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  俺が進学して家を出ても振り回されてる理由


 三月の四週目。
 春らしいぽかぽか陽気の日だった。
 俺と咲良は生まれ育った地元を離れ、一人暮らしを始める。
 今日は、いよいよ引越しの日。

 昨日まで、俺はヒマな時間には愛里に料理を叩き込み、渡そうと思って書き始めたレシピノートも最後のページまで埋めた。
 ウチに来た次の日、朝食を作ってくれるのかと思えば食材を最終形態(炭)にして、家を火事にされるかと思うほど殺人的に料理がダメダメだったのだが、ここ一ヶ月で急激に進化。愛里はどうにか普通に料理ができるほどに成長していた。
 そのぐらいなら、父さんを任せられる。
 俺は、いなくなるから……長期の休みには帰って来るし、卒業したらたぶん帰ると思うけど、しばらくの間はなれ離れだ。

 亮登は三日前、俺たちより一足先に上京し、少し物足りない。まぁ、今頃どこかでナンパでもしてるんだろうけど。
 天空は数日後に入社式を控えているらしく、「スーツとか買うの忘れてた!」とか言って本日不参加。何も今日を買い物の日にしなくても……まぁ、そういう俺も入学式に着るもののことなんかすっかり忘れてて、昨日、慌てて買いに行ったんだけど。


 俺は父さんが運転する車に乗り、咲良は咲良のお父さんが運転する車に乗り――駅へと向かう。
 なぜか車内は無言で、何とか聞き取れるほどの音量で流れているFMラジオも卒業、入学をテーマにしていた。リクエストで流れる曲といえば定番の卒業ソングで、ちょっぴり悲しくなってくる。
 少ない手荷物――カバンの中を確認する。愛里に渡すノートはまだ渡せずにいる。
 新幹線に乗る前には渡さないと……いや、ホームで見送ってくれると決まったわけじゃないから、改札を通る前に……。
 くそっ、何でこんな時に出し渋って構えてんだよ。

 駅のパーキングに車を止めて、降りる時に車内に忘れ物がないか確認してドアを閉めた。
 新幹線駅……今日はいつもと違い、別のものに見える。
 変哲もないただの駅なのに、今までの生活の終着駅で、新たな生活への出発点のようで……。
 新幹線の時間まで十分もなかった。
 急いで切符を買い、階段を駆け上がる。改札口の前――境界線が見える。終着と出発。
「咲良ぁ、頑張れよ、風邪ひくなよ、元気でな。休みには帰って来るんだよ。毎日電話も……っぐ」
 咲良のお父さん、いきなり号泣。お母さんと咲良が困った顔を見合わせていた。
 ……なんだか今ので色んなものを挫かれた感じがするんだけど。
 俺は改めて父さんの顔を見た。何考えてんのか分からない部分のある笑顔。生まれてからずっと俺の親だった人。唯一、血の繋がった家族だった。
「父さん、今までありがとう」
「いえいえ、お構いなく」
 ……なんだよ、それ。
 なぜか笑顔で何かを促してるし。……愛里の方に何て言うか、期待してんだな。
 縁や絆は切れなくても、しばらく会えなくなるから……。
「愛里、そう長くはなかったけど、ありがとう。楽しかったよ」
「ううう、紘貴くん……」
 瞳に涙をいっぱいに浮かべている愛里をみていると、こっちまで辛くなってきた。二度と会えないわけじゃないのに、そう分かってるのに、油断したら涙が出そうだ。もう鼻の奥がツンとする。
「父さんのこと、頼むね。あと……」
 俺はカバンからノートを一冊取り出して、愛里に差し出した。
「俺にはこのぐらいしかできないけど、受け取って」
 彼女は無言でそれを受け取り、パラパラとノートをめくった。
「これ……」
「料理のレシピみたいなやつ。咲良も協力してくれたんだ」
「あ……ありがとうございます。大事にします。頑張ります!」
 彼女ははっきりとした口調でそう言うと、俺に大きく頭を下げた。


 新幹線の窓から見える景色。
 見慣れた風景が遠ざかる。
 俺たちは生まれ育った街を離れ、見知らぬ土地で新たな生活を始める――。




 ――引越しから一週間。
 隣の部屋に住む咲良が「部屋が片付かないから」と言って俺の部屋に入り浸っているどころか、ある意味住みついていた。
 荷物を開けたり(俺はほぼないに等しいけど)、必要なものを買いに回って配置したりでバタバタしてたけど、昨日ぐらいから少しは落ち着いてきたかな?
 入学式の四月三日までもう少しあるけど、どうせこのままバタバタが続いて、わけ分からないうちに当日を迎えそうだ。

 そんな、忙しくてちょっと物足りない感じがしなくもない、ちょっぴりドキドキな新しい生活。
 もうすぐ昼食の時間だが……咲良は一人で買い物に出掛けてるし、一人分だけ作るのってどうもめんどくさいし、作る楽しみも意欲も半減。
 あー、どうしよっかなー。
 なんて、横になってゴロゴロしながら考えてると、携帯が着信した。
 音が鳴ってる方に手を伸ばして携帯を掴み、ディスプレイを確認すると……継母の名が表示されていた。
 ……まさか、今日もか?
 引っ越した次の日から、一日一回は必ず電話が掛かっていた。
 それも、毎度毎度、同じようなことで電話してくるものだから、着信するたびに溜め息が出る。
「はぁ……」
 今日もまた、出る前に溜め息が……。
「はい、もしもし?」
『紘貴くん! カレーの具ってジャガイモとにんじんとたまねぎと肉だよね?』
 何でそんなことを必死に言ってんだか……。呆れてまた、溜め息が漏れたわ。
「そんなの常識だ! だいたい、カレールーの箱にも書いてあるだろ!」
『うん、だけどね……肉って何がいいの? 肉としか書いてないの。四〇〇グラムって。ちゃんと計らないとダメだよね?』
 は? いちーちそんなもん、計ってられるかよ。
『肉って牛肉? 豚肉? 鶏? ――たまねぎが中三個、にんじん一本、じゃがいも中二個、どれが中で大で小なんだか……ふえ〜』
 さすがにそんなどうでもいいことを聞いてると、呆れも怒りに変わってしまい、ドッカーン。
「そんなもん、どーでもいい! 水の量さえ間違えなきゃ、具が多かろうが少なかろうがカレーになるんだ、この、ボケ!!」
 電話口で愛里を怒鳴りつけていた。
『でもね、肉もいっぱいあって、ロースとかこまぎれとか……あ、カレー・シチュー用がありました!』
 買い物中かよ。
 つーか、どこまでどんくさいんだ、オマエは。怒りが今度は呆れに転じ、またまた溜め息がはぁ……。
「その、カレー用の肉は父さんも俺も好きじゃない。どうしても使いたいなら、脂身をしっかり取り除いてから使ってくれ。あと……別にカレーにはカレー用の肉を使わなきゃいけないってことはないから、色々試して、自分の料理を作れよ」
 俺があんなノートを残したばっかりに……何だか余計なことをしたかな? なんて後悔しちゃうじゃないか。
『あーうー……でも……』
 何だか煮え切らないな、コイツ!
「とりあえず、んなことでいちいち電話掛けてくんな!」
『だって〜』
 今にも泣き出しそうな愛里の声に、俺もオドオド。落ち着きなく部屋の中をウロウロしてしまう。
 目の前にいないから、どーにもできないじゃん!
 とりあえず、泣くのはなし! 分かった、俺が悪かった!
「あー、もぅ……いつでも聞け、聞きやがれ! 分からないことは全部、俺に聞け!」
『はい、ありがとうございます。また聞きますね〜』
 ……プツリと電話は切れた。


 そして明日も電話が掛かるだろう。次の日も、次の日も、俺が帰省しない限り、年中無休で掛かることだろう。
 ホントにアイツは……不器用で頼りなくて、困った継母だ。




    ■ おわり ■



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2008.07.19 UP
2009.07.30 改稿