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  家を出る前に俺ができること


  【1】


 街外れの霊園。
 周りは、冷たい石が建ち並んでいた。
 そのひとつ、和型墓石。
 竿石には――『吉武家之墓』と書かれている、墓誌には一人の名しか刻まれていない墓の前。
 墓を一通り掃除し、墓石に打ち水をした。それから、ここに来る前に買ってきた花と果物を添えて、ろうそくを灯し、一人ずつ線香を手向けた。
 父、俺、愛里、咲良――と。
 俺が無事に高校を卒業したと、報告に来た。母さんに。個人的にではあるが、彼女もできました、的な挨拶も心の中で。

 看護師だったという母。
 彼女の影響ではあるが、俺は薬剤師になろうと決めている。
 形は少し違うけど、人を助けるためにできることだから、根本は同じだよね。
 俺はちゃんと、母さんの血を受け継いでいる。全然知らないのに、知らないはずなのに、同じような道を歩もうとしてるんだよね?
 今まで知らなさすぎたから思ったことなかったのに、母さんの子なんだなって思うんだ。母さんの子で良かったな、って。
 ――知らぬ母を自分の中に感じていた。
 でも、俺のせいで母さんはいなくなって、父さんに悲しい思いをさせてしまった。
 知ってから、それが何かと俺に付きまとっていた。
 そういう運命だったのだと父さんは言ってくれたけど、やっぱり納得しきれなかった。
 もしかしたら、いずれは俺も父と同じ思いをすることになるかもしれない――怖い。
 とにかく、体験してないことに対して、ただの予想に対しての恐怖はハンパなものではなかった。
 今でも怖い。

 肩を叩かれた。
 そんなことを考えていた俺の隣で、咲良が少し首を傾げ、心配そうな眼差しを向けていた。
 ……。
 大丈夫。きっと。
 この恐怖もいずれは踏み越えなければならなくなる。今ではなくても、いずれ。
 一歩を踏み出していかなければ前には進めないから。
 たぶん弱々しかったと思うけど、俺は咲良に笑顔で答えた。
 ――大丈夫だ、って。


 それから数日後――試験を受けた大学から大きめの封書が届いた。
 中に入っていた紙には、『合格通知』と書いてあった。
 別紙には今後の日程。
 俺は思わず拳を握り喜びを噛み締めていると、携帯が着信した。
 咲良からの発信だった。

「通知、来た?」
「来たよ。どうだった?」
「合格したよ〜。紘貴は?」
「合格、した」

 俺も咲良も無事に合格を果たし、ようやく次のステップへと進む許可が下りたというか……アパート探し。
 平日だったので、咲良の母親と一緒に大学近くにある不動産屋を点々として、いい条件の部屋を探していた。
 咲良の母は、やはり女の子の親というか……セキュリティとキッチンにやたらこだわり、不動産屋の人と話し込んでいたが、
「隣同士ってだけでいいんだけどね」
 って咲良は俺の耳元でこっそり言って、笑っていた。
 んー、まぁ、個人的には、キッチンがちゃんとしてる方がいいんだけど……。主夫なもんで。
 父さんからは、できれば十万程度の物件で……と言われていたんだけど、セキュリティがしっかりしてるところははやり……ちょっと。家賃見ただけでも眩暈がしそうなのに、敷金、礼金で総額家賃の五倍分ぐらい?
 家の金の一部を管理してただけに、こんなもん払えるかー!! とか言いそうになった。言いたくなった。言えなかった。言わなかったけど。
 アパート探しに来たのに、どっちが付き添いなのか分からなくなってきたし。
 俺と咲良の住まいを探しに来たんだけど、俺らに決定権なし?
 咲良母と不動産屋の話は……とてつもなく長かった。
 こっちは何がなんだか全然把握してなかった。
 ここで、母の行動に不満が爆発してしまったのか、咲良が動き始めた。
「あの、隣同士で空いてる部屋ってありますか? 特に条件にこだわらないです」
 笑顔で。でもどこか、怒りが入ってるような気がするのは気のせいだろうか。
 咲良母に対応していた不動産屋の人は、すぐ咲良に対して対応を始めた。要は、咲良母はそっちのけ。
「えっと……出入りが激しい時期ですからね。リフォームをしてからの入居となりますので、三月末ぐらいになると思いますが……」
「じゃ、そういう条件で、隣同士、私と彼の二部屋、キッチンで普通に料理ができれば十分です。それでお願いします」
 不動産屋、それで部屋を探し出す。咲良母、無駄な抵抗(?)に終わる。
 俺? とりあえず、黙っておいた。女の人って、怒らせると怖いんだろ?


 戻ってきた頃にはもう夕食には遅い時間だったが、咲良の母さんにファミレスで食事して帰ろうと誘われたが断って帰った。ふと父さんと愛里が腹を空かせて待っている姿が脳裏を通り過ぎたから。
 家に帰るといつものように愛里が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。ごはん、食べますか?」
 天と地がひっくり返ったかと思った。愛里からそんな言葉を聞くだなんて。
 咲良たちと食べて帰らなくて正解だった。
 食卓には三人分の食事が用意されていた。どれにも手を付けられていない。
 せっかく作っても、食べてくれる人が帰ってこなかったのか……。
 めずらしく、父さんも帰りが遅い。なにやってんだろ。
「父さんは、まだ?」
「はい。何だか配送ミス? トラブルだとかで遅くなるって」
「ふぅん……じゃ、俺、先に食べるわ。いただきます」
 ちょこっと肉が入った野菜炒め。ちゃんと塩コショウも使ってある。
 野菜にはほどよく歯ごたえが残ってる。たまたまにしては上出来だ。
 それから、ご飯と温めなおした味噌汁が出てきた。
 ご飯の水加減は完璧。でも、洗い方が不十分で少しヌカ臭い。
 野菜炒めに使ったものと変わらない野菜が入った味噌汁――野菜にちゃんと火が通ってるし、味は濃くも薄くもなく丁度いいのだが、だし忘れ。コクと風味がまったくない、ミソスープ。
「ど、どうですか?」
「……五十点、かな」
「うう、厳しいですね」
 いや、サービスポイントが加算されてていい方だ。ホントなら三十点とか言いたかったぐらいだが、その頑張りで二十点も稼いでるんだぞ。
「どこが減点部分ですか?」
 それを聞いて直そうというのなら、この先、見込みがあるかもしれない。
「まず、ご飯」
「ご飯もですか?」
「そ。水加減は間違ってないんだけど、洗い方がね。ヌカ臭いんだ。だからもっと洗った方がいい」
「はい」
「次に味噌汁」
「ぎくり」
 ……自覚症状がすでにあるようだ。
「だしを入れた?」
「あ。そうか! だしなんですね!」
「そ。粉末のだしでいいから、あれを入れとけ」
「どのくらい……」
「適当。そのうち、自然に身に付く」
「……ですか……」
 そんなもんだよ。いちいち気にしてたら作ってられない。
「野菜炒めは減点なし。以上」
「ありがとうございました」
 ぺっこりとアタマを下げる愛里。
 別にヘコむようなことは言ってないはずだけど、落ち込んでないか心配になった。けど、彼女は胸の高さで両手を握った。
「よし、次は頑張ります!」
 プラスになったようだ。
 ……え?
 次って、また作る気か! 毎日、同じメニューはカンベンだからな!

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2008.07.17 UP
2009.07.30 改稿
2011.11.21 改稿