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雪舞う季節に春が来た
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「ね、ちょっと、吉武?」
吉武の途切れ途切れの言葉の意味が私の心に染み渡る前に、彼はドアに背を預けたまま足元から崩れていた。
彼の側で揺すり起こそうとしても、ただ辛そうに顔を歪め、息を荒くしているだけだった。
額に浮かぶ汗……私はポケットから取り出したハンカチでそれを拭ってから額に手を添えると、その熱さに一瞬手を引いて、再び額に触れた。
ものすごい熱だった。
ここでどうにかできるものだとは思えない。とにかく、早く家に帰らせないと……でも、どうやって?
私はすぐにある人物の顔が浮かんできたので、机の上に置いてあるバッグから携帯を取り出すとメモリーを呼び出し、発信した。
吉武にとって一番親しい人であり幼馴染み。私も彼とは小学校以来の付き合いになるスギ――杉山亮登。
スギは三コール目で電話に応答してくれた。
『はーい、もしもし。どーしたの、サクラ』
「今、どこ?」
『学校近くのコンビニだけど。ソラも一緒だよ』
「あのね、今、私、まだ学校の教室なんだけど、吉武が倒れちゃったの。かなり熱があって……お願い、戻ってきて!」
私にとっては、悲痛の願いだった。
――お願いだから、誰か助けて。
吉武を……助けて。
『あーった。すぐ戻るわ。ソラ、立ち読みしてる場合じゃねぇぞ――』
電話は中途半端なところで切れた。
携帯を制服のポケットにしまうと、ドアにもたれかかって目を閉じている吉武に視線を向けた。
眠っていると言うよりも、気を失っているという感じだった。
口で、息を荒くしている吉武は、とても苦しそうに見えた。
少しでも楽になればと思い、彼の側に座って、頭を私の膝――というか、太腿――へ何とか乗せてみた。膝枕というやつ。
どれだけ頭を撫でてみても、目を開くことはなく、ただ苦しそうに息を荒げている吉武。
確か昨日は、こんな症状は全くなかった。
今日になって……?
こんな状態なのに、どうして学校に来たの?
……。私のせい?
――まさか。
自意識過剰?
彼が気を失う前に発した言葉が頭の中に響いた。
――俺も、響のことが、好きだから。
ホントに?
信じていい?
もう、信じてるよ?
今更、嘘なんて、言わせないからね?
だからお願い……目を覚まして……。
私は彼を包み込むように、覆い被さって呼び続けた。
「吉武……」
目を、覚まして……。
お願い……。
それからスギと東方が教室に来るまでの十分足らずの時間、寒くて、静かすぎて、とてつもなく長く感じた。
廊下から男子の話し声が聞こえる。二人……スギと東方だ。
これでもう、大丈夫……。
心細さと不安でイッパイだった気分が、少し晴れた。
――ガラガラ。
「オレサマ、召喚!」
何を言ってるんだろ……もっと普通に入ってきたらいいのに。
「あっ! いいな、膝枕。僕も倒れるから、是非とも――」
「イヤ」
ついつい、そんなことを本気で言ってしまったせいで、東方はショックを受けたような表情に。いや、まぁ……本音で素だったけど。
「冗談はどうでもいいの。とにかく、吉武……けっこうヤバいと思うんだ」
どれどれ……とスギは吉武の顔を覘き、首筋で体温をみた。
「……ああ、たぶん、いつもの風邪だと思うから、とりあえず連れて帰って、寝かせとけば治るわ」
……なんてあっさりと、そんな診断を……。
「コイツ、風邪ひくと一気に症状が悪化して熱が出るんだけど、寝たら治るんだよ。冗談じゃなく、今までずっとそうだったし。まぁ、インフルなら別だけどな」
さすがご近所さんで幼馴染み。吉武のことをよく知ってる。
何だか一風インチキっぽい診断だけど、スギの言葉だとそれが納得できる。何より、こんなに熱のある吉武を見ても顔色ひとつ変えないんだから。
「とりあえずソラ……紘貴をおぶって吉武家まで頼むわ」
「……僕の自転車は?」
「走るの好きだろ。後で取りに来ればいいだろ」
「じゃ、ヒロの自転車……」
「……ヒマな時に取りに行くよう言っとく。何なら後で取りに来て、そのあと自分の自転車を……」
「何往復しろってのさ」
「学校と紘貴んちを……2.5往復?」
「んな無茶な……」
なんて、今はどうでもいい二人の言い合いに、私は痺れを切らした。
「そんなのどうでもいいから! 今は早く、吉武を……」
自転車のことより、吉武の心配をしてよね! こっちは物じゃないんだから……。
私とスギは、吉武を東方の背に乗せ、ようやく帰路についた。
今日は路面のことを考えてバスで登校した私は、吉武の自転車を押して、東方の後ろ……スギの横を歩いていた。
「サクラ」
「何?」
自分の自転車を押して歩くスギが私の方を向いて話しかけてきた。
「何で……紘貴と一緒にいたのかな……って……放課後、居残りなんてしないタイプじゃん、お前ら」
聞きたいことは分かるけど、スギはうまく言葉にできていなかった。
「……なんとなくは分かってるんでしょ?」
放課後の教室に男子と女子が二人っきりって、たかが知れてる。
「吉武に話があるって言われたの。誰もいない方がいいって」
吉武には悪いと思ったけど、正直に言い、この後、スギがどんな反応をするのか容易に想像できたので私は鼻で笑った。
「ええ!? 紘貴が!? マジで!?」
大袈裟なぐらい本気で驚いていた。その後も一人で、うそーん、アリエネー、紘貴が……マジっすか! と表情をクルクルと変えながら驚き続けた。
予想通りの反応に更におかしくなりつつも、私は必死に笑いを堪えた。
「で、何なの、何があったの! 二人きりの放課後の教室で、何があった!」
そして思いっきり踏み込んでくる。
だけどこれだけは……、
「二人だけの、ひ・み・つw」
にしとかなきゃ。まだ、信じられないし……。
「うわー、ズルイぞー。めっちゃ気になるー!!」
できれば……目を覚ましてからでいいから、もう一度、聞きたいな……。
「あぐー、つかれたー」
「でも紘貴……範囲めっちゃ狭っ」
それは自分でも思った。小学校から一緒だけど、同じクラスになったのは二回目。ろくに話したこともないのに十二年目。何がきっかけだったのか自分でも分からず、気持ちに気付いて、何で今頃……って思ったぐらいだもの。
「変わって……」
「あ、バス」
「ちょっと、聞いて、あー! バス乗るー!!」
元気よく……というより、最後の力を振り絞り、東方はバス停に向かって走り出した。吉武を背負ったまま。
何とか乗り込んだのはいいけど、降りる停留所、分かるかな?
「サクラは紘貴のこと、どう思ってんの?」
「さぁ……どうでしょうね」
昨日の行動がその答え。だけどスギには言わない。
う〜ん。
吉武が気を失ってるっていうのに、スギと東方が来てくれて安心してるのかな。
顔がミョーにニヤてるよぅ。
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2008.06.04 UP
2009.07.25 改稿