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  俺にとって初めて彼女と過ごす……クリスマス


  【5】


 自分の部屋の壁に、見慣れないものが取り付けてあった。
 昨日、言っていたエアコン。まだスイッチが入っていないので、部屋の温度は廊下と同じでとても寒い。
 響はコートを着たまま、とりあえずこたつに入っている。その天板の上にはエアコンのリモコンと透明な袋に入ったままの取扱説明書。
 まぁ、説明書なんて見なくても、リモコンの運転ボタンを押せば、動き出すことぐらい知っている。
 それらを避けて持ってきたコーヒーが入ったマグカップを彼女の前、自分が座ろうとしている対面に置いてから、エアコンの運転ボタンを一度押して、座った。
 本体がピピッと鳴って、運転がすぐに始まるかと思えば……温かい風はすぐに出てこなかった。
 というか、なぜ無言なんだ、俺たち。
「エアコンでもつければよかったのに……」
「うん、なんとなくこたつだった」
 何で!?
 まだ寒いらしく、響は体を揺すっている。
「来たときに置いていったカバン……」
「なぜかここにあった」
 ……父さん、これはどう捉えるべきなのかな。
「まぁ、コーヒーでも飲んで。温かいうちに」
「うん、ありがとう」
 会話の順番、間違ったかな。出した時に言うべきだったか。
「これ、飲み終わったら俺は夕飯の支度をするから、響はゆっくりしてて」
「私も手伝っていい?」
 え?
「ああ、うん。もちろん」
「できんの、コイツ。料理が、とか思ったでしょ?」
「まさか……」
 そんなこと思ってないって。
「だって、響って一応、ウチでは客なわけじゃん。手伝いをさせるってのはちょっと、どうかなとは思ったけど……」
「そんなに気を遣わなくてもいいわ。お客さん扱いされると、寂しいじゃない? 一人で待ってたって、面白くないもの」
 まぁ、そうだよな。特に何もないこの部屋じゃ退屈なだけだ。リビングじゃ落ち着かないだろうし。あまり喋らない年下の継母に、やたらテンションの高い子供のような父。
 俺はそういうのに慣れたし、亮登は何でも対応できるが、響は……ちょっと違うような気がするな。
「じゃ、これ飲んだら行こうか」
「ええ。……でも、変な気分」
「何が?」
「男の子の料理の手伝いだなんて」
 変ですか? 変ですよね。でも、小学生高学年からやってることだから、俺は変だと思ってないんだけどね。
「でも、私より料理うまそうだから、ショックよねー」
「え?」
「だって……彼女が手料理作ってくれなくても、自分でできるじゃない」
「まぁ、そうだけど……自分の料理ばかり食べるのが当たり前になってるから、人が作った料理って嬉しいけどな」
 そして、この前のおかゆもおいしかったし、嬉しかったと付け加えた。
 彼女は肩をすくめながら「ありがとう」と言い、照れ笑いをした。


 微かにぬくもりを残して空になったマグカップを持って一階へ降りると、それを流しに二つ置き、すぐに冷蔵庫内のチェックに入る。
 今日、父と愛里が買い物に行って買ってきたものは……国産鶏もも肉、手羽先、手羽中、手羽元……何で鶏ばっかり。しかも似た部位のものが多いぞ? 全部から揚げにでもしてやろうか、このやろう。
 とりあえず、手羽中は冷凍。今日は使わない。
 手羽先はチューリップにして、手羽元は野菜と一緒に煮る。もも肉はから揚げだな……半分は竜田にしよう。
 あとは生野菜のサラダにハムを添えて……。
 こんなもんでいいか。
 まずは肉を取り出した。
 手羽元を煮込むための鍋を探すが……なぜかガスレンジに乗っかっている。普段使わないのに何でこんな所に?
 フタを開けてみると……クリーミーないい香り。シチューがすでに出来上がっていた。
 さ、さ、サンタさん!?
 とまぁ、冗談はさておき、俺が作ったものではないことは確かである。
「普段、料理してくれないくせに……明日は吹雪だな」
 とぼそり。
「どうしたの?」
「いや……父さんが気の利いたことしたから、明日は吹雪になると思って」
 俺がじっと見つめている鍋を覗きこんでくる響は、歓声を上げた。
「うわぁ、シチューだ。やっぱり、クリスマスはシチューよね」
 おたまで中身をかき混ぜてすくうと……じゃがいも、にんじん、たまねぎ、
「ここにも鶏肉が……」
 鶏肉づくしです、今晩は。なのに何で、定番の足がないんだよ!
 あ、ご飯……。
 炊飯ジャーが炊飯開始していた。
 ……明日は吹雪どころじゃねぇ! 地震と雷と火事だぞ、親父!
 ああ、雷だけはイヤ……。


 俺が手羽元の調理をしている間に、響がもも肉を切り、その半分の量を焼肉のたれで漬け、残りにから揚げ粉をまぶした。
 手羽先は俺がやっているのを見よう見まねでやり始めた響だが、
 ――パキ。
「うわ!」
 ――ポキ。
「うひゃぁ!」
 グロテスクな音に、悲鳴を上げていた。
 チューリップへと加工が終わった手羽先にもから揚げ粉をまぶし、焼肉のたれに漬けていた肉には片栗粉をまぶして、工程はいよいよ揚げる作業へと取り掛かる。
 その間に響には生野菜のサラダを作ってもらうことにした。
 煮込んでいた手羽元も短時間で作ったわりにはよく味がついている。
 ものすごく作業効率がいいのは、響が料理経験者だからであろう。愛里だったらもたつきまくって話にならないからな。

 何だかんだ一時間は掛かったが、午後七時過ぎには食卓に大皿に盛られた料理が並んだ。
 どこを見ても鶏、鶏、鶏、鶏、野菜、だけど。
 シチューが四つ、ご飯も四つ、箸もグラスも取り皿も……。
 あれ?
 なんだろ、この気持ち……。
「ちょっとトイレ。父さんと愛里、リビングにいるから呼んできて」
 響にそう頼むと、俺は台所から足早に出てトイレに向かった。
 ドアを閉め、鍵を閉め、壁に手を突いて大きく深呼吸した。
 ――何で泣きたくなるんだろ……。
 目を閉じたら、涙が零れ落ちた。

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2008.06.25 UP
2011.11.21 改稿