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  パニ・ハプ文化祭終了後〜義母さん、事件です!


  【1】


 文化祭から数日――浮かれた雰囲気から一転し、普段の静けさというか、受験前のピリピリ感というか……ごく一部は毎日がお祭り騒ぎなわけだけど、文化祭前に比べると落ち着きを取り戻していた。
 はずだった。
 俺だけ、俺がいる場所だけそうではなかった。

「あの人でしょ?」
「うん。確かそうだよ」

「三年の吉武……」
「あー。あれってマジ?」
「らしいよ。ヤバくね?」

「人は見た目じゃないよな」
「意外と、とんでもないこととかやっちゃってんじゃないの?」

「優等生の裏の顔」
「マジメなヤツって、意外とわかんないよね」

 何だか知らんが、俺が通り過ぎると後方から、そういう声が聞こえるようになった。
 それも日が経つにつれヒドくなり、とてつもなく居心地が悪かった。

 ――言いたいことがあるならはっきり言いに来い! 俺は逃げも隠れもしねぇ!

 自分のクラスでさえも、そういう状況へと徐々に染まり……今ではクラスメイトさえも俺を避けはじめていた。
 亮登と天空以外は。


「俺、何かした?」
 それに気付いた初日。俺は亮登に聞いてみたが、
「知らん」
 としか答えなかった。が――


「原因、分かったぞ紘貴」
 いつものちゃらんぽらん笑顔とは打って変わって、半キレ気味の表情で俺の席にやってきた亮登。前の席の椅子を引いてドカっと乱暴に座ると、すぐに脚を組んだ。
 そして俺だけに聞こえるよう顔を近づけ、こっそり耳打ちしてきた。
「どうやらアイリちゃんも関連するらしい。紘貴が歳をごまかしてテレクラやってたとか、中学生をホテルに連れ込んだとか……」
 しとらんわい。全部、親父のことじゃねーか! 俺は関係ない。むしろ被害者だ!
 亮登がいきなり、俺の机を思いっきり叩きつけた。
 そのものすごい音に、教室は一瞬静まり返った。
「オレの……アイリちゃんに……紘貴がそんなこと……できるわけねぇだろ!」

 よく言った。よし、半殺し決定。
 俺は笑顔で左手側にある窓をガラリと開けた。

「ご苦労様、亮登。もう、ゆっくりと、眠って、いいよ……永遠に!!」
 窓から体半分以上を突き出され、じたばたと暴れる亮登。
「あ゛ー、ごめんなさい。ごめんなさい、紘貴さま! 冗談です! 最後のセリフだけ取り消してください!!」
 ちなみにココ――三階です。

 血相を変えた亮登は、呼吸を乱したまま、普段から乱れている制服を無駄に直していた。
「こ、こ、こ、殺す気かい!」
「まさか。大事な幼馴染みさまを、たかがそんなセリフ一つでカチンときたからって殺すものですか。半殺しで十分でしょ?」
「死ぬるわ!」
 まぁ、そこはもうどうでもいいことだし……亮登だし。いつものことだし。だしだし。
 この居心地の悪さの原因も分かったことだ。さて……どうしようかな。
 それにしても、いい感じにあらぬウワサを立てやがって……誰だ? 俺と愛里をそんなんだと勘違いしたバカは。
 …………。
 ……あ。
 ふと、文化祭二日目、昼のことを思い出していた。

 愛里の同級生だという三人組。
 愛里をイジメてたとか、テレクラをやらせたとか……。
 俺の顔を見て、一人が何か言いかけたような……。

 出所は間違いなくあの三人だろう。
 しかし誰だか分からない。顔なんてそんなに見てないし、一年ってことしか知らない。
 だいたい、愛里の同級生がこの学校にいるって、愛里は結婚してウチに来るまでどこに住んでた? 市内? 市外であっても、そう遠くはない所だろう。
 あークソっ……やっぱり俺って愛里のことを何も知らねぇ!
 学校でこういうウワサ立てられても、被害に遭うのは俺一人。
 愛里じゃない。それだけでもまだ……救いか。

 それでも、愛里を文化祭に誘ったこと、最初はそれを断っていたこと……校内で出会ってしまった三人組と愛里。そして、愛里の過去――。
 俺が文化祭に誘わなければ……なんてあれからずっと思ってるけど、事はもう動き始めている。


 ――そして放課後。
 生徒玄関を出て駐輪場に向かう途中のことだった。
 三人の女子生徒に行く手を阻まれた。例の三人組だ。
「すいません、ちょっといーですかー?」
 まるで俺をからかっているような口調に態度。とても年上に話す時に使う敬語ではない。ついでに、「すいません」じゃなくて「すみません」だろ。
 残りの二人も、話しかけてきたヤツの後ろでクスクスと笑っている。
「何?」
 俺は機嫌悪そうに……まぁ、悪いんだけど、低い声で返した。
「コレ……アンタですよね」
 アンタってお前……さすがにブチ切れるぞ。いやいや、ここは抑えて吉武紘貴。
 最初に話しかけてきた女がカバンから厚めの紙を取り出して俺に見せてきた。
 それは写真で、夜の街中を歩く男女を写していた。
 スーツ姿の男はこの世で一番俺に似た人である父。女は今より少し髪が短く幼いが、間違いなく継母の愛里。
 写真を見せられて、確信が持てた。
「ああ、俺じゃないね」
 三人は驚き、悔しそうな顔をした。あんたたちが予想していた展開には残念ながらならない。それは俺じゃないから。
「用事、それだけ?」
 俺は勝ち誇ったような態度で三人を順に見ると、最初に話しかけてきた女はひどく悔しそうな顔をして、俺から顔を逸らした。
 そんな三人の横を通りぬけ、駐輪場にある自分の自転車を校門に向かって押して歩いた。

 よし。俺の勝利かな? まぁ、まだ安心はできないんだけどな。広まったウワサがまだまだ一人歩きしている。
 いつになったら平穏な学校生活に戻るんだろう。
 ――人のウワサも七十五日……って、そんなに耐えれるか!!





  ***


 吉武紘貴が去ったあと、金崎イナミは右手親指の爪を噛みながら、持っていた写真を悔しそうに踏みつけていた。
「何よ、あの余裕……」
 紘貴が去っていった方をキッと睨みつけた。しかしそこにはもう紘貴の姿はない。
 ふと何かを思いついた金崎は食いしばっていた口を緩めた。
「そうよ……アイツが認めないのなら、認めさせればいいわ」
「イナミ?」
 遠藤カンナと有馬ヤヨイは金崎の様子に不信感を抱きつつ彼女の名を呼んだ。
「やるわよ。この写真……ばら撒いてやんないと気がすまなくなってきた」
 写真を踏みつけている足を更に押し付けるように捻った。
 その後の展開を想像して嘲笑う金崎に対し、やりすぎではないかと思う二人は笑えずにいた。

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2008.04.30 UP
2009.07.24 改稿