011 突撃! でんじゃらす・がーる☆ 【北都―5】
発信者:瑞希
件名:
本文:無事、家に帰りました。
そんなメールが入ったのは、別れて五時間後ぐらい……午後八時台だった。
自宅の自室で、こんなに虚しい気分になったことがあるだろうか。
まるで、自分の部屋ではないような感じ。自分がここにいるはずではない存在のように感じて落ち着かない。
いや、たった数日だけどこの家にいた、彼女がいなくなったせいかもしれない。
昨日まで、ほんの五時間前まで隣にいた瑞希はもういない。
オレには遠すぎた。
実際の彼女との距離が。痛いぐらい、何に対してもやる気さえも失うぐらい、遠すぎた。
忘れたくないんだ――その笑顔を。
忘れたくないんだ――その声を、行動を。
忘れたくないんだ――その唇。
キミの想いはオレの心に生き続けている。
忘れたくないんだ――キミがいた日々を。
忘れたくないんだ――全てを。
キミの全てを、存在を――ここにいた真実も、想いも……。
オレはこのまま、自分にとって都合のいい思い出に生きる人間になってしまうのだろうか。
日が経つにつれ、そんな不安に駆られる――そんな日々を過ごしていた。
中学最後の夏休みは終わった。
だけど、気分は晴れないままだった。
九月一日
発信者:瑞希
件名:
本文:今日から新学期だね。北都くんにとっては大事な時期になるね。
志望校への合格めざして頑張ってねw
学校でも教室内にピリピリと緊張した雰囲気が漂う中、オレは一人、何も手につかない状態に陥っていた。
本文:明日、県立高校の試験なので、早く寝る。おやすみ。
受験する高校を決めた。
なんとなく試験を受け、夏休み前に志望していた学校に合格していた。
それならそれでいいか、ぐらいにしか思わなかった。
彼女へのメールも、内容濃いものから、どんどん薄く、あしらうような内容に変化してしまったことも分かっている。
決して、嫌いになった訳じゃない。
話題が、見つからなかった。
彼女からのメールに、素直な返事をすることができなくなっていた。
半ば――こんなことで離れていくのならば、その程度の女だった……と諦めていた。
離れている時間は、思った以上に辛く、長く、気持ちを曖昧にさせるものだった。
――オレはそれでも、彼女のことだけを想い続けていた。
彼女はどうだろうか……。
毎日、夜遅くまで続け、メールの最中に寝てしまうことも多かった。そのぐらい依存していたのに――それが急に途絶えた。あの夏からたった二ケ月で。
曖昧で、相手の気持ちが分からなくて、中途半端な今の時期が一番不安定で、どうしようもなく辛かった。
気軽に言えなくなった言葉――キミを想う気持ちを、いつからか文字にも表せなくなった。
もう、オレのことなんて忘れて、他にいい人でも見つけた?
だったら気を使わず、思いっきり、ヒドく振ってくれた方がいい。
そうしたら、忘れたくなるかもしれない。
……本当は恐れている。
彼女の気持ちが変わってしまうことを――。
中学を卒業――高校へ入学。
時間は戻ることはない。いつもと同じ早さで進んでいる。あの夏の日々を忘れられないまま、その時々にすべきことをこなし、なんとなく過ごすだけ。
友達もいる。家族もいる。学校だってそれなりに楽しい――だけど、やはり、何かが欠けていた。
鳴らなくなってしまったけど、思い出の詰まった携帯を大事にしていた。
彼女のハンカチは、オレにとってお守り……というか、精神安定剤のようなものになっていて、よく持ち歩いていた。いつか返しに行くその日――再会できる日が一日ずつ近づいていると信じて……。
――高校二年の夏休み。
ウチに珍しい客がやってきた。
父さんの弟夫婦――おじさんとおばさん。
仕事のこともあって、あれこれ十年単位で会っていなかったおじさんだが、最後に会った時より少し老けた程度であまり変わっていない。
まぁ、オレがおじさんより身長が高くなったせいか、意外と小さい人だな、と思った。
確かに父さんに顔は似てるけど、背を比べると本当に兄弟か、と疑いたくなったり、確かに兄と弟だ、と納得できる部分もあったり……。
「学校は楽しい?」
リビングに顔を出し、一通り挨拶が終わると、おじさんに聞かれた。物腰の柔らかい喋り方は、昔のままだ。
「んー……まぁ、それなりに……」
楽しいには楽しいけど、やはりあの日と比べてしまう。比べてしまえば、つまらなく平凡な毎日でしかない。
「高校卒業したらどうするの? 進学? それとも就職?」
何も……考えてはいなかった。とりあえず大学を受験して、進学することになるだろう。就職と言ったって、今はまだ、やりたいことが見つかっていない。
何より先に、彼女との再会のことばかりしか考えていない。
……。
「いや、待て」
「ん? 何が?」
「お、何だ何だ?」
……おばさんがいるこの状況で聞くのは、ある意味自爆行為だと思った。
「何でもない」
後でこっそり聞くとしよう。おじさんなら信用できるし。
「今のところは、進学を考えてる」
いや、進学のことしか考えられなくなっていた。
別に家から一番近い大学に進学する必要はない。自分の学びたい学科のある県外の大学に進学する人だってたくさんいる。
オレは今でも、彼女の側にいたいと思ってる。
彼女はそうでなかった場合――とても辛い選択にもなる。
進学という選択は色々な意味で賭けになりそうだ。
おばさんが風呂に入っている時を狙って、リビングへ向かう。
部屋にはおじさん以外にも父さん、母さん、恒がいて、楽しく会話をしている――が、オレはそれを割るようにして口を開いた。
「おじさん……話があるんだけど、いいかな?」
「え? ああ、どうぞ」
いや、ここじゃやっぱりできないな。後で大変なことになるし、何より親の前で彼女の名前なんて出したら、恥ずかしすぎて死ねる。
「できれば、オレの部屋で……」
「……ああ、落ち着かない? 何だか重大な相談そうだね」
さすが、というべきか? まぁ、おかげで怪しまれずにすみそうだ。
「で、どんな相談かな?」
ベッドに腰掛けながらおじさんが聞いてくる。
「高校を卒業したら、大学に進学しようと思ってます」
「……それって、僕じゃなくて親に相談することじゃない?」
普通ならそうかもしれないが、今回は事情が違う。
「それはそうですけど……学校を決めてからにしようと思って」
「ふぅん……。なるほどね。何が学びたいの?」
「それはこれから考えます」
「は?」
そりゃ、びっくりするだろうね。一体どこの誰が、彼女の側に行きたいという理由で進学先の大学を決めようってんだから。
「……瑞希は……どこに住んでるんですか?」
「瑞希?」
オレは目を伏せ、頷いた。
「ああ、そういうことね。話は祐紀から聞いてるよ。かなり脚色されてると思うけど」
……おばさんめ……すでに筒抜けかよ。しかも脚色されてるって、あらぬことまで勝手に!? いや、聞くのはやめよう。恐ろしい。
「○×県――市。特に何もない田舎町だよ。この辺りに比べればね。駅周辺はあれでも栄えている方らしい、というぐらい。きっと、驚くかもね」
風景までは想像できなかったけど、彼女との再会に一歩近づけたような気がした。
「ありがとうございます」
「その辺りにある大学の中から、自分の学びたいものを探すんだね。それもいいと思うよ。目標があって」
優しく微笑む。まるで昔の出来事を懐かしむように。オレにはおじさんの表情がそんな風に見えた。
「だけど、大変だよ? 一人暮らしというのも」
彼女に会えるのなら、約束を守れるのなら、そんなことぐらいどうってことない――はずだ。
おじさんがリビングに戻ると、オレは机の上でホコリを被っているパソコンを珍しく起動させた。
瑞希が住む県にある大学を、メモをとりながら片っ端から調べた。
たとえ市内は無理でも、県内なら……そのぐらいの距離ならどうにでもなる。
今よりずっと、近くなる。
自分で調べられることは自分でやった。分からないことは聞いてみた。
自分が今、やらなければならないことにも、必死に取り組んだ。
オレはただ、目標だけに向かっていた。
一月十一日
発信者:瑞希
件名:お久しぶり……ですね。
本文:誕生日おめでとうございます。
十七歳の一年が充実したものになりますように……。
『ありがとう』
それ以外の言葉が見つからなかった。
今さら何を書けばいいんだろう。
だからと言って返信しない訳にもいかないので、その言葉だけを送信した。
その後、メールを受信することはなかった。
――三年生……二度目の受験生。やはり、中学の時とは教室の雰囲気が微妙に違った。
今後の選択肢が一つじゃないからだろう。
中学生の時は、ただ志望する高校への合格という志望校は違っても同じ目標に向かっていた。
だけど、高校は違う。
大学、専門学校への進学、就職。進学を選ぶにしても、高校選びのような県内、隣県という範囲ではなく、日本という国にある大学、あるいは海外にある大学を志望するものもあるかもしれない。
就職にしろ、たくさんの職業がある。
それぞれが自分の目標を持ち、それに向かっている。
オレもその一人。
この時には、志望する大学を三つ決めていた。
四月八日
発信者:瑞希
件名:今日から新学期?
本文:お久しぶりです。元気ですか?
今日から? 三年生ですね。北都くんは大学に進学するのかな?
受験生となると、また忙しくなりそうですね。がんばってください。
それでは、また。
どう返せばいいんだろう、とメールを何度も読み返しながら考えた。
……えっと。
『久しぶり。俺は元気だよ。
一応、進学で検討してる。
そう忙しくはならないと思うけど、どうだろう?
じゃ、また……』
いつからこんな硬い文章しか書けなくなったんだろう。
しかし、これ以上どうにもできず、そのまま送信した。
受信してから一時間を要した返信がこれって……自分に失望してしまう。
――夏休み。
あれから三年もの月日が経ってしまった。
だけどオレはあの日のことが未だに忘れられず、思い出すたびに切ない気持ちでいっぱいになっていた。
時間の流れとは残酷なもので、この頃には彼女の顔さえも思い出せなくなり、思い出の中の彼女は黒い影へと変わっていた。
せめて写真、画像でも残っていれば……もっと近くにいてくれたら、ここまで不安にはならなかった。
もう、オレの一方通行の想いだとしても……それでもいいから、彼女に会いたい。会いたくてたまらない。
一目でも会えれば、この不安定な状態はどうにかなるかもしれない。
それは、簡単に叶う願いではなく、その後もしばらく、浮き沈みの激しい日々を送ることになる。
年末から最終追い込み時期に入り、一月の第三土曜、日曜日、二日間にわたってセンター試験が行われた。
慣れないマークシート回答に手間取りながらも、自分の実力を何とか九割ぐらいは発揮することができた。
二次試験だとかで面接がある学校もあった。その後、受験した大学全てから、合格の通知が届いていた。
もちろん、第一志望にしている大学で入学手続きを行い、卒業を待つだけとなった。
確かに不安はあった。確信なんてなかった。
ただオレが、彼女の近くにいたいと思っただけの決断だった。
発信者:瑞希
件名:
本文:卒業おめでとうございます。
そんなメールが届いたのは、卒業式が終わった二日後だった。
地域によって、日にちが違うのだろう。
そんな短い彼女からのメールと逆に、オレが打った文章は、いつもとは違った。
言いたくて仕方ないけど言えない。驚かせてやりたくて仕方がない。
そんな思いは、文章として表現されていた。
『ありがとう。お前よりは少し早いけど、忙しい春休みになりそうだ。
大学は県外に出て一人暮らしになるから、部屋探しとか引越しとか、色々と忙しくなりそうだけど、オレはものすごく楽しみでたまらないよ。
瑞希はどう? 毎日が楽しい? ――――』
今の状態、気持ちをほとんど文章にしていた。
春休み中、オレと母さんは部屋探しのために瑞希が住むこの街へ来ていた。
一泊する予定で来ているけど、彼女に知らせたくてたまらなかったけど、ぐっと我慢していた。
来た時期がちょうど良かったのか、大学近くにいい物件を見つけた。
あとは、準備をして、引越し当日を待つだけ……。
家の自室では、持っていく物、置いて行く物、いらない物を分けていた。
家具や寝具は向こうで買い揃えることになっている。
ここから持っていく物は極力少なく――と言っても、そんなに物で溢れかえった部屋でもないので、大きなものと言えば、デスクトップ型パソコンだけ。昔、父さんが使っていたものをもらったので、ずいぶん古い型だ。これから活用するにしては、少し頼りない。
……できれば、ノートとか……。
父さんに頼んでみたら、青い顔をされたが渋々承諾。向こうで買うものが一つ増えた。
結局、旅行カバン二つ分ぐらいの荷物しかなかった。
これが引越しの荷物と言えるのだろうか……。中身は洋服ばっかりだぞ。
なので、二、三日分の着替えだけをカバンに詰め、残りは宅急便で送ってもらうことにした。
「引越し代浮いたけど……パソコンか……」
泣きそうな顔するなよ、父さん。
「あ、そうだわ。スーツも持って行かなきゃ!」
「……あのさ、俺の方の準備とか、忘れてない?」
と弟の恒。三歳違いということで、同じ時期に受験生だった訳だが、無事に合格。オレと入れ替わりで高校生になる。しかも、オレが卒業した学校に入学が決まっているので……。
「……そうね。北都が使ってた制服でいいじゃない。うん」
「うわっ!! ここでケチる!?」
中学校入学の時も同じことを言われていたことを思い出す。
オレが使っていた制服なだけに、ものすごくぶかぶかで、全然似合わない。それどころか、笑いしかこみ上げてこなくて、全員が大笑いしてた。
瑞希のことで、恒と口をきかなかった時期があったけど、それは数日のことで、すっかりわだかまりは解けている。
中学生になってから、急成長――今では身長も数センチ差にまで迫り、一人称も僕から俺へと変化。あの頃の年相応でない子供っぽさと無邪気さは年々薄くなっていた。
そんな弟がもう高校生だと思うと……不思議な気分だ。
彼女に会うことが第一目的であるオレも、まだ大学生になるなんて実感はなかった。
四月の一週目にはもう入学式が行われるので、新しい生活に少しでも早く慣れるよう、三月下旬には家を離れることにした。
――三月二十七日、朝の八時。
彼女と別れたあの駅のホームに立って、電車を待っていた。大きなカバンを提げて。
何度も中身――持ち物を確認した。
約束のハンカチ……ちゃんとある。
携帯の充電器にデジタルオーディオプレイヤー。底の方には着替えやタオル。
ポケットには財布、携帯。
乗車券には、オレの住む街と彼女の住む街の駅名が印字されている。
ようやく、彼女に会える……。
どんな結果になるか分からないから不安はつきまとうけど、やっとこの日が来たんだ。
ホームに入ってくる電車。
人が降りるのを待ってから、暖房の効いた車内に乗り、空いている席を探して座った。
電車から新幹線に乗り換え、およそ四時間。
彼女の住む街に到着。
長い時間、座ったままだったので、ホームのベンチに荷物を下ろし、体を伸ばして少し休憩。ポケットから携帯を取り出し、メモリーから彼女の番号を呼び出した。
ここまでは今まで何度もやったけど、最後に発信ボタンを押すことができなかった。
今日こそは……。
一度、大きく呼吸をして、ボタンを押した。
携帯は繋がるまでに少し時間が掛かるので、ゆっくりと電話を耳に当てた。
――プップップ……プルルルル……
一回、二回……コール数を数えている。心拍数もハンパじゃないぐらい上がり始めた。
六、七……。さすがにここまで出てもらえないと、ムッとしてくる。
……結局、オレってその程度にまで落ちたか。
十四、十五――
「もしもし?」
「出るのが遅い! もう諦めて切ろうかと思ったじゃねーか!」
微かに声が震えていたように気付いたのは、これを言った後。ちょっと反省。八つ当たりはよくない。
「ご、ごめんなさい」
うわ、謝られたし!
そんなつもりじゃなかったのに……。なんとか和ませねば。
「まぁ、別にいいけど。……なんつーか……まぁ……実は今、近くまで来てるって言ったらどうする?」
「すぐに行く!」
彼女は明るく……というより、勢いよく即答。一瞬圧倒されてしまった。
「そう、よかった」
「何しにきたの? それともウソならあたしが過度に期待する前にウソだと言った方がいいわ」
……なぜ嘘だと思うんだ? こんな悪質な嘘なんてオレにつけるわけないだろ。
「……嘘じゃない。駅にいる。何しに来たって言われても……そうだな、ハンカチを返しに来た、ぐらいにしておこうか」
本当のことは、会って直接言うことにしよう。
「うん、駅でいいの? ……分かった。たぶん二十分は掛からないと思う」
「じゃ……待ってる」
向こうから電話を切ったのを確認してから、携帯を閉じてポケットになおし、ベンチに置いていた荷物の中から彼女のハンカチを取り出して見つめた。
ようやく、約束が果たせる――いや、これは口実にすぎないんだけど。
ハンカチをポケットに仕舞うとカバンを担ぎ、誰もいなくなったホームを後にした。
改札を抜け、外に出て、誰も座っていない入り口近くのベンチに座って彼女を待つこと十五分。
髪型を気にしながら、やたら辺りをきょろきょろとしている女の子がこちらに向かって早足で歩いてくる。
遠目からでも分かる。彼女はきっと瑞希だ。全然、変わってない。
焦っていて視野が狭くなっているのか、オレに気付かず駅建物に入ろうとしている。
ホントに……そそっかしい所なんか全然変わってない。
それが、変わっていないことがおかしくて……嬉しかった。
ドアをくぐろうとする彼女に向かって、オレは声をかけた。
「瑞希?」
恥ずかしさも、抵抗もなく、名前で。
ピタリと動きを止めてから、ゆっくりとこちらを向いてきた。
ものすごく驚いたような表情だったので、それがまたおかしくて、懐かしい。
「つーか、全然変わってねぇ〜」
と、指差して笑えば、彼女は真っ赤な顔をして口をパクパクさせる。
「な!? あ、あたしのどこが全然変わってないのよ!」
そういう所。性格とか行動とか、あの時から全然変わってない。
そりゃ、外見はちょっと変わってるけど……髪が伸びて、身長も少し伸びた?
だけど……そのぐらいなら、変わったうちには入らない。
「どこがって……全部? あの時とほとんど変わってない。全く別人になってたらどうしようかと思ってた。……安心した」
女の顔をしてたら、どうしようかと思ったよ、ホントに。
だけど……瑞希はまだ少女のまま……オレの想ってきた彼女のままだったことが、とても嬉しかった。
ベンチから立ち、カバンを担いで気付いた。
オレを見つめてくる彼女の目も、あの日と変わっていないことに……。
まぁ、以前よりオレの方が見下ろすような感じにはなっているけど。
――じゃ、ここから始めよう。
「とりあえず、この辺りを案内してくれない? しばらくこっちに住むことになるから」
「……は?」
今日の瑞希は驚きっぱなしだ。
「四月からここの大学に通うんだ」
「き、聞いてないぃ!!」
またも顔を真っ赤にしている。
ホントにかわいい子だ。
出逢えてよかった。また会えてよかった。好きになってよかった。
大好きだ。
「そりゃ、驚かそうと思って言わなかったからな」
彼女の横に並ぶ。
――ここがスタートライン。
オレを見上げてくる瑞希――少し首が辛そうにも見える。
そういえば、重要なことを忘れているような……。
「あ、そうだ。忘れないうちにハンカチ返しとく」
オレはポケットに入れなおしていたハンカチを出して、彼女に差し出した。
「これはものすごいご利益があったよ。ありがとな」
「……ご利益?」
ハンカチを受け取った彼女は、大事そうにそれを胸に当てている。
「それがあったから、頑張れたというか……何というか……」
辛い時も、どうしようもなく落ち込んだ時も……入試の時だって、ご利益があるというどんなお守りよりも効果があった。
そして、こうやってまた会えたことも……。
「まぁ……どんな形でもいいから、瑞希の近くにいたかったというか……」
まだ再会して数分といったところなのに、またもや顔を真っ赤にする瑞希。
肩をすくめ、目を伏せて口を開いた。
「もう、あたしのことなんて、どうでもいいんじゃないかって思ってた」
オレも、同じことをずっと感じていた。キミも……不安だったんだね。
会うことも、本当はものすごく怖かった。
だけどもう、何も怖いものはない。会えたから、まだ想いが通じていると分かったから、言えることがある。
「まさか……そう簡単に忘れるぐらいなら、好きになったりしない、だろ?」
「うん、そうだよね。あたしも同じ……」
彼女は笑顔をオレに向けてくれた。
その笑顔はより一層、キミへの想いを強くさせた。
もう……絶対に離さないから……。
「とりあえず、昼食だ!」
「えー、あたし、さっき食べたばっかりなのにー」
こういう、つまらない会話だって、ようやくできるようになる。
「ほら、案内係り、この近くにある食事ができるところへ案内しろ」
「……はーい」
彼女の手を自然にそっと取り、俺たちは歩き出した。
――彼女が側にいる、新しい生活が始まる。
<北都編 終わり>