011 突撃! でんじゃらす・がーる☆ 【瑞希―1】
あたし、真部瑞希(まなべ みずき)十四歳。ぴっちぴちの中学二年生になりま〜す。
ってなことで、今は春休みです。
今日はかなり久しぶりに父さんの妹とそのダンナ――要はおじさんとおばさんが来るのです。
朝から掃除を手伝わされたり、手伝わない父さんを母さんの代わりにホウキで叩いたりしてます。
「や、やめろ、瑞希! パパは仕事で疲れてるんだ……だから休日までこき使わないで」
――バシン☆
「あたたた、やめろって!」
やめて欲しいのはその「パパ」という単語の方だ。歳を考えろ、オヤジ!
柄の短いホウキを野球で言うバッターのごとく構えているあたしに対し、後ずさりする父こと真部寿(まなべ ひさし)。そして、ラスボス現れる。
「ちょっと、寿! もう時間ないんだから、さっさと手伝いなさいよ」
あたしの後ろからそんな母の声が聞こえる。
「いや、頼むから……」
「二日酔いだなんて言わせないわ」
「いや、その、まぁ、あれは会社の付き合いで、だな……」
「付き合いでもスナックってのがムカつくわ」
「しかし、上司の意見は絶対だろ!」
「私、スナックみたいな女が接待する店って大嫌いなのよ。知ってるわよね?」
「……もちろん。よく存じ上げております」
「それを掃除するだけで許してやろうというこの私の、広い心に感謝しながらさっさと掃除を手伝いなさい」
「……は、はい……」
とまぁ、我が家で母の意見は絶対なのである。逆らうと大変な目に遭うことは、我が家の誰もが知っている。それでも懲りない父さんだけどね。
では、母さんの紹介をしときます。真部紗枝(まなべ さえ)。聞いた話では、父さんとは同じ大学のサークルで知り合ったとか。母さんの方が二歳年上なんだけど、年齢の話はしちゃいけない歳になってます。もしそんな話をしたら、ものすごい形相で、無言のまま睨みます。ものすごくおっかないです。だけど、その辺のお母さんたちより美人で、オシャレで、自慢だったりするけどね。まぁそれは、黙っていればの話。
キレるととことん手を出す、足を出す、口を出す、暴力的なところもある。まぁ、それのほとんどが、原因も食らうのも父だったりするけど。
そんな両親の背中を見て育ったあたしは――絶対に父のようなチャランポランだけは好きにならない! と決めている。
だからムカつく。
――ピュンピュ〜ン、スガガ〜ン♪
そんなやりとりも、今の状況も全く無視してゲームやってるこの男が――!!
「ちょっと、克希(かつき)! ゲームなんてしてる場合じゃないこと、分かってんの?」
「え〜? いいじゃん、別に」
ものすごくマイペースで自己中な三歳年下の我が弟には、呆れてものも言えませんが――
――バシッ☆
言えなくても叩きのめすことならできそうです。
「いったっ! 何すんだ……って、ああああ――!!」
一度あたしの方を見て反論しかけたがすぐにゲームの方に向き、画面に釘付けになってる。
「どーしてくれんだよ! せっかくいい所だったのに」
フルフルと震えながら、そんな事を言っている。知ったことか。
「寿……だからゲーム機だけは買い与えるなと言ったでしょう?」
「……す、すみません」
「そういうことをする暇があるのなら、黙って手を動かすべきだと思うわ」
我が家で唯一、落ち着き払った性格――突然変異?――である、二歳年下の妹、紗希(さき)。言い合いとバトルの最中であっても、黙々と掃除を続けていた彼女は、一人一人がやたら強調しあうウチのなかでは存在感が薄い感じもするけど、その発言はかなり痛いものがある。まぁ、そういう性格な妹は、小学校でもよく学級委員になってたし、今は児童会役員でもある。
「あーもう、いいからさっさと掃除するー!!」
あたしも、手に持っていたホウキを高く振り上げて、全員を掃除に集中させるために叫んだ。
言い合いを始めたららちがあかない。堂々巡りもいいところだわ。いつものことではあるけど……。
――と、そんな朝の戦争はどこへやら。午前十時を過ぎた頃、おじさんとおばさんが我が家へ到着した。
「わ〜。あたしこのお菓子好きなんだよね〜。覚えててくれたんだ〜。ありがとうございます」
ご当地モノのおみやげお菓子の一つをさっさと自分のものにした。
「あ、ねぇちゃんズルいぞ! オレもそれ食いたい!」
「ウルサイ! ゲーヲタはゲームやってりゃいいのよ」
「なにおー! 誰がゲーオタだ! オタじゃねぇ!!」
結局はいつも通り。
「瑞希……みんなで食べるのよ? いい?」
「……は、はい」
笑顔の母にそう言われると、やはり破壊力抜群だ。
大人の話は弾みに弾んで、黙々と菓子に手を伸ばしつつただ聞くだけの子供たち。
「瑞希は中二になるんだよね?」
と、おばさん――鎌井祐紀――があたしに話題を振ってきた。
「そうです」
お菓子を頬張りながらあたしは答えた。
「そっか。北都とは三ヶ月しか違わないのに学年違うんだ」
と、おじさん――鎌井直紀――消防士らしい。
ホクト? 誰だろう。
「ああ、お兄さんとこの子供だよね。あ〜そうか。瑞希は四月生まれだもんね」
確かにあたしは四月生まれで、同じ学年内でも早く歳を食うという、いいのか、損してるのか分からない状況に置かれているのは確かである。
……おじさんのお兄さんの子? 聞いたことがあるような、ないような。イトコじゃないけど、ハトコか又イトコとかってやつかな? よく分からないけど。
「丁度、写真持ってますよ。めったに行かないものだから、よく写真を送りつけて来るんです」
おじさんは自分のカバンから封筒を取り出し、中身を母さんに渡した。
「……あら、お兄さんに似て男前じゃない。まぁ、一回しか見てないけど、あのダンディっぷりには参ったわね」
ダンディな男前? どんな人よ、それ。父さんとは真逆であることは確かだけど。
「ダンディがそんなにいいか! ならばパパもダンディ路線に――」
「「無理、無理」」
母とおばさんが声を合わせて言った。
「ぎゃふん」
ショックだったのか、父はそのままテーブルに伏せた。だから無理だって言われるんだよ。
「瑞希が二歳ぐらいのとき、北都くんには一度会ったことあるんだけどねー」
二歳って……覚えてないよ。
母があたしに写真を差し出してきたので受け取り、見て――キタっ!!
どーんと波が押し寄せたような感じで、あたしの心を見事にキャッチされちゃったというか……。
「……あの……」
「どうしたの? 瑞希」
「変なの」
「変なのはいつもじゃない。今さらな発言ね」
「そうだな、紗枝さんに似すぎで元から普通ではないから少々気にはならんが――ぐふっ」
「おじさん! この人、紹介してください!!」
「はぁ!?」
「お、おじさ……!?」
「許さんぞ! それだけは許さんぞ、瑞k――ごばっ」
「よく言ったわ、瑞希! 落としてらっしゃい」
――母は強い味方でした。
「ちょっ、紗枝さん、鼻血出た!! ティッシュ取って、ねぇ、聞こえてる? ねぇってば!! ティッシュ・プリーズ!!」
日本語も英語も聞こえちゃいない。
おじさんとおばさんに、真剣に頼み込んだ結果――春休みは間もなく終わってしまうこともあり、ゴールデンウィークは家族旅行が計画されているし、夏休みにあたしを千葉に連れて行ってくれる約束をしてくれたうえに、図々しくも写真まで頂きました。
身内にこんなカッコイイ人が居るんだったら、さっさと紹介して欲しかったわ、まったく。
それより、早く来ないかな、夏休み――まだ春休みが終わってないって!
新しいクラスにもなじみました。と思ったらすぐに家族旅行。短期休みの後の学校ってちょっとダルダル。テストがあって、ジメジメ季節になって、ぱっと晴れたらカンカン照りの日差し。そんな状況でまたテスト。
そして来ました、夏休み!
しかし、心の中のマイダーリンに会いに行くのは八月に入ってからという予定になってるので、一週間ちょろりがやけに長く感じたのであった。
――そして、その日が来た。
近くの駅でおばさんと合流することになっているので、駅まで母さんが見送りも兼ねてついてきた。あたし、そんなに子供じゃないって。
ちなみに、妹の紗希は児童会役員の仕事があるとかで学校へ行き、弟の克希は――やっぱりゲームだ。あたしが家を出る前も部屋から出てこないし、ゲーム音に混じって「よし!」とか「食らえ〜!」とか言ってるのが聞こえるし……。危ないって。
駅に到着すると、改札口より中の方でおばさんが待っていた。すぐにでも改札を通り抜けんばかりの勢いだったあたしだけど……切符持ってません、入場券も買ってません。だから入れません!!
「ちょっと待っててね、ゆっきー。すぐ切符買ってくるから」
「まだ時間は十分ありますから〜って、聞いてないな、相変わらず……」
そう、母は自分の意見をさっさと言って、もう窓口に走って行ってしまったのでおばさんが言ったことなんて聞いてないでしょう。
あれ? おじさん……いないな?
失礼だとは思うけど、おじさんはおばさんよりちょっと背が低いから見落としているんじゃないかと思い、見回してもその姿は見えない。もしかして、トイレかもしれないけど……と考えながら、おばさんにきいてみた。
「おばさん、おじさんは来てないんですか?」
「うん、仕事があるから……」
そうなのか……残念だな。おじさんも結構好みな――いや、なんでもない。
おじさんの家系は美形揃いに違いないさ。うふふふ。何と言っても本命は――なんて、写真でしか見たことがない北都くんを思い浮かべた。
「ゆっきー、自由席で良かった?」
「……え、ええ。もちろんです」
むっ、せっかくいい所だったのにー!!
だいたい、母さんはそういうことを聞きもせず、さっさと切符を買いに行っちゃったんじゃない。指定席じゃないのか……ケチったな。まぁいいけど。いや、目的地とか知ってんの? どこまでの切符買ってきたのよ!
母が手に持っていた切符を半ば強引に奪うと、印字されている文字を確認した。
――千葉。
そこでいいのか? って、あたしにははっきりとした目的地は分からないんだけど。乗り越し分は貰ったお小遣いから払え……と。まぁ、自分がいつも貰っているお小遣いとは別に貰ってるからいいけど。できる限り使うなとも言われたけど、母さんの勘違いだったらオッケーでしょ。
それより、早く行こうよ。世間話してる場合じゃないって。まーだー?
母さんとおばさんの話に入れず、そわそわしながらあたしは辺りをきょろきょろするばかり。ふと、視線に入った電車や新幹線の時刻表――現在時刻は午前十一時を過ぎたところ。次の新幹線までにはまだ二十分近くある。
それを自分の気持ちや気分でどうにかできるはずもなく、ただ、出発時間までを一人で無駄にそわそわしながら過ごすことになる。
その二十分は、テレビ番組を見ているとあっという間に過ぎるくせに、今日はやけに長く感じた。
「うわー、富士山だー」
遠目から見てもダイナミック! テレビで見るのと同じ姿。……いや、雪はないけど、時期的に。雪の帽子を被った富士山も見てみたいなー。っと、その前に、やはり一番会いたいのは……うふふふ。脳内には焼きついた、写真の彼だけしか思い浮かばない。今、見ているものは余興でしかないのよ。ほほほほほ。
――『恋は盲目』とはよく言ったものだ。
今のあたしに、彼――北都くん以外はどーでもいーものなのよ!
「お弁当、飲み物、アイスクリームはいかがですか」
おお、これが新幹線内の売り子さんか……。
商品がぎっしり詰まったカートを押して歩いている。
「すみませーん」
あたしは手を挙げてから席を立つと、売り子のお姉さん(おばさん?)と目が合った。
「アイスクリームくださーい」
しかし、驚きました。そのお値段に……。
「ありがとうございました。――おみやげ、お弁当……」
笑顔を残して業務に戻るお姉さん。あたしといえば……微妙に苦笑いだ。
カップアイスのバニラのみ、色んな種類のものを買い漁って、おいしいものを探し続けてきたこのあたしにとって、納得がいかない状況となっている。
たかがカップアイスに三〇〇円もとるか!?
誰もハーゲンがいいなんて言ってない!
っていうか、ハーゲンしかなかった!!
ハーゲンといえば、小さいくせにお値段が高いという割に合わないものだから、一度も買ったことがなかったのに……こんな所で買うことになるとは……。しかも通常より五〇円高かったような……。
そのうえ、硬い。すごく硬い! スプーンが折れそう!! 冷やしすぎもいいところだわ。
あたしは半分ふて気味でなんとか掬ったアイスを口に入れた。
――!!
かなり衝撃的な味だった。
これが市販されているアイスクリームの味? 信じられないぐらいおいしい。
コクがあるというか、濃い目のバニラ風味。一〇〇円のカップアイスと比べたあたしが未熟でした。
量と値段が割に合わないとか言ってしまったのは、撤回させていただきます。
う〜ん、納得の味とお値段です!
スプーンを折らないよう気をつけながら、月一の楽しみにでもしようかな……なんて思っていた。
それから、目的地の駅へと到着。おばさんの後ろを歩いていると、改札口より外でこちらに手を振る小柄な女性。おばさんもそれに答えるよう、手を振っている。
もしや、あのお方が彼のお母様!?
うちの母とは違う意味での美人だった。何より違う部分は……清楚な感じで、高貴なオーラが漂っているところだろう。
改札を抜けると、おばさんとその女性が話をはじめた。
「お久しぶりです、芹香さん」
「いらっしゃい、祐紀さん。……やっぱり直紀さんは仕事ですか……」
「ええ。まぁ仕方ないですよね。そういう仕事してるんですから」
「そちらのお嬢さんですね、姪っ子の瑞希ちゃん。こんにちは」
二人の会話に入れず、辺りをきょろきょろしていたあたしに、ようやく出番がやってきた。
「あ、こんにちは。真部瑞希です……」
「随分前……十二、三年ぐらい前になるかしら? 会ったことあるけど、あの時はまだ小さかったからねー」
そんなことはいいから、早く北都くんに会わせてくださいー!
改札前での立ち話は車の中でも続いた。
駅からそう遠くないマンションの駐車場に止まり、エレベーターで七階まで上がりまして、「鎌井」と書いてある表札前であたしは一度、止まった。
急に心臓がバクバクしてきたぞー。
この玄関ドアの向こうには、未知なる世界が……って、それは大袈裟すぎだろ。
あー、ヤバい。ホントに、えーと、どうすればいいんだろ。
考えてばかりもいられないわ。
「瑞希ちゃん、どうしたの?」
家――というより、部屋? に入らず玄関前で止まって考えごとをしていたあたしを不審に思ったのか、おばさんとお母様が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「いえいえ、何でもないです」
「きっと、長旅で疲れたのね。夕食までまだ時間があるから少し休んだら?」
「あ、はい……」
お母様の気遣いに頷きながら、冴えない返事をした。
「すぐにお茶の用意をするから、それまで奥のリビングでゆっくりして」
「はい」
あたしたちにそう言うと、お母様は一つのドアをノックした。
「北都? おばさんたち着いたから、きりのいいところで少し顔を出しなさいね」
ほっ、ほっ、北都くん!?
あわあわあわ。
どうした、あたし! 慌てたり、動揺したりして、あたしらしくないぞ!
「ごめんなさいね。今、受験生だから、部屋にこもってることが多いのよ」
受験……そうか。誕生日は三ヶ月しか違わないのに、学年が違うんだもんね。そう考えてみると一歳年上なのか……。
「そういえば、ここのマンションに初めて来た時は、北都が寝返りしたって大騒ぎしてましたよね」
「そうそう。なのにもう受験生だもの。時の流れって早いのね」
お茶を片手に世間話。あたしは入れず、もっぱら聞き手。
あまりにも退屈だったので、耳はおばさんたちの会話に、目は誰も見ていないのにとりあえずつけてあるテレビの方へ――。ワイドショーの時間なので、よくテレビで見る人が相変わらずテレビの中で何かやってる。同じ映像が何度も流れるけど、あれって意味あるのかな?
そんなことを思っていると、室内の音に扉が閉まる音が混じった。そして足音――こちらに近づいている。
そして、リビングのドアが開いた。
「こんにちは、おばさん」
「おおー北都、ひさしぶりー」
――北都……北都くん!?
あたしはものすごい勢いでそちらを向き、その姿を確認した。
……。あ、う、な……。
思考まで停止してる。ただ、彼を見てるだけ。
「この子、私の姪で真部瑞希……って、瑞希?」
あたしを見つめる(だと思っている)北都くんの目が、表情がみるみる曇っていく……そんな、困った顔(に見える)もステキだわw
「あーびっくりした。おじさんがまた女装でも始めたのかと思った」
「ぶー!!」
「ゆ、祐紀さん!? 北都っ!!」
「な、何でそれを北都が知ってんの!! トップシークレットっしょ!」
「ご、ごめんなさい。実は何年か前に写真の整理をしていたとき、正臣さんと直紀さんのツーショット写真があったんですけど、それが、直紀さんがまだアレな時の写真だったもので、私が勘違いして浮気したーって大騒ぎしちゃったんです。それで……」
「そんなもん撮ってたのか……」
「いや、私もそういう直紀さんははじめて見たのでびっくりしましたけど……よく見たらその辺の女の子よりカワイイんですよね。だから余計に頭にきちゃって……」
「……うん、確かにあの頃の直はかわいかった……」
「……あの、祐紀さん、それって問題発言じゃないですか?」
「……いやいや、何も言ってないよ、何も……あははははは」
「……あの、オレが振った話題の最中に申し訳ないけど、あの子、大丈夫? ものすごく見られてるんだけど……」
「……いや、どうだろうね?」
瞳そらさないで、顔をそらさないでw あたしを指さしてるw うふふふ、あははは。いや〜んw
あたしは座ったまま、ビシっと手を挙げ、こんなことを口走っていた。
「どうも。ただいまご紹介に預かりました、真部瑞希でございます! どうぞ、結婚を前提にお付き合いをお願いしたいです」
――時間が止まった。
――部屋の空気が凍りついた。
――あたしの脳はようやく動き出した。
な、な、な、何を言った、あたしぃぃぃぃいいいい!!!