墓前での誓い?
俺には、祖父母がいない。
一度も会ったことがないし、生きているのか、いないのか、それさえも不明。
その理由……簡単に説明すれば、勘当されたからだ。
父と俺の実母は結婚を反対されていた。どうしても結婚すると言うのなら、親子の縁を切る! とまで言われていた。その頃、すでに母さんは俺を身ごもっていたらしく、二人は親を捨て、この地へやってきたという。幸せな生活を夢見て――。
しかし、それは長くは続かなかった。
俺が生まれたことにより、母は命を落としたのだ。子供の誕生という喜びと引き換えに、最愛の妻を失った父。俺はまだ、最愛の人を失う悲しみというものを知らないから、父がどれだけの悲しみに包まれたかなんて、想像もつかない。
母が命と引き換えに残した俺を、父がどれだけ愛してくれていたか……それは自分がよく分かってる。
――八月十三日、午前十時。天気は晴天。気温はすでに三十度を超えていて、セミの鳴き声がやけにうるさい墓地。
もう、たくさんの人たちが故人を迎えに来ている。俺たちもその中の一家族であり、母さんを迎えに来たわけだ。
俺が生まれた年に、父が建立した『吉武家之墓』――母さん一人だけが入っている。
場所が場所なだけに、年に数回ぐらいしか来ないけど、慣れた手つきで墓をみがき、花や持ってきた食べ物を供え、ろうそく、線香をつけて手を合わせた。
――迎えに来たよ、母さん。
遺影や数少ない写真でしか見たことのないけど、ふと脳裏をよぎる母の表情は、いつも笑顔だった。でも、今日の母さんは笑顔だろうか?
母さんの命日であろう俺の誕生日に再婚してしまった父をどう思っているのだろう?
いくら考えたって故人の声や思いは分からない。それに、俺は母の名前以外、何も知らない。
目を開けて合わせた手を解き、墓を見上げた。
ほぼ同時ぐらいに俺の横にいる父と愛里も同じく墓を見上げていた。
「亡くなられた奥様……どんな方だったんですか?」
まっすぐ向いたまま、彼女が父に聞いた。
「うーん、そうですね……お母さんのような人でした」
……そりゃ、相当、包容力のあるしっかりとした女性だったんだろうな。まぁ、ふざけた感じの父には丁度いいのかもしれないが、今はどうだ。子供が増えたみたいな状態だ。
「俺を産んだのが原因で死んだらしいよ」
聞かれてもないことを口にしている自分に少し驚く。
「まぁ、仕方なかったのかもしれません。最初からリスクがあることを分かって、貴子(たかこ)さんは紘貴を産んだんです」
え!? それ、初耳。
俺は食い入るように父を見つめ、その先――俺の知らない事実が語られることを期待した。
「病気とか、体が弱かったとか、ですか?」
「いやいやまさか、全然。病気らしきものをしたことがない、とても健康な人でしたよ」
「じゃ、どうして?」
「それは……年齢のせいです」
――年齢!?
そういえば、母さんって何歳で死んだんだっけ? 肝心なことすら知らなかったことに気付いた。というより、物心ついた時から母がいなくて当然だったので、気にもしなかった。
この墓には「墓誌」がある。しかし墓の土地が狭く、墓にかなり寄っているから覗き込んでも何も見えなくて、諦めたのが小学生の頃。今一度、確認する必要がありそうな気がした。俺の目で。
墓の横に回り、墓誌を支え、壊さないよう慎重に倒していくと文字が書いてあった。
戒名……何とかかんとか大姉? 分からん、読めん。俗名、貴子。享年は……え!?
俺は固まった。横から覗き込んできた愛里も「えっ」と声を上げて止まった。
「見たな? 今まで内緒にしてたのに」
内緒だったのかよ! つーか、なんか、色々と計算がおかしくなるんだけど、気のせい?
しかし声にならず、口をパクパクする俺。
「さんじゅう……はっさい?」
愛里も驚きの声を上げ、首を傾げている。
「貴子さんは……とてもステキなオバサマでしたよ」
「アンタから見ても、オバサンなのかよ!」
「いや、ウソだけど」
「だろ? もっと若いと思ってたのに……」
ショックを受けつつ、父がどういう趣味をしているのか益々分からなくなった。理解しようとは思ってないけど。
母が三十八歳で俺を産んで、死んだ。
その頃の父は一体何歳だ! ここは、あえて計算したくない領域だったが、今回は仕方あるまい。
現在、父の裕昭は三十六歳。息子の俺が十八歳。分かっちゃいるけど、はい引き算。
36−18=18
お?
18×2=36
わ! 丁度半分違うんかい!
それ以上にイヤなものを見た気がする。
親父が俺ぐらいのとき、もう子供がいたって感じじゃん。
現在の父の年齢から見れば、母が死んだ年齢に違和を感じないけど、よく考えてみろ! 十八年前の年齢だぞ!? どういうことだ!!
38+18=56
計算したくなかったのに、ついつい足してしまった。生きててもすっげー年齢だな。
38−18=20
もうやめろ。勝手に計算すんな、年齢差をはじきだすな。
……二十歳差って、父さんより上か下かの違いだけで今も同じじゃん。
「父さん……」
「はいはい?」
「何で年増趣味からロリコンになった?」
「失礼な!」
あ、やべっ!
俺はその場から駆け出した。父は手を振り上げながら、俺を追ってくる。
「彼女ができないヒロくんがそんなことを言える立場か〜! 恋に年齢差なんて関係ないってことが、わかるもんか〜!」
と、そんなことを言いながら……。ホントに、どっちが子供なんだかよくわかんないよ。
まぁ、今までに女子と付き合ったことがないのは認めよう。色々と悔しいけど、それは家事のせいにししよう。だけど、今までに好きな子ぐらいはいたことは補足しておく。
――で、気を取り直しまして。
「貴子さん、申し訳ありませんが、墓に入る人が一人増えました」
「愛里です。よろしく……お願いします」
と、大袈裟に頭を下げた。
「ちょっと待て、何に対してのお願いしますだ、コラ!!」
この天然夫婦、何を言ってんだ!?
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