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  盆であろうと俺には休みのない毎日


  【2】


 あれよあれよと十六日の夜。
 近所で盆祭りが行われる中、俺たち三人は菓子箱を船の変わりにして供え物を乗せ、ろうそくを灯して川に流した。故人を彼岸に送る、この地域のやり方の灯篭流しだ。
 川にはたくさんの送り火が下流に向かって流れていた。
 ……さよなら、母さん。また、来年。
 俺はゆっくりと目を閉じ、流れていく灯篭に両手を合わせた。
 祭り会場の方でも覗きに行こうかと思ったが、浴衣姿の彼女はその後しばらく手を合わせていた。
 彼女はどんな気持ちで手を合わせ、何を思ったのだろう? そんなことが少し気になった。そして、父の想いも……。

 そのまま三人で祭りの会場へ行くと、彼女は飲み物を買ってくると言って俺たちから離れた。
 父に聞くなら今だろう。どうせ家に帰って聞いても適当にはぐらかされるだろうし。
「父さんは、どうしてあの子と結婚したの?」
「寂しいから?」
「……あのさ、こっちはマジメに聞いてるんだけど」
 ここで聞いても回答は同じだったか……と少し後悔した。
「彼女を救ってあげたかったし、最愛の人に先立たれるのはもう嫌だからね」
 父さんは遠く――星空を見上げながらそんなことを言った。
 マジメな回答だということは分かったが、内容がいまいち理解しきれなかった。
 彼女の過去に何かがあることは分かっているが、それがどんなことなのか、わからないままだし、最愛の人に先立たれる悲しみ……それは父がよく知ってるはずだが、なぜ二十歳も年下の子なんだ。
「分かるようで、全然理解できない」
 俺は素直な意見を言った。
「ヒロくんぐらいの歳だと、世界が狭いから近い年齢の人としか出会いがないだろ? だからまだ、理解できないだろう。だけどそのうち分かるよ。心から好きになれる異性(ひと)と巡り会ったら……」
 俺はまだまだ子供で、そういうのは理解できないとでも言いたいのか。……まぁ、その通りだな。まだ、そういう人には出会えてない。
「飲み物買ってきました〜」
 缶ジュースを三本抱えて、彼女は小走りでやってきた。
 その直後――

 ――ドーン

 やたら大きな爆発音がした後、夜空に花が咲いた。

 ――パーン

 祭りの会場から少し離れた花火がよく見える場所に移動し、俺は父さんと彼女より少し離れたところに腰を下ろした。
 花火が夜空に弾けるたび、周りからは歓声が上がっていたが、俺はのんびりジュースを飲みながら、花火の数を数えていた。
 ふと、二メートルぐらい前に座る父と彼女を見ると――寄り添って空を見上げていた。
 傍から見れば、夫婦ではなく親子に見える二人。若作りでもただの中年と少女。最悪、援助交際に見える。だけど他人でも親子でもなく、二人は夫婦で、俺を含めて家族。
 ……やっぱり変な気分だ。

 最後は花火の乱れ打ち。そして祭りは終わり、盆も終わる。
 今年の盆も、普段はやらない場所の掃除をしただけで……母を見送り、終わった。




「よう、紘貴、おひさ……って、何で機嫌悪そうな顔してんだよ」
 盆明け。自動車学校の自転車置き場で亮登に声を掛けられた。しかし、盆期間のこともあり、誰とも楽しく会話をする気にはなれなかったせいか、機嫌が悪そうな表情をしているようだ。
「眉間にシワ寄せて……そんな顔してたらモテるもんもモテねぇぞ」
 いや、こんな表情じゃなくてもモテた試しはない。
「おみやげ、紘貴んちにも持って行ってると思うから、楽しみにしとけよ」
 いかにも自分が買いました、みたいな言い方してるように聞こえるけど、お前が買ってきたものじゃないだろう。
「ああ、旅行に行ってたんだっけ?」
「旅行じゃねぇよ! 母親の実家に行ってただけだぃっ!」
 俺にとっては立派な旅行だ。その部類の場所さえ行ったことがないというのに。
「イナカだし、何もないし、テレビは全部で五チャンネルしか入らないわ、映りが悪いわ。とにかくヒマなうえに圏外だぞ? 今どきアリエネーよ」
 なるほど、圏外だったのか。だから一切連絡がなかったのだな。あったらあったでろくなこと聞いてこないことは予想できるが。
「アイリちゃん、元気? 相変わらずかわいい?」
 いや、電話やメールでなくても、聞いてきやがった。
「元気だけど……なにお前、アイツにホレてんの?」
「まさか。ホレてはないけど、かわいいじゃん。妹みたいで」
 まぁ、妹みたいであることは認めよう。しかし……
「人妻だぞ、あれでも」
 亮登は一瞬きょとんとした顔をした後、照れが混じったような笑顔を向けてきた。
「そこがいいんだよ。燃えるじゃん!」
 何に燃えるんだ。いや、燃えてくれるな。色々と迷惑だから。
 俺が呆れて溜め息を漏らしていると、授業時間終了のチャイムが鳴った。
「路上教習、ダルいなぁ〜」
「同じく」
 たまたま、亮登と同じ時間に同じ路上教習のようだ。
「暑くてたまらん。先に入るな」
 亮登はさっさと自動ドアをくぐり、入れ替わりで人の溢れるロビーへと入っていった。
 今日は「死ぬ」って言わなかったな。
 ウチの事情を知る亮登と話てるうちに気が紛れたのが、過ぎてしまった盆休みのことはしょうがない……と思えるようになった。まだ夏休みは二週間も残ってるんだから。

 今日も蒸し暑さがハンパじゃない。
 額の汗を拭いながら空を見上げると……青い空の半分が黒雲に覆われはじめていた。
 一雨きそうだ。早く帰りたいな。


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2007.12.21 UP
2009.07.24 改稿