな、なんて思う僕がいる。
「すみません、すみません……」
 何度も頭を深く下げて誤る羽野さんに、ウチの親も困り顔。
「私、脳外科の看護師なんですが、またお見舞いに伺います。変わったことがあったら、すぐに病院に行ってください」
 まだウチに来るつもりか。冗談じゃない。
「別に僕は大丈夫だから……気にしないで、忘れてよ」
 そう羽野さんに言ったのだが、全く納得してない、という表情を僕に向けてきた。
「また、様子を見に来ます。今日は、失礼します」
 と、また深々と頭を下げてから、ようやくウチの玄関から出て行った。
 玄関のドアが閉まってしばらくしてから、僕、両親から同時に深い溜め息が漏れた。
「……裕昭……何やってんだ、お前は」
 呆れた口調で僕に聞いてくる父。
「僕だって、意味不明なんだけど……」
 としか言いようがない。こっちは普通に歩いてただけで、何だかわけわかんないうちにチャリにはねられて、こうなってんだから。
 階段からこちらの様子を伺っていたらしい弟――浩輔(こうすけ)は、上から見下すような目で僕を見ている。
 大丈夫? とか何とか、せめて何か声を掛けるぐらいすればいいのに。いやみな視線を送り付けるだけで、目が合うと逸らされた。

「あの人、結構、切羽詰った顔してたわね」
「看護師だからじゃないの? 助ける側が加害者じゃ、たまんないって」
 母の漏らした一言に、僕はそう答えながら玄関を上がり、二階の自分の部屋に向かった。
「裕昭、大丈夫なの?」
 母は過剰と思うほどに僕を心配するので、
「大丈夫。何かあったら呼ぶよ」
 と言っておく。しかし、浩輔はひとでなし。
「呼べればいいけどね」
 オイ! 呼べないほど悪くなったら、こっちがたまんないって!
 頭ばっか良くても、他人の気持ちまで考えられなくなったら終わりだな。と、弟に対して思った。
 どうもこの弟は……僕と合わない。
 ケンカはしないけど――するだけ無駄なことだから。
 勉強は僕よりできても、人としての何かが欠けている。そう、思ってる。

 その日は、医者に言われた通り、風呂には入らず就寝――朝、いつもより早めに起きてシャワーを浴びたが、少し肌寒かった。
 大袈裟に貼ってある絆創膏や包帯を片っ端から外したものの……傷がやはり目立つ。とてもこのままをさらすわけにもいかないような痕がくっきり。
 だからと言って、包帯は大袈裟すぎる。けど、剥がした絆創膏はゴミ箱行きなわけで――そのままダイニングへ行くと、母さんが僕の顔を見るなり、座れと言う。一人パタパタと忙しく動いて、救急箱から絆創膏を取り出し、傷の大きさに合ったものをペタペタと貼り付けた。特に傷の大きい額には、ウチにある中でも一番大きい絆創膏。
 まだコブがひいてないだけに、ひときわ目立ちそうだ。
「これでよし」
 満足げな母に対し、やはり僕は……微妙な気分。
 絆創膏だらけなのは小学生までだろ! 僕、高二なんですけど……。
 この歳になって絆創膏といえば、運動部かケンカか事故ぐらいだし。運動部に所属してなければ、ケンカの相手も特にいないし……すぐに事故だと思われるな、これは。
 このケガで女子が寄ってくるならまだしも、男子校じゃ寄ってくるのはヤローだけ。がっかりだね、ホントに。
 ……どうやら僕は今日も学校へ行くことになるらしい。いつものように、テーブルには昼食用の弁当が準備されていた。
 今日ぐらいゆっくり休ませろ! と言いたくもなったが、もうどこも悪くなさそうだし……見た目が悪いぐらいで。体形とか顔じゃなくて、絆創膏が。
 休む理由は特になし。
 あーあ……やだな……。

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2012.02.09 UP