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  俺にとって初めて彼女と過ごす……クリスマス


  【1】


「大丈夫だって。もうあまり咳も出なくなったし。……うん。まぁ、気の利いたことはできそうにないけど……。ああ、そうだね。じゃぁ、映画でも見に行こうか」
 喋りながらソファーに座って脚を組みなおしたり、髪を掻きあげてみたり、室内を落ち着きなく見回し、時計で時間を確認。
 決して独り言ではない。電話に応答中だ。
『じゃ、明日の十時には吉武の家に迎えに行くわ。楽しみにしてるね』
「うん。じゃ、おやすみ」
『おやすみ』
 その声を聞いて、俺は携帯を耳から離し、閉じた。
 その瞬間、電話中ずっと我慢していた何かが、どかーんと噴火した。
 ……は、は、は、うっはー!!! キャーキャー、わーわー。ひゃっほーい。
 何が何だか意味不明だが、色んな感情が入り混じって、ゴチャゴチャになってるということは汲んで欲しい。狂ったわけじゃない。
 十二時間後、俺は生まれて初めてデートというものを経験するのだ!!
 っていうか、今の電話もある意味、初めて関連のものだが。
 ああもぅ、なんというか……俺が俺じゃないような感じぐらいまでに舞い上がって、興奮して、驚いて、ちょっとの不安もあったり、緊張とかなんとか、かんとか……。
 いや、もぅ……人生で一番いい時期かもしれん。今までの中では一番だし。
 といった感じで、好転の連続で、幸福死しそう……。
 椅子から立って、幸福の舞。室内をくるくると回っていたら、
 ――ガチャ。
 突然、ドアが開いたので、驚いた俺は右手を高く上げて背を反らしているという変なポーズのまま止まった。
「……ヒロくん。明日、サンタさんが来るからって、浮かれすぎじゃない?」
 と、と、と、父さん!!
 愛里じゃなくて良かったような、悪かったような……。
 っていうか、誰もいなからってリビングで電話して浮かれてるのは少々場違いだったように思うが、今頃思ったって遅いな。
「明日の昼ぐらいに来ると思うよ」
「なぜ昼? っていうか、出掛けるからいないよ」
 父は顔に衝撃を意味する表情を浮かべた。
「サンタさんがエアコン持って来るのに……」
「サンタじゃなくて、電器屋の社員だろ」
「嬉しくないの? 四、五ヵ月ごしの夢が叶うんだよ?」
「忘れてたよ、もう」
 夏、誕生日にエアコンを頼もうとしたら、結婚指輪買ってボーナスがなくなった、ってアレだろ? で、冬のボーナスでエアコンを買おうって思ってくれたことにはまぁ、感謝しますけど……まぁいいか。
「で、どうせこの部屋につけるんだろ?」
 今、俺が父さんと話しているリビングを指す。
「じーつーは、この部屋と、ヒロくんの部屋にも取り付けるのです!」
 うわ、太っ腹! というか、助かる!
 この前……終業式の日は、俺が風邪ということもあって、台所のストーブが部屋に持ち込まれていたものの、それも昨日、台所に戻したので寒い部屋に逆戻りしたところだった。
 俺の部屋に暖房器具がないわけでもないのだが……六十センチの正方形で小さく、今や一人用のこたつのみ。確かにこたつに入っていれば暖かいが……足だけ。部屋の温度は一桁台。もう潜り込めないし、普通に使っても肩から背中が冷えて、勉強するにはどうも集中できないというか……。
 でも、エアコン導入で受験勉強も快適! あーしまった。亮登が入り浸りそうだ。
「ねぇ、何時に出掛けるの? 何時に帰るの? 誰と行くの? パパが知ってる人?」
「関係ないだろ」
「えー、亮登じゃないんだ〜。気になる〜。ねぇねぇ……」
 ええい、しつこい! 小さな子供じゃねーぞ、俺は! そしてアンタも子供じゃないだろ! しつこく聞いてくんな。
「まぁいいや。明日、休み取ったし」
 にっこりとまぁ、いい笑顔ですこと。とても三十七歳で高校生の子持ちには見えないよなぁっははははははは?
 …………ええ?!!!!!
「エアコン休暇」
 いや、ちょっと待て!!
 つーか、何で電話の時、俺が迎えに行くと言わなかった!! ダメじゃん。




 眠れたのか眠れなかったのかよく分からないぐらいの興奮は、朝には緊張へ変化していた。
 けど、寝不足と言えるほどのだるさもないし、どちらかと言えば目覚めは最高。血圧高いな、今日は。まぁ、むやみやたらと心臓がドキバクしてる。とにかく落ち着かない。
 十時だろ? ああ、もぅ。
 つーか、父さんは何でエアコンの取り付けごときで休暇取ってんだよ。
 絶対、鉢合わせる。そして、あの父のことだ。根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。ほじくるの大好きそうだからな。年齢のわりに中身は子供っぽいし。
 ……楽しみなのに、楽しみにしすぎてるのに、これから起こることを考えると、何だかがっくし。
 いつも通り朝食を作って、食べ終わると片付けをして部屋へ戻り、適当に選んだ服を着て……いや、特にオシャレは不要だろう、と思って。今更、着飾っても逆に変だし、やっぱ、等身大でだな……。すみません。見栄張りました。オシャレなんて微塵も縁がないだけです。
 ……んー。変じゃないかな……。
 いやいや、いつもコレじゃん。変だったら、いつも変ってことじゃん。
 ええぃ! 着ているものにいちーち文句言ってられっかー!!
 やめようよ、俺。どうせ、葛藤するだけ無駄なんだから。
 選びたくても、選択肢がなさすぎるんだよ。
 ジーパン二本。上に着れそうな冬物が三種類程度。コート一着(そろそろ買い換えたい)。制服一式――以上。
 なんてつまらない男なんだ。家事ばっかやってるから、もぅ……。
 泣けてくる。

 財布オッケー。中身もオッケー。
 携帯、持ってる。服装、まぁしょうがない。チェック項目より除外。
 俺、オッケー?
 心の準備、オッケー!
 よっしゃー……すっげー緊張してキタっ!!
 部屋の中を落ち着きなくウロウロしながら、何度も持ち物を確認すべく、ポケットをぱたぱたと叩いていた。
 ――ピンポーン。
 チャイムの音が聞こえたので時計を確認すると、十時には十分も早い。
 十分前行動ときたか! こんな時に!!
 約束の時間直前に玄関に出て、見つからないうちにさっさと出掛けようと思ってたのに!
 急いで一階へ降りて玄関へ行ったがすでに遅し。
「あれ? 確か……響さんだよね? あの、ヒロくんと小学校から一緒の……」
 こんな時に限って、どうして親父が出てるんだよ! 普段、出ないくせに!!
「うわぁ〜。おじさんはかなり久しぶりに見たけど、並んで見ても吉武くんにそっくりですね。びっくりしました」
 ちなみに俺は、父の背後で域をひそめ、構えていた。
「そう? 今度、ヒロくんの代わりに学校へ行ってみようかな?」
「……行かんでよろしい。っていうか、はよどけ! 出られん!」
 父に膝カックンをお見舞いしてやると、面白いぐらい見事に崩れ去った。歳のせいか、足腰が弱っているようだな。
「あ、おはよう、吉武。調子どう?」
「うん、おはよう。全然オッケー」
 俺は目の前で崩れている親父を避けて玄関から出ると、
「じゃ、そういうことで、俺は遊びに行って参ります」
「あ、ちょっと待って。荷物、置かせてもらっていい?」
 はいー?
 そう言われて見ると、響は映画を見に行くには大きすぎるカバンを持っていた。
 それが何だかよく分からないが、いいよ、と言って受け取り、親父に渡して、
「それ、預かっといて。よろしく」
 さっさとデートとやらに出発だ、このやろー!

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2008.06.16 UP
2009.07.25 改稿
2011.11.21 改稿