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  家を出る前に俺ができること


  【4】


「つーかさ、言っていい? 服、だっさ」
 誰も言っていいとは言ってない。オッケーサインは出してない。亮登に指摘されたのは今、着ている服について。
「……ウィンドブレーカーの何が悪い!」
 何年前のバーゲンで買ったかよく覚えてないけど、俺の私服をそう言うとはどういうことだ!
「洗濯しすぎて後ろのプリントは剥げてるし、何年着てんだ!」
「自分でも知らんわ!」
「そんなもん私服にしてたら、どんどんブクブク太るぞ。それでなくてもサクラが得意なのは菓子作りだというのに……」
 ふ、太る!?
「よし、今日は買い物だ。服を買いに行こう」
「行ってらっしゃい」
「オレのじゃなく、紘貴のだ。これから地元を離れて大学へ行くってのに、その格好はねぇだろ!」
「そりゃぁ、まぁ……」
 そう言われると不安になってしまうじゃないか。大学は私服登校だもんな……。
「そんな格好で部屋でゴロゴロされたら、さすがのサクラも愛想尽きるわ!」
 そ、そりゃいかん!
「よし、買い物に行こう」
「その前に……その格好じゃ一緒に行きたくないから……」

 杉山家、亮登の部屋にて、俺は亮登の着せ替え人形と化していた。
「よし、それならいいかな。さすがオレ、センスいい〜」
 自画自賛だ。

 いつぞや映画を見に行ったショッピングモールにやってきました。
 こちらには色々な店舗が入ってますからねー。一度で二度も三度もおいしいのです。
 とくにいらない解説終了。
 亮登についていくと、俺らの世代が着そうな服が置いてある洋服屋に入った。
 最近はやたら重ね着するんだなぁ……と思いつつ、真っ先に値札を探して見てしまう。
 ……三九八〇円!? 高っ!
 三〇〇〇円台だと思わせるマジックに俺は引っかからないぞ。四捨五入したら四〇〇〇円じゃないか。これ一着で映画二回分に相当するぞ。
 野菜とか食材の九十八円は一〇〇円以下ということでいいんだけど。値段のケタ数の関係か、抵抗もないし。
「紘貴、こっち来て」
 行きたくない。帰りたい。高いよぅ。
 でもとりあえず、亮登の方へ行ってみると、すでに三着も四着も腕にぶら下げていた。
「まず、コレ。これと……こっちで着まわしできるっしょ。いいじゃん、得じゃん。コーディネートはこーでね――」
 亮登が喋り終える前に、俺は反射的にアイアンクローを食らわせて黙らせた。いや、何だか寒いギャグが聞こえそうな気がしたから、つい。
「……ちょ、紘貴? この手は何?」
「いや、問答無用のアイアンクロー」
「問答無用なんだ……」
「なんとなく、な」
「なんとなくで問答無用かよ……」
 ごめんね、ヒドくて。お前の笑えない、寒いギャグを感知してしまったんだよ。体が勝手に。
「あれ? 杉山くんじゃない?」
「どーも、お疲れ様です」
 アイアンクローをされたままという状況で、男性店員に話しかけられていた。
 知り合いか何かだろうか?
「まだバイトの時間には早くない?」
「ええ、まぁ。コイツの、服を買いに……」
 ん? んん!? バイト? そういえば、亮登がバイト始めたってのを亮登母から聞いたような……確か、卒業式後に。
 もしかしなくても、ここでバイトしてるとか?
「そうなんだ。今日は三時からだよね?」
「はい」
「どーせヒマなんだから、もっと入ればいいのに……」
「まだ、遊びたい盛りなもので……」
 ウチに入り浸ってるだけじゃないか。学校行かなくなって特に目立つぞ。ウチに通うのは咲良だけで結構です! 今日は親と買い物に行くとかで来れないって言ってたけど。
 と、心の中で思うだけ。男性店員と亮登の話には割って入らない。
「ま、杉山くんのお友達、けっこういい感じだし……気に入ったものは片っ端から買っていってよ。割引はできないけど」
「はぁ、どうも」
 いかにも営業そうな笑顔を向けられ、ちょっと気分が悪いですよ。買ってやるもんか! とも言えず、まぁ、曖昧に……。いや、絶対、亮登に何か買わされると分かってるから。

「よし。これだけあれば、一週間は大丈夫だ」
 って、下を二枚、上を四種類にジャケット一着、見事に買わされていた。
「いやぁ、杉山くんのお友達、太っ腹ぁ〜w」
 と喜ばれる始末。俺は嬉しくねぇ! むしろ悲しい。何だか虚しい。
「三万九六六〇円になりまーす」
 騙されないよ。俺は騙されないからな。いくら三万円台でも、四捨五入したら四万円デス。ぎゃぁああああ!!!
 父さんに引越しで必要なものを買えって貰った金のうち五万を提げてきたけど、あっさりと羽を生やして飛んでっちゃったね四枚の福沢さん。俺も一緒に飛んで行きそうだよ。パタパタ。
「四万円お預かりしまーす。三四〇円のお返しです。ありがとうございましたー」

 子供に紐を掴まれている、不安げな風船の気持ちがよく分かります。
 今、俺の精神状態がそんな感じ。ふっと手を離してしまえば、どこかに飛んで行けそうです。
 一回の、たった一回の買い物で四万だなんて……。
「じゃ、オレはバイトの時間までゲーセン辺りで時間潰しするから、バイバーイ♪」
 俺の本体は見えない風船を片手に、カゴに見慣れぬ洋服店の大きい袋を積んで、帰って行くのだ。自宅へ。

 何とか意識の風船を手放さずに帰宅し、いつものように出迎えてくれた、専業主婦? の愛里さんは、俺を見て、なぜかあっと驚いた。
「うわぁ! 紘貴くん、全然違う感じがしますね。えっと……最近の若者っていうか、流行ファッションというか……イケてるって言うんですかね? よく分からないですけど……」
 誉められてんの? それとも、侮辱?
「いいですよ。あたしが言っても嬉しくないと思いますけど、カッコイイです。そういう服、すっごく似合うですよ!」
 変な敬語使いやがる……くそっ……嬉しいこと言ってんじゃねぇ! 嬉かねぇやぃ!
 素直に喜ばない俺は、できるだけ正常心を装い、普段通りに素っ気ない態度を取っていた。
「別に。普通だし」
 全然。普通じゃないし。今着てる服は亮登からのレンタル品だし。
 ……そうか。俺はこういう服でもイケるのか……。考えたことなかった。
 普段よく行く店がスーパーだから、服装のことなんて考えたことないし。同世代がどんな服を着てるかなんて気にしたことないし。
 家のことが忙しくて、そういうのを気にする余裕もなかったのかな?
 着重ねがいいとか言ってた気がするけど、……それはそれでセンスが問われるな。亮登はどこでそんな勉強してんだろ。
 家事と学生しかできてなかったんだけど……俺の青春、家事で終わらせてたまるか!!


「何だか、違うよね?」
「そう?」
 次の日。咲良との約束で早速、買った服を着ている俺。まぁ、選んだのは亮登だけど。
「うん、何だかかっこよく見えるよ。普段の三割り増し」
「そうかな?」
 愛里に言われた時と同様、嬉しいくせにあまり表に出さないよう無駄な努力をしている俺。何だかイヤな奴じゃね?
 咲良、一人が興奮してるように見えるが、俺は心の中で舞い上がりまくっていた。
 ――俺の時代だ!
 ああもぅ、調子に乗りすぎ☆

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2008.07.18 UP
2009.07.30 改稿