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  パニ・ハプ文化祭〜二日目


  【3】


 後ろの方から苗字を呼ばれ、俺と愛里は同時に振り返っていた。
 そこには……面識のない女子生徒が三人。ネクタイの色からすると……一年生らしい。
 少し茶色い髪と高校生にしては濃い化粧。スカートの長さは膝上より股下で計測した方が早そうなほど短い。
 ごく普通の女子高生というより、不良域に入りそうな方々だ。
 そんな三人の姿を見て、愛里は俺の制服を掴み、半歩後ろに下がった。
 一年ってことは……愛里とは同級生? 知り合い?
 しかし、とても友好的には見えなかった。
 愛里の表情も、硬く強張っている……いや、どちらかと言えば怯えてる?

「久しぶりじゃん」
「こんなとこで何してんの〜?」
 三人の女子は懐かしむというより、からかい半分、おもしろ半分に話しかけてくる。
 さっき、愛里が言ってた人付き合いのこと……彼女らのことか?
「あれ? この人……」
 三人の中で唯一髪を結んでいる子が俺を見て首を傾げている。
 同じ学校だから見たことある、程度か? もしくは先ほど、仮装喫茶で……。
 とにかく、俺にとっては全く面識のない三人でしかない。
 愛里が俺の制服を数度引っ張ってきた。怯えたままの顔は女子高生三人組に向いたままで。
 よく見ると、愛里の手は震えていた。ここから立ち去りたいと訴えているように見える。
 もしかして、最初に文化祭へ行かないって言ったのは、こういうこと?
 同級生に会うのがそんなにイヤだったのか? そうだろうな。じゃないと愛里がこんなに怯えるはずがない。
 向こうもただ呼び止めてニヤニヤしてるだけだし……この場から立ち去ったって問題ないだろう。
「……行こう」
 愛里の背を押した。
「え? あ……」
 三人組に背を向けて再び歩き始めた。
 何人もとすれ違い、しばらく歩いてふと思った。
 ……あれ?
 考えても仕方ない。聞いてみるか。
「あのさ、おま……いや、愛里の旧姓って……」
「吉武です」
 マジか。
「ものすごい偶然だな!」
「……だから、変われないのかな」
 俺はできるだけ明るく振舞ったのだが、彼女は目を伏せたまま表情を硬くしていた。
「…………」
 俺が予想した方向に話が展開しなかった。
 落ち込ませてどうする! せっかく楽しんでもらおうと思ったのに。
「…………」
「…………」
 えっと……。
 …………あー、もー!
 こういう雰囲気は大キライだっ!

 しかし――歩きながら振った話題は全て空振り。こっちまで落ち込んできた。
 時間も時間だし、とりあえず昼食を取ることにして……本日もうどんコーナーの長い列に並んでいた。
「一緒に並んでても割りに合わないですね。他のチケット、あったらそっちに並びますよ」
 と愛里が言うので、二枚ずつあるおにぎりとからあげのチケットを彼女に渡し、向こうの列だと指差して教えた。
「交換したら、そこの……校舎裏で」
「はい」
 んー、元気になったかな?
 それにしても……相変わらず長いな、この列は。
 時間帯が悪いというのもあるが、本日は二年女子がやってるから尚更悪いかもしれない。
「キャー」
「どうしたの?」
「具、入れすぎたぁ〜」
「いーじゃん。サービスで」
「あっつぅ〜い。もぅ代わってよ〜」
 手際が悪い! それに、黙ってやれよ、テキパキと。

「じゃ、うどん二つ。ありがとうございます」
 受け取った頃にはまたしても疲れきっていた。
「箸、器に乗せてくれる?」
「あ、ごめんなさい!」
 二つを手渡されてしまうと、両手が塞がってしまい箸を取ることもできないんだよ。
 そして、器から飛び出てる一本の麺……とてもおいしそうとは言いがたい盛り付けに、食欲が失われそう。
 愛里はずいぶん前に交換を終えて列から離脱している。
 長い時間、校舎裏で待たせているが……大丈夫だろうか。
 イヤな感じの三人組を見てしまっただけに、余計気になる。
 手に持ってる器の中身をこぼさないよう、たくさんの人を避けながら校舎の裏へ行くと……別空間のようにそこは静かだった。
 あまり知られていない場所というわけでもないのに、そこには愛里の姿しかなかった。
「ごめん、遅くなって……」
「大丈夫です。あたしの方が遅かったら、うどんが冷めて、伸びて大変なことになります」
 確かに……そんなものは食べたくない。それでなくても、この、飛び出した麺がなんとも言えないというのに。
 どちらかと言うと見た目のいいうどんを彼女に渡し、少し距離を置いて座った。
「いただきます」
 彼女はそう言ってからうどんの具から食べはじめた。


 えっと、お茶、お茶……お……。
 買い忘れた。
 並んでチケットを交換することばかり考えてたからなぁ……。
 食べ終わった後はどうもお茶が欲しくなる。
 だから飲みたい。しかしない。だったら、買いに行くしかないじゃないか!
 でも……これだけの人間がいるんだから、自販機は売り切ればかりだろうし……まぁ、行ってみなきゃ分からないよな。
「ちょっとお茶買ってくる」
 と、俺は腰を上げて制服についた砂などを払い、ついでにゴミも捨てようと思って空になった容器に手を伸ばしかけたとき……
「お茶、あります」
 愛里がそう言って持ってきたカバンの中からペットボトルのお茶を取り出し、俺に差し出してきた。
「あ……ああ。ありがとう」
 それを受け取り、また腰を下ろした。
 フタを開けて一口、二口……お茶を飲んで、フゥと息を吐き出した。
 食後のお茶は最高だ。
 横目で愛里を窺うと、カバンからもう一本お茶を取り出していた。
「そういえば、さっきの三人って……」
 彼女の動きがぴたりと止まり、俯いた。
「あまりいい関係とは思えなかったけど」
「そうですね。彼女たちにとって、あたしはただのおもちゃなんです」
 おもちゃ?
「中学の同級生なんですけどね。ものを買いに行かされたり、トイレに閉じ込められてバケツ三杯分の水を掛けられたり、夜中でもお構いなしに呼び出されて……テレクラに電話をさせたり……」
 おい、それって、イジメってやつじゃ……。
「同じクラスの子も、担任も、そういうことがあると知ってても助けてくれませんでした」
「親は?」
 愛里は膝を抱え、顔を伏せてしまった。
 しばらくして、彼女は口を開き、こう言った。
「……あたしの両親、不仲なんです。ただの同居人です。あたしも、お父さんも、お母さんも、ただの同居人同士でしかなくて、誰も干渉しないんです。だから、助けてくれませんでした。助けてもらおうとも思いませんでした。自分自身でどうにかするしかないんです」
 俺には母が欠けてるけど、その分、父が色々としてくれた。だから、それに答えていた。
 なのに、愛里は……。
「あの三人に無理矢理させられたテレクラで出会ったのがヒロさんなんですけどね」
 マジか!
「でも……どんな形であっても、ヒロさんに出会えて良かった。紘貴くんにも出会えましたし……って、さっきも言いましたね」
 愛里は顔を上げて俺の方を向いた。目を細めて微笑んでいる。
 父さんが、彼女を救い出したヒーローか。
 いやしかし、出会いがアレだけに複雑なんですけど……。
「そういう事情とか、色々あって……あたしはヒロさんと一緒にいることを選びました」
 そう……なんだ。
「それで、幸せになれた?」
 俺が聞くと、彼女は顔を綻ばせた。
「はい」

 それなら、いい。


     ***


「まさか、こんな所で吉武に会うとはねぇ〜」
 第一校舎二階、東側の女子トイレで、三人の女子生徒――金崎イナミ、遠藤カンナ、有馬ヤヨイ――が、化粧品を片手に鏡を覘きながら会話をしていた。
「ってか、見た? あの怯えた顔」
「久しぶりっていうか〜、何かたまんないよね、あれ」
 三人はキャハハと甲高い声で笑い始めた。
 が、髪を結んでいる子――金崎イナミはすぐ笑うことをやめ、考え出した。
「どーした、イナミ」
「考え事しすぎるとハゲるよ」
「キャハハハ。ありえねーって」
 イナミは考えていること――確信はないが、二人に話してみることにした。
「あのさ、さっき吉武と一緒にいた男だけど……どっかで見たことない?」
 カンナとヤヨイは互いの意見を探るよう顔を見合わせた。
「覚えてない? 吉武に援交させようと思ってテレクラやらせたじゃん。あのとき来た男……」
「「あ!」」
 同時に発せられた二人の声は廊下まで響くほどのものだったが、文化祭でざわつく校舎内の雑音に紛れた。
「そう言われてみれば……」
「だしょ?」
「でもさ、あの男……三年っぽくなかった?」
「それよ」
 イナミは口元を釣り上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「あの時来たリーマン。実は高校生で、リーマンのフリをしてテレクラを利用してた、とかどうよ?」
「うわ! おもしれー」
「傑作だと思わない? だけどさ……年齢誤魔化して悪いことした人には、お仕置きが必要よね?」
「イナミ、嘘っぽーい、それ」
「単に吉武をどーにかしたいだけじゃない?」
「ま、そうだけど……ムカつかない? 吉武にカレシいるっぽいのが」
 そう言ってファンデーションのコンパクトを閉じる金崎イナミ。
 三人の女子生徒しかいない女子トイレは、ただならぬ雰囲気に包まれた。

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2008.04.17 UP
2009.07.24 改稿