45・釜 事件解決、また事件?


 祐紀が荷物を持っていきなり帰ってきたから、驚いた。
 どうやら、藤宮が帰ってきたらしい。
 でも、なんでいきなり交換同居撤回なわけ?
「それが……後で事情を話しに来ると言っただけで、何がどうなっているのかさっぱり……」
 乗り込んで事情を聞くか?
「今、行っても、最中だと思うよ」
 ……何もかも、いきなりかよ。
「でも、やたら幸せオーラがにじみ出ていたような……」
 説明に来るまで、何も分からないってことか。


 外はもう真っ暗。
 人が丁度、夕食を食べている時に訪問してきた藤宮兄妹。
 祐紀が言うように、幸せオーラがにじみ出ている。
 ニコニコ笑顔を通り越して、ヘラヘラしている。しかも、二人ともだから気持ちが悪い。一体何が起こったのやら……。

「俺たち、めでたく、婚約しましたーw」
 ……。脳みそ、腐ったのか?
「……ふぅん、そう」
 冗談だと思ったので適当に聞き流し、テーブルに視線を戻した。
「お前、全然信じてないだろ!」
「当たり前じゃん。お前が演技派の藤宮さんですから、一〇〇%信じてない」
 藤宮の方を見ず、ご飯を口に運んだ。……今日のご飯、やっぱり硬い。
「……俺、藤宮じゃなくなったから、よろしく」
 何言ってんのかさっぱり分からない。一から順番に話せよ。
「この前、出てからどこ行ってたの?」
「図書館とネットカフェと、千葉の実家」
 千葉ぁ? 顔を藤宮に向けて、ようやく異変に気付いた。
「あれ? いつからそんなにマジメな人間になったの?」
 藤宮の頭を指差した。家出する前は茶髪だったのに、今はナゼか黒髪だし。
「聞いてくれる?」
「言えば」
「父さんに土下座して、養子縁組解消と、カノンをくださいって言っちゃったw」
 ……え?
「はぁぁぁ?!!!」
「ブー……げふげふ……うわーん、鼻からご飯出たぁ……」
 祐紀、汚いぞ。そういうことは、なっても口にするな! あーあ、床がご飯粒だらけだ。
「で、縁組解消してもらって、苗字が『林田』に戻ったから、昔みたいに『リンダ』って呼んでもいいから」
「僕は一度も、お前をリンダとは呼んだ事ないけど……」
「ブーッ……ふぅ。着メロは『リンダリンダ』で決定だね」
 ……祐紀! 人前で鼻をかむな! ご飯出たとか言って、ティッシュをこちらに見せるな!
「で、養子離縁とやらをすると結婚できるわけ?」
 藤宮……あ、いや、林田が鼻でフフンと笑うと、にんまりと笑う。
「しなくても結婚できるんだってさ。民法をわかりやすく解説してるウェブサイトにそう書いてあったから間違いない」
 だったら何で離縁までしたの? 髪を黒くしたのは、そういう話をする為だろうけど。
 法律に関してはさっぱり分からない。野田兄弟でも見つけたら聞いてみようかな。
 林田は懐を探り紙を取り出すと、それを広げて僕たちに見せた。
「じゃじゃーん、婚姻届ぇ〜。証人欄には両親の署名まであるもんよー。嘘じゃないっしょ?」
 おお、コレが婚姻届か……初めて見たなぁ。
 いずれは自分も書くことになるだろうから、どんなものなのか、一通り目を通した。
 その紙を、隣に居る幸せ笑顔の妹ちゃんに渡すと、今度はサイフを出し、免許証の裏を見せてきた。
「見て見て、この情けない裏書を……」
 苗字を変更したら、免許そのものを発行してくれる訳じゃなく、裏に書かれるのか。
 見事に『林田孝幸』と書いてある。表は藤宮孝幸のままだけど。
「学生証も変更に行かなきゃいけないんだけど、今はやっぱ……マズいかな?」
「学生課に電話して聞けよ!」
 そこまで知るか! もう、お前らの面倒はこりごりだ。

 それから、のろけ話を散々聞かされた。
 もう、役者になるのは諦めて、とにかく幸せな家庭を築きたいんだとさ。

「で、今期で学校も辞めるから。その上更に、俺ら二人でボランティアサークルに移籍することに決めたから、ヨロシク」
 そりゃ、ウチのサークルの方が風当たりが少ないかも……って、はぁ?
「イチャイチャしたら減点! 五十点で、強制退部。それが条件だからね!」



 藤宮の処分は停学一ケ月。
 激写サークルも厳重注意で、今回の事件も丸く収まったというか……意外な解決をしたというか。

 ヤツの停学が解けてすぐ、またもやサークル掲示板に人だかりが出来ていた。
 僕も一応覗いてみると……
『藤宮兄妹婚約! 実は連れ子同士の義兄妹だった!!』
 またアイツらの事かよ!
 たまたま掲示板前を通った藤宮兄妹は――仲良く手を繋いで、通り過ぎていった。
 これでやっと、堂々と恋人同士らしい事が出来るようになったんだよな……。
 その姿を見送っていると、僕は人ごみの中で身動きが取れなくなってた。
 うおぁぁぁ、潰れる、ぎゃー、タスケテェェ!!! 講義に遅れるぅぅ!!!
 誰だ、どさくさに紛れて尻を触ったのは! きゃー、チカンー!!!


 しかし困ったことに、サークルのミーティング中にも関わらず、いちゃいちゃと、目障りな!
 気が散って話が進まないじゃないか!
「藤宮ー!!!」
「林田だぁぁぁぁ!!!!」
 邪魔をされたからって逆ギレか? 上等だ!
「減点五十! 強制退部!」
 妹ちゃんに笑顔で、ちょっと待ってね、と言うと勢いよく立ち上がり、人差し指を僕に突きつけた。
「っざけんな、理不尽だぞ! 男らしく正々堂々と戦え!」
「ほほぅ、やるの?」
 ゆっくりと立ち上がりながら手をポキポキと鳴らすと、すぐに顔色が悪くなった。勢いだけはあるんだけどねぇ。
「うわーん、カノンちゃん、会長がイジメたー」
「ちょ……タカくん……」
 ほらみろ! いきなり抱きつかれて、妹ちゃん困ってるぞ! 顔が真っ赤だ。
「直……古賀ちゃんが鼻血噴いてる」
「ああもぅ……古賀ちゃん、鼻血出すほど妄想するな! 彼氏に介抱してもらいなさい!」
「あうぅ……ヒドイですぅ。ダーリンは今、お仕事中なのですぅ」
 あのサークルの仕事……か?
 僕はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
 彼女の隣に、ナゼか野田らしき人物が座っているのだが、古賀ちゃんに声さえも掛けず、じっとこちらを見ているだけだった。
「野田くん……キミ、一応部外者なんだけどね……」
 それ以上言わなくても、遠まわしに出て行けと言っていることは分かると思うけど。
「お仕事中ですから、お気になさらずに」
 気にするわ!
「一体何のお仕事でしょうか? こんな所で」
「それは言えません。依頼者からあなた方の身の回りを調べろと言われたなんて、探偵としては…………あ!」
 あれ? 野田兄だと思ってたのに、弟の方だった?
 僕らの身の回り? 誰に頼まれたかは言わなかったけど、依頼内容漏らすようじゃ、探偵として失格だろう。個人が勝手にやっていることだからまだいいものの。
「誰に依頼されたの?」
「……」
 視線を逸らし、口を押さえて黙っていた。きっと、口を開くと何でも喋ってしまうことをよく知っているんだろうな。
「……片瀬絢菜」
「はひ?!!!」
 藤宮が出した、僕のイトコの名に、野田弟は敏感に反応を見せた。

 ――絢菜……だって?
 どうして? 何で僕らの事を調べようとしているんだ。
 それに、交流旅行後からサークルに顔を出さない事が多くなってきた。
 学園祭に、僕の母まで連れてきて……何か企んでる?

 確かに、不信な点はたくさんあった。
 ――絢菜がこの大学に進学したこと。千葉、もしくは近県の大学でも良かったはずだ。
 ――昔と少し違って、人当たりが悪くなってた。いや、それは祐紀にだけだった。
 ――僕らが住んでいるアパートに来たとき、やたら携帯のカメラで室内の写真を撮っていた。
 祐紀が僕らの話をした時、静かに聞き入っていたのに、帰りには態度が一変した事……。
 ――僕が自転車で学校に行ったとき、徒歩だったはずの絢菜が帰りに自転車……。
 ――交流旅行の時、兄さんのマンションに先回りされた上に、帰りには用事があるとかで、一人でどこかに行った。
 ――それ以来、余り姿を見せないと思ったら、学園祭に母を連れて来ていた。
 今更だけど、変な所ばかりだ。

 藤宮は、野田弟に調査(?)依頼している人物を、ズバリ当てた。……何か知ってるのか?
「藤宮、何で絢菜だと分かったんだ?」
「林田です。……何でって……演技だから」
 演技?
「どういう事、それ……」
「四月のミーティングの時、俺、遅れて行っただろ? 締め出し食らってたじゃん、イトコちゃん」
 確か、祐紀が戸を閉めた、アレだよね? その後、藤宮が部室に来た……。
「俺、あの時、見てたんだわ。何か違和感あったから演技でもしてないか、って言ったら青い顔されたし。でも、ヘタクソだから、役者には向いてないな〜と思って……」

 絢菜が変わった訳じゃなく、今までの行動が演技だったら?
 なぜ、演技をする必要があったんだろう。この大学に進学して、このサークルに入って、僕を付け回すような事をして……。
 学園祭に母さんを連れて来るなんて……前はそんなお節介な事をするような子じゃなかった。
 ――母さん?
 僕がこの大学に進学したことを絢菜に言ったのは母さん。絢菜がそう言った事は覚えている。

 僕と絢菜に共通する人物。
 まさか、連絡の取れなくなった僕を?
 そんな事……あるはずはない!
 ――だけど……。
「今日のミーティングは終了。また後日!」
 とだけ言って、カバンを掴むと部室から駆け出した。
 確かめる必要はある。間違いなら僕の勘違いで終わりだ。
「ちょっと待ってよ、直!」
 後ろから祐紀が追ってきた。
「一体何? 片瀬に何かあるの?」
 あるも何も……。
「大有りだ。今だから言うけど……学園祭の時、絢菜と一緒に居た人は……」

「僕の母だ!」

 いきなり、祐紀に腕を掴まれたので、走るのをやめて祐紀の方を向いた。
「だから逃げたの?」

 僕を見つめる祐紀の表情は、ものすごく冷たかった。

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