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  家を出る前に俺ができること


  【3】


 ――吉武紘貴のお料理教室。
 今日の生徒は吉武愛里さん。
 そしてゲストは響咲良さん、近所のクソガキ杉山亮登。
 吉武家から生放送でお送りします。
 実況は吉武紘貴。
 ……はい。


 まぁ、高校は卒業したわけだし、引越しって三月末ぐらいというギリギリのスケジュールになりそうなわけよ。
 ってことは春休み中で、特にすることもなく、ヒマなわけだ。
 で、なぜかこういう状況になってる。
 エプロン姿の女子が二人。……すごい光景だね、これは。
 本日の昼ご飯、期待してないから、そこんとこよろしく。

「バターある?」
「マーガリンならあります」
「ま、それでもいいわ。それから砂糖と卵と小麦粉に……ベーキングパウダーはある?」
「べー……ナンデスカ?」
「なさそうね。じゃ、仕方がないわ、卵黄と卵白を分けて、卵白でメレンゲを作りましょう。ココアとかあれば嬉しいんだけど……」
 あれ? 俺が先生じゃなかったの? みたいです。エプロンつけてやる気満々な女子二人が勝手に調理スタート。
 マーガリン、砂糖、卵、小麦粉、メレンゲ? そしてココアだぁ!? 長年のカンから、何だか脂っこくて甘そうなものができると思うんだけど。どれかっていうと、菓子類。
 ココアはないんだよなー。よし。
「買ってこようか? 足りないもの」
「そうね。うん、お願い。マッハで」
 音速かよ。そりゃ急がねば。
「亮登!」
「オレは行かないからな!」
「だと思った。とりあえず、そこの女子に手を出したら……俺と父さんが許さねぇからな!」
「……他人のもんに手ぇ出すか、バーカ」
 今日は突っ掛かってこないらしい。

 俺は一番スーパーへ向かって自転車を全開でこいだ。当然だがマッハは無理。
 店内でココアを見つけたのと同時に、携帯が着信した。ディスプレイには咲良の名前。出てみると、
『ごめん、まだ店?』
「ああ。どうしたの?」
『チョコレートも買ってきて。板チョコでいいから……三枚ぐらい』
「分かった」
『じゃ、できるだけ早く帰ってきてね』
 おおぅ。何だかゾクっときたぞ、今のセリフ。
 ココアに板チョコ?
 ……ポリフェノール。
 一体、何を作る気なんだ?

 急いで帰って、買ってきたもの渡すと、
「できて呼ばれるまで、入室禁止」
 とか言われて台所のドアを閉められた。
 リビングからはテレビの音――亮登もすでに追い出された後らしい。
 俺もそこへ行き、意味もなく、ただなんとなく流れるテレビの映像を見つめていた。

 しばらくするとドアと廊下で隔てられているリビングにも甘い匂いが到着した。パン屋とは違う……洋菓子屋の匂いというか。やっぱり菓子だったか。
 昼食はどーなるんだ。ああ、もうこんな時間――十二時前。
 今からご飯をセットしても、およそ一時間半後じゃないと炊けないし……はぁ、ご飯。
 無駄に体力を使っても腹が減るだけ。セーブモードに入ります。
 横になってごーろごろ。


「遅くなってごめんね。お昼ご飯にしよ」
 とリビングでくったりしている俺と亮登を呼びに来たのは咲良。
 台所の食卓には、四人分の食事が並んでいた。
 何で亮登のまで……。コイツは家に帰ればどうにでもなるじゃないか。いや、いちいち気にしても意味がない。どうせ亮登のことだから、昼食をあてにしてウチに来てるに違いないから。
 で、昼食のどこにもココアやチョコが使われていない。使われてたらイヤだけど。それにまともな昼食なので安心してる自分がいる。

 そんな昼食を無事に終えると、咲良がニヤニヤしながら後ろ手に何か隠して近づいてきて、
「受験とかで何だかごたごたして忘れてたんだけど……」
 さっと目の前に出てきたのは、ハート型のチョコレート色の……ケーキ?
「バレンタインの……」
 ……バレンタイン? ああ、そんなイベントもあったな。縁がないからすっかり忘れてた。でも、遅くなっても貰えるなんて、何だか嬉しいなぁ。
「ありがとう」
 まだほんのり温かいケーキ。ココアとチョコレートはこれに使ったのか……どんだけ甘いんだろうな。いや、その甘さが……幸せ感を倍増させたりすんのかな。
「オレのは?」
 亮登が身を乗り出して咲良に聞くが、
「……ないわよ」
 と切り捨てた。
「アイリちゃん!!」
「すみません、ヒロさんのです」
「がっびーん!!」
 愛里も作ってたのか……父さんの。
「三時になったら一緒に食べようね」
「……うん」
 一緒に食べちゃうんだ、三時のおやつに。
「オレは?」
 話に入れない亮登は悲しそうにそんなことを聞いてくるが……またあっさりと咲良に切り捨てられるのではないだろうか。と思ったが、
「仕方ないわね。少しだけなら……」
「やったー!!」
 義理で分けてもらえるだけなのに、両手を振り上げ大喜びだ。
 最近、咲良は亮登に対して少し冷たいような気がするんだけど、気のせいかな?
 ま、あれだけ亮登がウチに入り浸ってたら……俺でも鬱陶しいと思うんだけど。


 三時――甘さ控えめのコーヒーと共に出てきた、切り分けられたハート型のチョコケーキ。
 しっとりフワフワしてて、ちょっと甘すぎて……コーヒーに丁度いい。
 咲良にこんな特技があったとは……さすが女の子というべきか。
「私、ホントは料理あんまりできないの。お菓子作りは得意なんだけどね」
 ……!! そ、そうなの!?


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2008.07.18 UP
2009.07.30 改稿