TOP > 義理の母は16歳☆ > 俺の携帯が復活した理由【2】


  俺の携帯が復活した理由


  【2】


 亮登は家の前に自転車を止め、カゴの荷物を担いでいた。
 俺は――家の敷地内、いつも自転車を止めるところへ。
 家の中は静かだけど、いないわけじゃないはずだ。
 一度、溜め息を漏らしてからカゴの荷物を乱暴に掴むと、ポケットに入れたはずの鍵を探しながら玄関へ向かった。やたらご機嫌笑顔の亮登が扉を開けるのを待っている。まぁ、額から汗を流し、今にも顔を歪めて「暑い、死ぬ」とでも言いそうだけど。
 ……コイツ、もしかして、何か知ってんのか?
 あぁ、歴代クラスメイトの中で誰よりもコイツが俺んちの事情をよく知っている。考えなくてもわかるだろ。亮登の家は――俺の家の斜め前だ。
 不審に思い、警戒しながら扉に鍵を挿し、開けた。
 今までなら家に誰もいないので「ただいま」と言う必要がない。そして今も、言おうとは思っていない。なぜなら……。
 俺の顔はみるみる青ざめたことだろう。
 家の奥から軽い足音が聞こえてくる。パタパタと、どんどん近づいてきて――
「きゃ!」
 玄関前で滑ってみごとに背中から転倒。
 ……んー。今日は黒か……。って! 違うだろ。どうやったらそこで、そんな風に豪快にこけることができるんだ!! 普通、背中を打つ前に尻か腰を打つんじゃないのか?
 じゃなくて!
 ちょっとした物音で彼女は帰宅したことに気付いて出迎えてくれるわけで、もう隠しようがないというか、何と言うか……玄関を開けた時点で愛里から現れてしまったんだから、しょうがない。男らしく腹をくくろうじゃないか。
 愛里は顔を真っ赤にして、スカートの裾を押さえながら立ち上がった。
「お、おかえりなさい!」
 さて、どうしましょうか、この状況。
 ドアの影に隠れるよう立っていた亮登が家の中を覗き込んできた。
「お、紘貴の彼女?」
「ちゃうわ、ボケ!」
 だから俺は、こんな子供っぽいのは好みじゃねぇ! と言わんばかりの勢いで、亮登の大方予想できていたセリフに、間髪入れずに言った。
 一方、継母は――突然の客に慌てはじめた。
「えっと、あの……いらっしゃいませ、こんにちは。はじめまして?」
 何を言ってんだ、コイツは。愛里は亮登に向かって深く頭を下げながら、単語ばかりを吐き出してる。
「はじめまして、じゃないよね〜。この前、オヤジさんと一緒にウチへ挨拶に来たっしょ?」
 な、な!?
「オレは斜め前の家――杉山さんちのアキトくんです」
「お、オマエ、知ってて!?」
 亮登は呆れているのか、澄ましているのか、分からないような表情で俺を見て、
「あったり前じゃん。オレを誰だと思ってんの? 何年お前と付き合ってんだ? 幼馴染みでご近所さんの紘貴くん」
 生まれて今まで十八年。家は斜め前で、小、中、高と同じ学校であり、今はクラスも同じな腐れ縁。だけど、この展開は想定外だ!
「あ、杉山さんちですか……見たことあるような気がしてたんです」
「っていうか、いつ挨拶に回ったんだ、アンタら!」
「えと……ココに来る前に」
 挨拶の順番、間違ってないか? 俺が一番かと思えば、最後だったのか。
 で――それって、うちの近所の人は、親父が再婚したってことを知ってるってこと? しかも、十六歳の少女だということも!!

「おい紘貴、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

 ――俺はこれから、どんな顔して歩きゃいいんだよ。
 壁に手を突いておかないと、まともに立ってられないぐらい、ショックを受けていた。これはまさに失望感?

「アイリちゃん……だったよね?」
「あ、はい」
「紘貴が何か、悪いことしたり、イジワルしてきたら、すぐに杉山さんちのアキトくんまで」
「は、はぁ……」
「炎天下の中、走ってきたから喉かわいちゃった。紘貴の部屋まで、麦茶二つお願いしますね〜」
「はいっ、了解しました」

 なに、仲良く話してんだか……。

「よし、紘貴。お部屋で楽しい会話でもしようじゃん」

 今更、お前と楽しい会話なんてできるか……。
 俺の肩をポンポンと親しげに叩いて、さっさと二階の部屋へ上がっていく幼馴染み。俺は溜め息をつき、カバンを担ぎなおしてから玄関を上がり、亮登を追った。


「相変わらず暑い部屋だな。……はぁ、死にそう」
 やっぱり言いやがった、お決まりのセリフ。
 人の部屋に入った途端、扇風機を勝手につけ、その前に鎮座している。まるで自分の部屋のごとくくつろいでいるという態度のデカさはなんだ。幼馴染みの特権か? まぁ、付き合いの浅いヤツにやられてるわけじゃないし、昔から亮登はこんなんだから慣れてる。
 とりあえず、暑いのは認めよう。この部屋は西側の窓から入る西に傾いた日差しが、このシーズンとにかくサイアクだ。昼を過ぎると、窓から入る風は全て熱風だし、ベランダからの熱気がとにかくすごい。
 亮登は扇風機の前で、額や首からやたら吹き出る汗を手で拭っているが、結局は塗り伸ばしているだけだし。
 机らしきものもまともにない自室の隅に、肩に掛けていたカバンを放ると、俺は適当に座って、壁に背を預けた。
「で、どんな楽しい会話をしたいんだ?」
 俺からは特に話題はない。いや、ないこともないけど、俺の変なプライドからか、その話題をこっちから振ることだけはしたくなかった。
「分かってるくせに〜。アイリちゃんのこと〜w」
 亮登は扇風機の方を向いたまま喋っているので、変な声音に変換されている。
 ……やっぱり、避けては通れないらしい。
「で、どこまでいったの?」
 根本から間違ってる。
「まぁ……パンツを干してもらうまで?」
 彼女はまだ悲鳴を上げつつ干しているんだけど。
「……なんだよそれ。つまんねー」
「何で親父のヨメに手を出さんにゃならんのだ!」
 本当につまらなそうな表情をこちらに向けてくる亮登。一体なにを期待してるんだ、コイツは。
「いいか? いくら俺らより二歳年下であっても、ウチのバカ親父のヨメ、つまり奥さんであり、俺から言えば継母なんだぞ? 何でそっちの方に行きたがるかね?」
「だからじゃん。お風呂で出くわして悲鳴上げられてみたり――」
 ……キャ〜!! か。何かと、漫画とかでよくあるパターンだな。
「洗濯物でハァハァしたり――」
 ……ハァハァはしなかったけど、近いものはもうやった。けど言ったらいいエサだな。言わない、黙っておこう。つーか、亮登の脳内はどういう構造になってんだよ!
「もうオレ、限界なんだよ! だめよ、紘貴っ、アタシは継母よ……あっ――とい……う……」
「そうだねぇ、まぁ、色々、限界ってものがあるよねぇ、亮登くん」
 亮登の想像する限界とは違うものの限界に達してる俺。自分の手を誰かと抱きついているかのごとく、背中にまで回している亮登だが、俺の怒りに気付いたのか、さすがに黙り、動きを止めた。額の汗だけがたらりと流れた。
「……すまん、若気の至りってやつ?」
 至りすぎているんだ、お前は。亮登の脳内はエロを中心に構成されてるに違いない。よくよく考えてみれば、そういう系統の質問(?)しかしてないじゃないか。
「でも、何だかいいことありそうで、うらやましぃ〜」
 何を想像してるのか、大方予想はつくけど……俺はやっかいな妹が増えたような状態で、何も変わっちゃいないし、余裕もない。
「どこが。アイツは料理できないし……」
 ふと、亮登以外の人の気配を感じ、ドアの方を見ると――開けっ放しにされているドア前に、お茶が入った二つのグラスを乗せたお盆を持った彼女が俯いて立っていた。いつから話を聞いてたんだ、コイツ!
 ふと俺と目が合った彼女は、怯えた表情を見せた後、思い切ったように声を出した。
「あ、あの……お茶、持ってきました」
 その声で亮登は初めて彼女が居たことに気付き、すぐに笑顔を向けた。
「ありがとう。アイリちゃんも一緒にお話する? オレは吉武家のことなら何でも知ってるよ?」
 愛里は俺の部屋に入って、丁寧にお盆を下ろすと、すぐに部屋を立ち去ろうとした。苦笑いを浮かべ、亮登の言葉に困っているのか、迷っているのか……よく分からないけど、そんな感じに見えた。
 ……いや、何か変だ。
 お茶を置いて何も言わずに立ち去る彼女を追い、俺は部屋を出て、
「オイ、ちょっと……」
 すぐ振り返ってきた彼女の表情を見て、言おうとしていた言葉は声に出せなくなった。
 愛里は、今にも泣き出しそうな……とても、悲しそうな顔をしていた。
「お願いだから……あたしのことをオイとか、オマエとか、アンタとか、アイツって言い方しないで」
 言うだけ言って、顔を背け、急いで階段を降りていく彼女を追うことができなかった。
 そんなに強い口調でもなかったのに、胸にぐっさりと何かが突き刺さったような気分で――俺はしばらく彼女が降りて行った、誰もいない階段を見つめていた。


 NEXT→ 俺の携帯が復活した理由 【3】

 義理の母は16歳☆ TOP




2007.11.24 UP
2009.07.24 改稿