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  俺の携帯が復活した理由


  【1】


 日中や寝苦しい夜に比べ、朝は空気が穏やかで涼しい。
 しかし、そんな清々しい朝から俺がそんなことを言うのは、親父が悪いからだ。
「おはよう、ヒロくん」
「エアコン」
「え!?」
「誕生日プレゼント」
「いや、だからそれは……」
「エアコン」
「そんなに言われてもねぇ……」
「誕生日プレゼント」
「ボーナス使っちゃったし……」
 んなこたぁ知ってる。だからなおさら悔しいんだ。
 横目で睨むように父の顔を窺っていると、何か思いついたように手をポンと叩いた。
「あ、そうだ、こうしよう」
「何? どうにか金を工面して、買ってくれる気になった? 家事を頑張るかわいい息子へのご褒美を兼ねた誕生日プレゼント」
「そうだ! 自動車学校代、あれ、誕生日プレゼントに――」
「ふざけんなー!! 朝食、抜きにすっぞ!!」
「そ、そんな〜。でも……あれ、学割でも三十万円超えたよね?」
「うっ……」
 父に頼んで金を出してもらい、一括で受付に払ったのは俺だからよく覚えている。さすがに自分で払える金額じゃなかったし、誕生日の時期と今後のことを考え、夏休み中に終わらせようと思って頼んでみたら、快く出してくれたじゃないか。なのにそれを、ここで持ってくるか!?
「補習になると、一時間あたり五千円に消費税をプラスした金額分、増えてくるよね? 出費が」
「あ、まぁ……」
「で、そうなった場合は誰が出すのかなぁ?」
 家事で精一杯な俺がバイトなんてしているはずもないし、小遣いだって溜め込んでいるわけでもない。ということは、父に頼むしかないじゃないか!
「……ごめんなさい。もう言いません」
「よろしい。じゃ、ヒロくんのおいしい朝ごはん、よろしく」
 でも、納得いかねぇっ!! 卑怯だぞ!!



 うちと違って冷房が効いてる自動車学校の建物内。家にいても、まだ慣れない環境で落ち着かないし、ここの方が涼しいから早めに家を出てくつろいでいると、見たことある顔もちらほら。
 授業時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってしばらくすると、実技や学科を終えた人でロビーは溢れた。その中にいた昔からの友人――亮登(あきと)が俺の姿を見つけ、声を掛けてきた。
「よう、紘貴。最近、全然携帯繋がらないけど、どーなってんの?」
「どうって……三日前に洗濯機で回しちゃって、水没」
「ああ、それで繋がらないのか……」
 その後、携帯は行方不明だし、機種変に行くにも金がないし、父にも頼みづらいし、そのままほったらかしにしてあるどころか……忘れてた。いかに携帯に執着がないかよく分かる。
「水没じゃぁしょうがないな」
「何か、用でもあった?」
 掛けてきたのなら、何か用事があったのだと思い聞いてみた。
「ああ。昨日、ヒマだったからみんなでカラオケ行ったんだ。それに誘おうと思ったんだけどな。家まで呼びに行くのは面倒だったからさ……行きたかったならすまん」
「いや……」
 来てくれなくて助かったよ。今……いや、これから先も、人が来ていい状態じゃない。父の再婚相手だという、十六歳の少女がウチにいるんだから。
 もし誰かが来て、愛里を見てしまったら――たちまち大騒ぎだ。色んな意味で。
 まず、俺の彼女だと勘違いされるだろうな。それはイヤだ。俺はガキ好みじゃない。
 次に、一緒に住んでるとかバレたら、同棲してると冷やかされる。それは非常に迷惑だ。
 たとえ本当の事を言っても、絶対に信じてもらえない率が高すぎる。
 信じてもらえたとしても……周りの反応や対応は、俺にとって気分のいいものではないことぐらい容易に想像できる。
 結果、隠し通すのみ。
「休み中も相変わらず、家事やってんの?」
 いきなり、触れられたくない部分の話題になった気がして、ビクッとしてしまった。
「ん、ああ、まぁ……」
 食事は俺が担当してるけど、洗濯は少女の仕事になっている。朝の一番忙しい時間は、少しだけ楽になった。新学期が始まったら、少しは朝が楽になるかなー。家を出る前からバタバタして、学校に到着した頃にはクタクタだったもんな……って、なに認めてんだ!!
「自校終わったら、遊びに行っていい?」
「うぇっ!?」
「……ん? 何か、問題ある?」
 アリアリだって。家には愛里が……!!
「あ、えっと……」
 断る言い訳は何かないか……。もしくは、アイツを家から追い出し、亮登が帰るまでの間、外で時間を潰してもらうとか……。
「か、考えとく。終わるまでに」
 言い訳を考える猶予は――およそ一時間と言ったところか。っていうか、怪しさ全開だよ〜。

 さすがに、運転中はそんなことを考える余裕はなく――授業が終わって思い出し、途方に暮れる。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
 ロビーに公衆電話があるのは知ってるけど、亮登がロビーで待ってるし。
 ……もう、諦めるしかないのか? 断る理由も特にないし、何より家が近いから、帰る方向も一緒なわけで……
「宿題終わった?」
 自転車で並走して帰っているという状況になってる。
「……ま、だ?」
 亮登が何を言っても、アタマで理解するのに時間が掛かるのは、家のことばかり気にしているから。
 断る理由が見つからない。
 だいたい、何の用があって俺の家に来ようというのだ、亮登。
 ……ああ、遊びに来るんだっけ? だから、何でウチなんだよ。エアコンないのに。
 ――お!
「なぁ、ウチに行ってもエアコンないから暑いと思うんだけど……」
 エアコンがないということが、断る理由にできるなんて、思いもしなかった。いや、そんなことを断る理由にするのは俺ぐらいのものか。
 さぁ、暑いのはイヤだからやっぱり寄らないで帰る、と言え!
「あ、お構いなく」
 亮登、ここは空気を読め!
 ……って、亮登はその場の思いつきで動くタイプだったな、昔から。夏場の口癖は「暑い、死ぬ」で、暑いのが苦手なくせに……。それこそ、自校を出てからしばらく、「暑い、死ぬ」しか言ってなかったのに。
「楽しみだな〜」
「は? 何が?」
 反射的に聞くと、亮登はそっぽを向いて、わざとらしく口笛を吹いた。
 今、楽しみだとか言わなかったか? なぜ、俺の家に行くことがそんなに楽しみなんだ。
 同じ町内だし、同じ団地で同じ班。あれこれ生まれて以来の付き合いだ。ウチに来ることを楽しみにする理由が全く分からない。暑さのせいでおかしくなってるなら、自宅へ帰らせるのが一番だと思うし、それはそれで都合がいい。
「亮登、暑さのせいで何かおかしくないか?」
 と、さりげなく(?)聞いてみたが、
「別に何ともないよ」
 と軽く受け流し、また口笛を吹き始めた。
 ……もう、ダメだ!
 自宅まで――あとわずか。すでに家の外観が視界に入っている。
 無駄なあがきは、ムダに終わった。


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2007.11.16 UP
2009.07.24 改稿