FILE:2−3 アイ ヒイテ ミート


 こっそり、家を抜け出した俺は、エアガンを片手に持って走っていた。
 向かう先は、大学近くにあるアパート群のなかの一つ。三階に住むその人に会いたくて、エアガンを部屋の窓に向け、発射した。

 ――カチッ。

 窓を狙って撃ったのだが、当たったのはベランダの柵のようだ。
 やはり、エアでは弱いのか。次はガスにでもしよう、なんて思っていると、閉まっていたカーテンに人影が映り、カーテンと窓を順番に開き、ベランダから外を覗き込んできた。
 時間が深夜ということもあり、俺は声を出さずに大きなアクションで手を振るだけにした。相手は気付いてくれただろうか?
 その人はすぐ部屋に戻ってしまったが、俺のポケットにある携帯がブルブルと小刻みに震えながら着信を知らせるメロディを大音量で吐き出す始末。
 ポケットからその携帯を取り出すと音量は更に大きくなる。ディスプレイには、予想通りの名前――みのんちゃん、と表示されていた。
 思わず頬が緩む俺は、第一声で怒鳴ってくるんだろうな、なんて思いながら通話ボタンを押し、電話を耳に当てた。

「この電話番号は現在使われておりません」
「ふざけんな! いま何時だと思ってんだ!!」

 ほらみろ、怒鳴った。

「いや、よくあるではないか。逢い引きするときに、小石を窓に当てて――」
「ぬぁにが逢い引きだ! ふざけるのもたいがいにしろ! そういう悪質ないたずらは時間というものを考えてやれ!」
「何を言うか。逢い引きの時間は深夜が相場だろう。だからわざわざ来てやったのだぞ」
「誰が来いって言った!」
「……お前の……瞳が俺にそう言ってたような気がした」
「それは、大きな勘違いだ。寝言なら寝てから言え」
「うむ、そうしよう」

 そこでふと会話が途切れた。
 電話ごしに聞こえるのは息遣いだけ。
 ――少し荒い。
 こういう状況になると、どうしても言いたくなる言葉がある。

「俺が悪かった。だから、出て来いよ」

 しかし、相手から返事はすぐに返ってこなかった。
 しばらくして通話が切れ――俺は携帯を手に持ったままその場で立ち尽くしていた。

「こたろっ」

 アパートの階段からそんな声が聞こえる。
 何かの間違いだ、なんて思いながらも俺は期待してる。
 きっと、きっと俺の胸に――――




「飛び込んでくるに違いないと!」
「何で俺がお前の胸に飛びこまにゃならんのだ!」
「そして、熱い抱擁とチューが待ってるんだよ」
 自分の体に手を回し、抱きしめる格好の小多朗。その腕の中に人間がいたら、押し倒さんばかりの勢いで演技をしている。
「何でお前に抱かれてキスされんにゃならんのだ!」
 いつからこの番組はホモ化したんだ? アナログからデジタル放送に移行する意向は一向に構わないのだが、ノーマル番組を同性愛化させるのだけは絶対にゆるさんぞ。たとえマイちゃんに嫌われようとも、それだけは絶対に許さない。譲れないんだよ! 特に小多朗ペースにハマっちゃダメだ! 思う壺だぞ。
「それは最後まで見る前に目が覚めてしまったのだが……」
 最後って何だよ。どこが最後なんだか聞きたいような、聞きたくないような……。
「とりあえず、その摩訶不思議な夢には『愛、惹いて Meet!』というタイトルを付けてみた」
 なぜ、自分の夢にタイトルを付けるのかが摩訶不思議である。
 まぁ、小多朗の存在自体がそんなものか。


「いいですね、ネタゲットですぅ〜w」
「は!?」
 声がした方――後方を向くと、指を顎のあたりで組み、うっとりとした表情のマイちゃんが立っていた。
「存分にネタとして使いたまえ」
「はいっ、こたろーさんww」
 二人の間に、友情とは違う、師弟関係とも違い、どう言えばいいのか分からないような情が生まれたような感じがした。


 ……俺だけおいてけぼり。テヘ☆


 そーじゃーなーくーてー!!

「待て、まて、マテー!! そこぉ、見つめあいすぎだぁ、離れやがれ、目を逸らしやがれー!!」


「ちなみに、『Meet』はジャストミート、とかに使う方のミートであって、肉ではないぞ」
「うんちく、ありがとう。日本人のイントネーションじゃそこまで分からないからな」







 ――ある日の深夜。
 俺は愛車に乗って、いつものメンバーと某峠に出没していた。
 S14シルビアをこよなく愛す、相模寛人。
 兄ちゃんがGT-Rをかったから、無理矢理買わされたR32タイプMに乗る、高田伸也。『前が見えるのか』と聞くと『野生のカンで走っている』と機嫌悪そうに言う幼馴染みだ。
 それから、RPS13、180SXに乗る、佐久橋直樹。体の大きさと車の大きさが比例していない人二号だ。
 んで、高田伸幸。伸也の兄ちゃん。佐久橋板金勤務。GT-Rを買ってからは付き合いが悪くなった。
 さらにもう一人――野田稔。顔面をコッパにしたのをきっかけに、愛車の180SXをシルエイティにした人。まぁ、イタズラにそんなものを作ってしまったのが佐久橋とは言わないけど。実は女だったりして、みんなで驚いたもんだ。

 さて、そんな俺も峠最速の男になろうと思ってたりするんだけど――。


 三速全開でコーナーに突っ込んだら制御不能に陥っちゃって、ギャラリーにつっこんでしまった。
 あーいーやー!!
 もう、人生終わりだぁぁ。
 ミッションのソアラちゃん……高かったのに……。



 あれ?
 ちょっと待ってくれ。

 今、ハネたヤツ、見覚えが……。

 記憶を逆再生。
 もう、この世の終わりだー! って顔をしている人物が車に撥ね飛ばされる直前の映像で一時停止。ズームアップしてみた。


 ……あ、みのんちゃんと周防舞子だ。



 車から降りると、十メートル先にぶっ飛んだ人間が倒れていた。
 駆け寄ってみたがぴくりとも動かない二人。

「みのんちゃん……」

 彼女と一緒に轢かれて、本望だったろうよ。
 だけど、災難だよね。


『遭い、轢いて Meat!』――【完】




 ハンカチで目頭を押さえている赤毛。
 お前が泣くところか! こっちが泣きたいわ!
「でも゛……グシュッ……これが夢でよかったよ、ホントに」
「俺もそう思うよ」
「交通刑務所だなんて御免だ」
「そっちかよ、コンチクショウ!」

「ちなみに、こっちのミートが肉ですな」
「俺とマイちゃんは合い挽きミンチか!」
「総合的には、『あいびきみんち』からこのネタができています」
「ネタかよ!!」

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