学年末考査の奇跡
一月もあと数日。
俺と咲良が志望する大学の出願受付が始まった。
そして、最後の定期テストとなる学年末考査が行われていた。
出席番号順に並び替えてのテストなので、俺は後ろの席から様子を窺っていた。
亮登は勉強したことの一切をセンター試験終了と共に記憶から消去してしまい、テスト開始時に名前だけ書くと、伏せて――寝た。いいのか、それで!! 名前で点数もらえるのは、配点を間違った先生のサービスでしかないんだぞ!
留年も覚悟してください。
問題を解いて、教室内の様子を窺う。
咲良――熱心に問題を解いている。俺もマジメにやらなきゃな。
問題を解いて、また室内をざっと……別にカンニングしてるわけではない。ヒマなだけで、人間観察してるだけ。
いや、ヒマといえばちょっと嘘だな。気分転換に……。
天空――ん?
んんんんん!!?
マジメにテストの問題と向き合ってる、ありえねぇ!
ホントにありえなかった。今までだって、テスト時間の半分は寝てたじゃないか。
三角形の面積の出し方ぐらいしか知らないだろ! 漢字を臨機応変に読みわけられないだろ!
誰もが天空のことをその程度の学力しかなくて、スポーツはできるけど天然のバカで憎めないヤツだと思っているはずだ。
俺だって三年になって初めて同じクラスになったけど、そう思っていた。この学年末考査の結果がそれらを覆すことになるなんて、誰一人、思いもしなかっただろう。
俺も思わなかった。ありえないはずだった。
受験勉強のかいあって、三日間に渡って行われた高校生活最後のテストは楽勝だった。
自己採点でも、点数は自己最高記録に違いない。
テストを返却され、各課目でも総合得点でも、記録を塗り替えた。
確かに、俺の自己最高記録は塗り替えられたんだ。
しかし、順位は――下がっていた。
最後の最後で何で? どうして? 納得いかねぇ!
それは、一人の少年の異常な行動により起こったある意味、事件と呼べるものだろう。
結果を目の当たりにした担任は、ハトが豆鉄砲を食らったような表情で天空に聞いていた。
「東方、これは、カンニングか何かなのか?」
カンニング疑惑が浮上しても、天空はいつもの爽やかな笑顔でこう答えた。
「いえ、実力というやつです」
そう。学年どころか学校一アホだと思ってたヤツが、そんじょそこらのバカとは違う筋金入りのバカが、最後の最後で学年トップに踊り出るなんて夢のような話が現実に起こってしまったのだ。
あまりにも異常な出来事に、ちょっと前触りが長くなりすぎました。
それと、今まで天空のことをバカとかアホとか言いすぎていたことをお詫び申し上げます。
恐る恐る俺は天空の元へ行った。
「あのさ……もし良かったら、成績表見せてもらえるかな?」
「僕のでよければ、どうぞ」
快くテストの成績表を見せてくれた天空だが……一、二学期は二十点前後というヒドい数字で、順位に至っては三桁。それが今回は――全て九十点台で順位は一桁。
そして、合計得点は十点以内の差で見事にやられている。
今回はものすごく自信があったのに、俺の順位を落としたヤツが天空だったなんて……。
天空の順位は俺より一つ上だった。
なんだろう、この、悔しさとは違う、虚しさとか何か色々含まれて意味不明な感情は。
「どうしたの、紘貴」
天空の成績表を手に、小刻みに震える俺に話しかけてきた咲良は、それを覗き込んできて、
「……うそっ!」
と声を上げたっきり動かなくなった。成績表を凝視したまま。
そこへ更に亮登がやってきて、
「仲良く何してんのー、オレも混ぜてよ」
のんきにそんなことを言ってる亮登も、天空の成績表で、
「マジで!?」とだけ言ったっきり言葉を失った。
そんな俺たちを見て、次々とやってくるクラスメイトたちは、俺の手から天空の成績表を抜き取ると、たらいまわしにした。
それを見たものからは、信じられない、という意味の混じった声しか上がらない。
「ホントにこれは、どーゆーこと?」
質問攻めにさすがの天空も笑顔が苦笑いになっている。
「どうもこうも、実力でしか……」
「もしかして、家庭教師らしきものをしているというウワサは本当なのか?」
クラスメイトの男子(あまり目立たないタイプ)がどこからか得てきた情報を口にした。
天空が家庭教師? それこそ想像を絶するありえない情報だ。
「んー、まぁ、ちょろっと後輩に教えてるだけで、カテキョと言うには大袈裟かな」
「そ、そうなんだよ。ソラは教え方がけっこううまいんだ!」
とここで亮登が体験談――って、あれ、ホントに教えてもらってたの!? なぜか三角形の面積を出す式で関数がなんたらって言ってたじゃないか。その前にちゃんと教えてたってこと? 信じられない。
「ちょっと待て!」
さすがに黙っていられず、ここで俺が声を上げた。
「正月に、薬学部を「くすりがくぶ」って読んだよな?」
「わざとに決まってんじゃん」
「夏休みが終わった後、課題が終わらないから空に帰りたいとか言ったのは何?」
「……遊ぶ口実?」
「いや、別に遊んでなか……勉強もしてなかったけど」
そんな会話の最中も、なんて爽やかで、すがすがしくて、気持ちのいい笑顔なんだ、天空。
「ごめんね、今まで。生真面目に生きたって、面白くないから……ね」
ああもぅ、このやろう!
見事に騙されてたってやつだな、このやろう!
ああ、生真面目で悪かったなぁ。優等生はちっとも楽しくなかったよ、今まで。
でも天空の笑顔は、そんな怒りを無に変換してしまう。
「それこそ、大学に進学して教師にでもなればいいのに……」
「もう、勉強はいいかなー」
なんてもったいない人材なんだ。
思いっきり騙されてたし。それもかなりスケールがデカかったな。学校中を騙してたようなもんだ。校内一の天然ボケが……卒業前にいいところ全部持っていき、俺には、やり場のない悔しさを残した。
「天空センパイ、やっぱりスゴいです!」
放課後、生徒玄関付近にて――我が校のマスコットボーイ、桜井大志くんが帰ろうとする俺、亮登、天空を追いかけてきた。
「学年末考査、学年一位だったんでしょ?」
……黙れ、小僧!!
あーでも、天空だと恨めないし、その分悔しいんだけどなー。何も言えない。悔しい。
「卒業しても、勉強、教えてくださいね」
ってことは、天空は大志くんの家庭教師だったのか!
「ちょっと、大志くん……喋りすぎ」
天空の笑顔にめずらしく『困』が含まれている。
「あ、そういえば、お姉ちゃんが――もが」
「ぼーいずびーあんびしゃーす!!!」
あ、天空が大志くんの口を塞ぎ、抱えて逃げた。
いつぞやの再現か、これ。
でも、アレも天空がわざとやったボケにすぎないのか……つまんねー。
姉ちゃんが――もが?
……ん! 天空、何か隠してるな?
「ちょっと待て、天空!」
声を掛けた頃には俺たちから二十メートルも離れていた天空は、一度止まってこちらを向いて、
「待たない! 今日のところはこの辺で、さよなら、グッバイ、またトゥモロー!」
「うわぁ!」
大志くんを軽々と担ぎ、走り去った。
――に、に、逃げた!!
東方が逃亡……って、何でオヤジ級ギャグがふと思い浮かぶんだよ。
じゃなくって、
「追うぞ、亮登!」
「いや、もう遅い」
亮登が指差す、二人が愛の逃避行(誤)を計った方向には、既に天空の姿はなかった。
いくら天空が大志くんを担いでるからって、走って追いつけるとは思えない。
なのでモヤモヤとすっきりしないまま、帰宅を余儀なくされた。
くっそぅ……明日、捕まえてやる! 事情聴取だ。
こんなおバカな高校生活も残り――一ヶ月。
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2009.07.30 改稿
2011.11.21 改稿