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  大気の状態が不安定であるのと同時に俺の状態も不安定な理由


  【3】


 俺が情けない姿をさらしてから三時間。土砂降りの雨や雷が嘘のように晴れていたが、中途半端な雨のせいで、蒸し暑さが一.五倍になったような気がしてならない。
 あれからずっと部屋にこもっていた。することもなく敷きっ放しの布団の上で右を向き、左を向き……とにかくゴロゴロ。
 そして、同じシーンばかり、脳内で繰り返されていた。
 ――自動車学校から帰ってすぐ、継母に……。
 ただ、父と勘違いされただけ?
 何が不満だったんだろう。あんなに怒る必要があったのだろうか。
 ――雷に怯えていた彼女を、冷たく突き放した。
 その後は自分が情けないので思い出したくない。

 せっかく、仲良くなりかけてたっていうか……普通に接することができるようになったような気がしてたのに、自分がそれを壊してしまった。
 やっぱ、心のどこかで認めてない証拠なのかな、これ。
 ああ、今日の夕飯、何にしようかな……。冷蔵庫に何があったかな。買い物に行ったほうがいいかな……。
 で、悩んでる半面、定着したものが気になっている。
 一つのことだけを心配して悩むということは、どうも俺にはできないらしい。
 とりあえず、気分転換が必要だ。家にいるから余計に気にするんだと思うし。
 台所に行って冷蔵庫の中身を確認し、できそうなものを考えて、足りないものがあったらメモして……余計なものは買わない。
 食費の入った財布を持って自転車で出かける。買い物から帰ったらすぐに夕食の準備――っと、その前に、米はセットしとかないとな。
 脳内でこれからすることをまとめて、すぐ実行に移す。
 駆け込んでからずっと閉まっていたドアを開け、軽い足取りで階段を降りる。
 ふと気になるのがやはりリビング――しかし、彼女の姿はそこになかったし、テレビも沈黙していた。
 ――どこに行ったんだろ? まぁいいか。会ったところで、どうしたらいいのか分からないし。
 台所に入ると冷蔵庫に向かい、食材の在庫状況を確認した。
 ――卵は……まだ大丈夫だな。豆腐……あ、賞味期限が今日だから、これを使うとして……。
 冷蔵庫内の確認と買うもののメモに意識が向いていたので、
「あ、あの……紘貴くん……」
 継母が背後から声を掛けてきて、飛び上がりそうなほど驚いた。
「何?」
 が、見栄を張って、驚いていないフリをする。冷蔵庫内を向いたまま。
「さっきはその……ごめんなさい」
「別に、いいけど」
 気にしていないことを装うために、そっけなく言った。
 というか、思い出したら俺が大変なことになります。思いっきり取り乱す。
 親父の再婚相手なんだから継母であることは理解しているけど、どうしても義妹にしか思えないところも問題なんだろうけど……今日のアレは俺にとって強烈すぎる。とにかく忘れたい出来事ナンバーワン。
 こっちのそっけない態度で、とにかく話題に出すな。
「えっと……」
「言うことないならそれで結構」
 内部調査をしていた冷蔵庫を閉じた。
「俺は買い物に行かなきゃならないけど、必要なものは?」
 体の向きを変え、冷蔵庫に背を預けた。彼女は何か買うものがあるのか、俺に言おうとして、俯き、両手の親指同士を遊ばせた。
「何か、いる?」
「……自分で、買います」
 口の中でもごもごと、そう言った。
 俺が買いに行くついでに買える物なら言えばいいのに……と思いつつ、深く追求することはしなかった。
 そう認識してなくても、彼女は女なんだから、俺が選んで買えないものだってあるはずだ。
「だったら、一緒に行く?」
 すると、彼女はぱっと笑顔を俺に向けてきた。
「すぐに準備します!」
 そう言って、彼女ら夫婦の寝室である一階の和室へと駆け込んでいった。
 ということは、徒歩で買い物……だな。


 自宅から歩いて十分ほどのところに、スーパーがある。
 俺と愛里は、ほぼ会話なしでそこへ辿り着き、各々、買い物を始めた。
 俺は野菜売り場から回って日配品売り場を経由し、鮮魚、調味料、なんたら、かんたら、精肉売り場を通り、必要な物をカゴへ入れ終えると、レジへ向かった。
 適当な値段の計算は常にしているので、財布の中身は心配ない。
 別のレジに並んでいた継母と目が合う――彼女は主に菓子ばかり……と、男の俺にはとても頼めない物が一品、カゴに入っている模様。愛里がやたら視線を逸らしたがるので、俺は他人のフリを続けた。
 まぁ、彼女も女なんだし……な。
 俺が袋詰め作業をしていると、彼女は袋二つを持って俺のところへやってきた。
「手伝いますか?」
「いや、大丈夫」
 彼女が持っているものは非常に軽そうだった。半透明の袋にはイッパイに袋菓子が入っていて、もう一つは中身が透けて見えないように濃い色であり、店側もそういう配慮をしてくれるということを初めて知った……が俺には永久に縁はない。
 俺が買った食材は二つの袋に詰められ、両手に一袋ずつ持って店を出て十分――帰宅した。

 今日の夕食に使うもの以外の食材は冷蔵庫へ入れ、下ごしらえに取り掛かろうとした。
 賞味期限の近い豆腐を冷奴にして食べるのはどうかと思い、結局、麻婆豆腐に。
 ということは、買い物中に考えてた通り、中華っぽいものにするべきだな。
 スープはラーメンスープを使って、具は春雨とワカメ。あっさりでおいしい。
 野菜炒めは八宝菜風にして……。
 下ごしらえといえば、野菜や肉を切っておくぐらいか。
 いつもの夕食時間までまだ二時間もあるし、中華は出来たものをすぐに食べる方がおいしい。ならば、少し早めに作り始めるぐらいでいいかな。
 冷蔵庫から出していたものを冷蔵庫に戻し、台所にいる理由もなくなったので、俺は部屋に戻ることにした。


 午後六時を過ぎ、夕食の支度をすべく、俺は一階に降りた。
 いつもリビングでテレビを見ている愛里の姿はなく……台所にもその姿はなかった。
 首をかしげただけで特に気にすることなく、冷蔵庫に手を掛けた。
 その直後、バタバタとものすごい足音がこちらに向かってきて――行き過ぎて、洗面所に駆け込んでいった。
 それは、間違いなく彼女だったけど、様子が変だった。
 洗面所からは大量の水を流す音が聞こえる。
 こっそり覘いてみると、洗面台に向かって……こういうシーン、ドラマで見たことあるような……。
 ……ま、さ、か?


『ヒロく〜ん、妹ですよ〜』


 デレデレ笑顔の親父が脳裏を過ぎった。
 俺は頭を左右に思いっきり振ってそれを払ったけど、心のどこかに不安というものが芽生えていた。
「おい……大丈夫か?」
 彼女に恐る恐る近づき、声を掛けてから背中をさすってやったが、吐き気は治まらないらしく、胃から何かが込み上げてくるごとに体を震わせていた。


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2008.01.11 UP
2009.07.24 改稿