FILE:4−1 姫宮小都女


 大学生になって四度目の春がやってきた。
 ということは、おのずと彼女と付き合いだしてから、あれこれもうすぐ四年目になるということでもある。
 今までの中で最高記録であるがゆえに、その先のことまで無駄に考え出す俺――野田稔は、四月上旬生まれだけに、桜の開花と共に皆様よりはやく歳をとるわけだ。もう二十二歳です。
 年金の支払いも二年の四月からだったし――と言って、俺が支払っている訳ではなく、免除もしてもらっていなければ、親のスネにかじりついて出費を増やしてやっている。
 きっと、たぶん、いい就職先を見つけて、給料泥棒にでもなる予定だから、それまで我慢してください。


 拝啓ご両親さま。
 前略。
 俺を作ってくれてありがとう。この大学に進学して、彼女に出会えたのはまさに奇跡というより、恐怖でしかなかったのだよ。あの頃は。
 法学部を選んだのも半分冗談だし、いつもギリギリで何とかしているから大丈夫(だと思ってる)。どちらかと言えば、充の方が危ない(はずだ)。
 ……言いたいことはたくさんあるけど、書きたいことがないので、これにて報告を終わる。
 ――かしこ。

 P.S 食べ盛りの俺は金がないので、米とかインスタントの食べ物を送ってくれると助かります。もしくは仕送りを増やしてください。もうちょっといいデートがしたいです。
 金がないからって互いの部屋を行ったり来たりしても、することと言えば一つだけ……。不健康だ、俺。いや、不健全だ。


 脳内に両親宛の手紙が完成。
 重要物ではない、すぐに忘れても支障なしフォルダにそれを移動して、ごみ箱を空にする、をクリックすれば、送信完了。(要はごみ箱に入れて消去している)
 きっと、あまりにも成長していない俺に気付いて、涙を流して嘆くことでしょう。


「だーりん、コレなんてどうでぃすか?」
 一年の中のおよそ2/3を過ごしているであろう部屋で、髪を変にまとめあげている彼女こと周防舞子、ペンネームは古賀ナツキが俺に向かって自由帳を差し出してきた。
 自由帳の表紙はディ○ニーだけど、いつものことながら内容がぶっ飛んでいるに違いない。過去に何度その手の下書きを見せられて砂を吐いたことか……。
 かなり嫌そうな顔をしているであろう俺は、マイちゃんが差し出すノートを仕方なく手に取ると、恐る恐る開いてみた。
 しかし予想を裏切り、いつもと違って、鉛筆描きの男と女の絵が網膜に飛び込んできた。
 あれ? どういうこと、コレ。
 しかも、一ページ目の下には『姫宮小都女』と丸っこくてかわいい字で書いてある。
 まぁいいか。全部見てから突っ込もう。


 親の再婚で、連れ子同士の男と女は年頃で恋多き時期である高校生。義兄妹になった二人は、互いに想いを寄せていたが拒まれるのを恐れて、ごく普通の兄妹を演じて数年――。
 妹がにいやんに愛の告白!?


 ん? どこかで聞いたことがあるような話だな。確か、マイちゃんが所属しているボランティアサークルでひともめあったとか、なかったとか……いや、演劇サークルだったか?
 その時、充がやたら萌え悶え、奇声を発していたのが怖くて、マイちゃんちに逃げて、一週間は帰らなかった時期だな。ところがどっこい、肝心のマイちゃんにさえも相手にされず、置き物と化していた俺。机に向かって黙々と何かを書き殴るマイちゃんからは、今までにない怪しげなオーラが漂っていたのは言うまでもなく、半径一メートル以内に近づけなかったあの悪夢のような一週間。ベッドでマイちゃんの香りを堪能しては、火照った体と脳内のエロエロワールドのやり場がなくて我慢するしかなかった一週間。手癖の悪い右手をどれだけ苦労して抑えたと思う? もう限界だったさ。
 ……ああ、そうだ。着ぐるみショーでお世話になったアイツらがそんな感じだったとかって話を小耳に挟んだ気がする。一瞬、羨ましいと感じてイケナイコトも想像してしまった、あの事件か……。依頼がこなかったな、ちくしょうめ。――回想終了。
 確かにこういうシュチエーション……ん? シュチュエーション? チュチュエーチョン……チュッチュえーでしょんw もう、ダメだ。とにかく好きな部類なんだけど、二次元限定で。

「マイちゃん、シュチエーションだっけ、シュチュエーションだっけ?」
 そんな些細なことが気になって、マイちゃんに聞いてみた。
「急でなんだか分かりませんけど、シチュエーションのことですか? ホントにだーりんは、おとぼけさんです〜」
 付き合いだして何年目って言ったか、俺。いまだまともに名前を呼んでもらえず悲しい限りです。まぁ、『ダーリン』でも嬉しいには嬉しいが……それは別の意味で。
「名前で呼んでくれよ」
「野田くんw」
「からかってる?」
「うん、みのるんw」
 だめだこりゃ。次いってみよう。

「何で『姫宮小都女(ヒメミヤ コトメ)』なの? マイちゃんのペンネームは『古賀ナツキ』だろ?」
「はい。いい所に気がついたです! だけど、コトメじゃなくてオトメです!
 作風が一変したことで新たなスタートラインに立った私は、ペンネームも一新することで決着をつけました!」

 決着? 何の? BLとの決別か? それならその方が俺的にも助かる。原稿どころか下書きの段階で、『こんなのどうでぃすか〜?』とか言ってホモ漫画を見せられてはこっちとしてもたまらない。根掘り葉掘り聞かれるアレな事情だとかも、見事にネタとして使われてしまったし。一番サイアクだったのがウチのアパートに来たときだったな。ちょうど帰ってきた充と絡め、だもんな。もう思い出したくもない悪夢だ。トホホ。
 だけど、もう心配無用なんだね。この手の話ならオッケーさ、ハニー。どんどんかかってきなさい。そして俺を悶えさせてくれ。
 なんて俺の期待はしょせん期待でしかなく――マイちゃんは自分の発言に疑問を持ったのか、人差し指をこめかみに突き刺して首を傾げ、あれれれ〜? なんて言ってる。
「今、何だか変なこと言いましたね」
「いや、その方がいいと思うよ。絶対に」
 こっちの身も考えて、モーホーとの決別を切に願う。
「で、内容はどうですか?」
「許容範囲内、って言うかストライクゾーン。義兄妹萌え〜」
「ですよね、ですよね。よーし、今度のターゲットは十八歳以上の男性だ〜、です」
 ……これは、一八〇度転換ですな。しかーし、マイちゃんの漫画には足りない要素がある。
「ちょっと無理でないか? この妹はもっと萌え要素を入れるべきだ。プニがいまいち足りん」
「……プニ?」
「そうプニ。指先でつんつんプニプニしたいじゃないか」
「……ふっ……そうなの?」
 ああ、思いっきり鼻で笑われた!! しかも話し方がちょっと怖い普通の人モードだし。
 だが、ここまで言ったから引き下がらないぞ。最後まで俺の要望を言わせろ!
「ふとももまである靴下も、ちょっと食い込み気味でプリンとした感じが欲しかったり、見えそうで見えないスカートの微妙な丈だとか、乳を強調する制服とか――」
「みのる……」
「……何か?」
「要望にそえない体でごめんなさいね」
 笑顔だった。いつも甲高くてお祭りみたいな声もこの時ばかりは穏やかなものだった。だけど、こめかみの辺りがピクピクしてるし、いかにも作った笑顔なのは、俺の発言が悪いんだよな?
 せっかく名前で呼ばれたというのに、素直に喜べない、喜んではいけない状況だ。
「大丈夫、二次元限定の好みだから。マイちゃんがイチバン!」
 なにより、十八禁系の商用本でマイちゃんのような絵といえば、そういう感じの要素が含まれているものが多いからでして、いや、まぁ、俺の好みでしかないから、そういうのをついつい選んで買ってしまう俺が悪いんだし、そんなのはどうでもいいんだけどね。別にマイちゃんがどうだ、こうだ、という訳ではなく、世間一般に出回っていて、俺好みの漫画とマイちゃんの作品を比べてみて、マイちゃんの絵に足りない部分を述べただけでして……。いえいえ、決してそういう風にしなければならないという訳ではなく、そういうものばかり書店に並んでますよ(そういうのしか選ばないの間違い)、って話であって、マイちゃんはマイちゃんらしい、自分の作品を描くべきだと思うよ。そうだ、そうだ。パクリはいけないよね、パクリは……。
 という感じの言い訳をリピートしながら延々と並べ、マイちゃんの機嫌が直る頃には俺の方がくたくたになっていた。
 ――女の子は難しいよ。

「よーし、男性にも女性にもウケる萌え漫画にするです!」
 変な方向に火がついた模様。
「が……頑張って……ね」
 賛同しきれない俺は、そう声を掛けることしか思い浮かばなかった。
「ところで、方向転換ついでに料理なんて覚えてみよう、なんて思ってみない?」
「思いませんよ。料理を作るヒマがあるのなら、ネタの一本でも出した方がマシです」
 少しでも期待した俺がバカだった。

 期待は裏切られるためにしかない――野田稔。

 いや、もう、ホンマにな。過剰な期待はいつか身を滅ぼしそうです。はい。
 あこがれの彼女手料理はしょせんあこがれでしかなく、押し付けるものではない。俺には縁のない、叶わぬ夢なのさ……。
 俺が料理、覚えようかな……。
 ううっ……益々悲しくなってきた。何だか目の前がかすんで揺れているよ……。

「ということで、おべんと買ってきてください」
 みごとにパシリですか、俺!
「……何弁?」
「駅弁」
 ――駅弁!? 何てハレンチな!
 俺の脳内にはアッチの駅弁展開中。
「――ってのはウソですよ〜。そですね、今日はコンビニのしょうが焼きあたりがいいです……って、何で駅弁売り風な格好で上下に揺れてるんですか!!」
 いや、ちょっと、あの……妄想から脱出できない。
「……楽しい?」
 冷たい視線と冷たい言葉に、ようやく脱出成功。
「楽しくありません!!」
 ああもう、恥ずかしいですよ。恥ずかしすぎて顔が熱いよ。
「じゃ、おべんとよろ〜です」
 と、部屋から追い出された。正確には蹴り出された。
 ……あの、すみません。このままで出かけなきゃいけないわけ? 靴も履いてないんだけど。
 ついでの俺の自腹?
 そのうえ、外は雨?
 何だかまた泣きたくなってきた。

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