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  新婚さんと俺


「誕生日、おめでとう、父さん」
 今日は十月八日。父の三十七回目の誕生日だったりする。
「え!? 今日、誕生日なんですか!? 知らなかった……」
 本気で驚く愛里。ヨメにも言わないとはどういうことだ?
「……誕生日、嫌い。神無月、嫌い。僕ぁ誕生日なんてない。祝うな、言うな、忘れてくれ」
 ウチの父はなぜか誕生日が嫌いだ。
 原因は未だ不明。嫌がる理由がさっぱり分からない。
 歳食っていく自分がイヤなのかな……子供だ。


 そんな父が再婚して二ケ月。
 まだまだ新婚さんなお二人は……。

「だ〜れだw」
「ヒロさんです」
「ピンポ〜ン。正解」
 客間(?)でアイロン掛けをしている愛里の後方からこっそり近づいた父が、彼女の目を手で覆って、そんなやりとりをしているのを、俺は見てしまったんだ。
 ぶっちゃけ、ドン引きだよ。
 俺の口元は引きつっちゃってるし、大丈夫か、こいつら! と思ってしまった。
「ヒロさん、ワイシャツにアイロン、掛けておきました」
「ありがとう。愛里さん」

 あの、超ド級不器用そうな愛里にも、得意なことがあったことが発覚したのは九月初旬のこと。
 いつもは干す時にできる限りシワにならないよう気を付けていただけだった制服のワイシャツ。
 これが毎度、きっちりアイロン掛けしてあったのだ。
 わざわざクリーニングにでも出したのかと思って聞いてみたら、自分がやったなんて言ったもんだから、そりゃもう、かなり驚いたよ。
 誰にでも一つは取り柄があるもんだ。
 さすがの俺もアイロン掛けだけは大キライだったりする。
 あれは……小学四年の時だったかな。いつもしわくちゃな給食着がどうも恥ずかしくて、自分でやってみたのだが……時間は掛かるし、シワが余計に目立ったり、立てておいたアイロンが倒れてしまい、足にジュ〜っと三角のやけどを作ってしまったり……。
 自分には無理で時間の無駄、とすぐに判断。あれ以来触ったこともない。
 そんな俺を知る友人Aは、二学期……制服の異変に気づいてこう言い、妙な行動を起こした。


「あれ? アイロンが掛かってる。初めてじゃない?」
 ジロジロと俺の制服を四方八方から見ている友人A。
 初めて、という訳ではない。クリーニングに出した時と新品の場合はちゃんと掛かってるだろ。年に数回だけど。
「もしかして、アイリちゃん!? いいなぁ。オレも掛けて欲しいっ」
 お前はその身体にアイロン掛けして、歪んだ部分を矯正すべきだ。
 何を思ったのか、友人A――亮登は俺に抱きついてきた。
「ぬ、ぬぁんじゃ、お前はっ!!」
「アイリちゃんのニオイ〜?」
「アホか、お前は!」
 回りからの視線が痛かったのは、言うまでもない。
 それでなくても、女子と話すのが苦手な俺が男子に抱きつかれてたりしたら、勘違いしても弁解のしようもない。いや、意地でも弁解するけど。


 しかし、きっちりアイロンの掛かったワイシャツに手を通すのは非常に気持ちいいんだけど……、
「あれ? ヒロくんの制服も掛けてるんだ」
「ええ。一枚掛けるのも二枚掛けるのも、同じですから」
 ついでなのか! 俺のはついでなのかっ!!
「だって、シワだらけの制服で学校に行かせられないでしょ?」
 ……!! お、お義母さんっっ!!
 って、ちょっと待て。涙出そうになったわ!
「ヒロさんのスーツに隠された、ヨレたワイシャツは見苦しかったですし」
「あれ? バレてました?」
「バレバレですって〜」
「おっかしぃなぁ〜。あっはっはっは」
 笑い事じゃねぇ! つーか、そこ、話はどっちかにしろ! 俺のことか、親父のことか。
 ……っていうか、シワだらけのワイシャツはそんなに見苦しいのか。自分も該当するんだろ、それに。
 小学生の時は私服学校だったからともかく、中学入学から高校三年の一学期いっぱい、見苦しい男だったのか、俺。
 ……だからモテなかったのか? って言える程の男でもないことは自分が一番よく知っている。
 モテたところで、ろくに会話もできねぇつまらん男だ。しかも家事ができるんだぜ? 俺が女だったら絶対に関わりたくないと思う。
 冗談はさておき――当時、洗濯係りをやってた分、ショック倍増だ。


「アイロンが何だ!」
「そうだ!」
「アイリちゃんはかわいいぞ!」
「はぁ!?」
「くっそぅ……おやっさん、羨ましい」
「…………。どっから湧いて出た?」
「玄関からだ」
「不法侵入じゃん」
「気にするな。幼馴染みなんだから、吉武家はオレんちみたいなもんだ」
「他人んちだろ」
「覗き見してる紘貴に、んなこと言われたくねぇよ!」
「お前だって見てるだろ!」
 と、小声でやりとりしている俺と、湧いて出てきた不法侵入者・亮登。
 二人で並んで覗き見する姿は……どれだけ怪しいことか。
「しかし、おじさんとアイリちゃんだと……セクハラ教師と女子中学生だな」
 言われて見方を変えてみると……そう、見えなくもないからイヤだ。
 亮登は親父と愛里の方をじっと見て、目を輝かせていた。
「いいなぁ、教師と生徒。ストライク!」
 お前はどんな趣味なんだ。
「だったら、教師を彼女にでもすれば?」
「いや。それはしたくない」
「今、ストライクだって言ったじゃん!」
「こっそり付き合ってるのを見るのがいいんだ。自分が付き合ったって面白くも何ともない」
 俺は盛大にため息を漏らし、うなだれた。
 コイツはバカだ。もう、喋るな。バカがうつる。
 音を立てないようにそこから離れようとした時……

「そこの覗き見隊。覗き見はいけないよ」

 少し大きな声で言われ、室内に視線を戻すと……笑顔の父と目が合った。
「あ……」
「亮登まで一緒になって、何をやってるのかな〜?」
「いやぁ、別に何も……。いやね、紘貴がここで中の様子を窺ってたから、何かな〜って思って……」
「逃げたな、お前!」
「だって、そうじゃん!」
 まぁ、そうかもしれないけど――いや!
「勝手に上がってきたくせに!」
「お前がオレの訪問に気付かなかったからだろ!」
「だったら――」「紘貴が――」「そんなの関係ないだろ」「いや、紘貴が――」

 視線の交わる部分から火花がバチバチと出そうな勢いで口論してるというのに、のんびりマイペース夫婦ときたら……。

「仲がいいですよね」
「そうだね。兄弟みだいだ」

 なんて、ほのぼのと会話を展開。
 俺も亮登も父のセリフの方に納得いかず、
「「こんなのが兄弟でたまるかっ!!」」
 と、声を合わせて互いを指差し、父へ反論していた。

「……双子でもよさそうだな。息がぴったりだ」

 笑顔で、楽しそうにそんなことを言うものだから、俺たちからは戦意が喪失。
 昔から、俺と亮登が喧嘩してると、腰を折ってくるのが父だったな……。
 今でも変わらず。

「ん? どうした?」

 ……些細なことから始まった口論でしたとも。
 俺と亮登は目を合わせて頷くと、
「まぁ、こんな所じゃあれだ」
「そうだな。俺の部屋に行こうか」
 その場から逃げるように俺の部屋へ移動し――

「何で来たんだ!」
「アイリちゃん補給だ」
「っざけんな」

 という、非日常。
 これが日常……になってしまってるんだ。今は。

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2008.03.06 UP
2008.04.30 加筆
2008.07.24 改稿