004・釜兄 戒驕戒躁 T


 戒驕戒躁 <カイキョウカイソウ>
 驕らず焦らず騒がず、慎んで静かに堅実にやりなさいということ。





 鎌井正臣、二十八歳。妻子持ち。
 厳格な、現・内閣総理大臣を父に持つ。
 昔から何かと父の名がボクの背後を付きまとった。
 鎌井家の長男という肩書きがボクから自由を奪った。
 だから、敷かれたレールの上だけを走り続けてきた。
 周りの景色さえも見ず、ただ、真っ直ぐ前だけを見つめてきた。
 父の期待に答えるためだけに――。


 小学校は名門、中学校も名門、高校も名門、大学も名門校の経済学部を主席で卒業。高学歴であっても、父が国会議員であっても、今のボクはただのサラリーマン。
 つまらない程、ストレートな人生。躓いたことなど一度もない。
 そのせいで、弟には辛い思いをさせてしまったと、そう思っている。


 学生時代も勉強ばかりで、恋愛など興味もなかった。
 そんなボクに転機が訪れたのは、三年前の事。





 大学卒業後、某大企業に入社してから三年。自分の仕事もきっちりこなし、頼まれた仕事も誠意を持って対応。部署だけでなく会社でも有数の人材だと言われるようになり、出世街道まっしぐらといったところか。
 相変わらず恋愛に興味はなく、会社の人間関係を優先。得意先との接待や上司、部下との食事会など、必ず参加していた。
 男も女も、プライベートでお付き合いするような人は居なかった。
 どこにでも居る、仕事人間といった感じだろうか。

 遅咲きの桜が風で舞い散る春のある休日。
 妹・優奈を尋ねてきた一人の女性。
 昔から優奈の友人が家を訪ねてくることはよくあったが、ボクの友人は、家が固そうという理由で、誰一人来たことはない。
 この日、ボクは初めて彼女に会った。
「あの、優奈さんいらっしゃいますか?」
 かなり緊張しているのか、体は強張り、表情も硬いように見える。
「今、出掛けていますけど」
「えええ、家に居るって言ってたのにー」
 玄関前で慌てる彼女。優奈はこうやってよく友人を困らせる。
 本人が居ればそうでもないのに、客間なんかで待たされたら変な気を使ってしまうだろう。幸い、今は家にボク以外、誰も居ないからまだいい方だが。
「約束をしているのなら、すぐに戻ると思いますよ。中で待ちますか?」
「え! いや、あの……」
 余計に慌て出した彼女。ウチの事情をよく知る人物なのだろう。
「今は私以外、誰も居ませんからご心配なく」
「あ、そうですか……良かったぁ」
 表情を緩め、安堵の溜め息を漏らす彼女を客間に通すと、ボクはキッチンへ向かった。
「坂見さ……」
 買い物に行くと言っていたじゃないか。先程、ボク一人だと彼女に言ったばかりだ。
 お客にお茶ぐらい出すのが礼儀であろう。しかし、男がお茶を淹れるものではないと父は言うだろう。しかし、今はボクしか居ない。
 頼もうと思っていた家政婦――坂見さんは夕飯の買い物で出掛けている。
 キッチンで右往左往していると、遠くから跳ね馬の甲高い音――優奈が帰ってきたようなので、玄関を出て出迎えた。

 玄関前に立つボクの姿が見えているのに、焦りも急ぎもせず優雅に歩いて来る。
「あら、お兄様がわたくしを出迎えてくださるなんて、どういう風の吹き回しですの?」
 約束の事など、微塵も覚えていないような感じだ。
「友達が尋ねてきたから、客間で待たせてある」
 優奈が首を傾げ、腕の時計を見る。そして何度か時計を指先で弾いた。
「……あらあらあら、時計が止まっていますわ」
 忘れていた訳ではなさそうだ。
 これだから安物はだめね、と言いながら客間へ向かう。安物とか言っているが、優奈が選んだ結構なお値段のブランド物だ。どんなに高級な時計でも、永久ではない。
 大体ソレは、ボクが初任給で買ってあげたモノだろう。ひどい言い草だ。

 それから自室に戻りパソコンに向かうと、客の訪問で中断した会社で頼まれた会議資料作りを再開した。



 資料作りが一段落ついた頃には外は真っ暗。パソコンの明かりが部屋をぼんやりと照らす程度だった。パソコンの電源を落とすと、椅子に座ったまま体を伸ばし深呼吸をした。電気を点けに立つと、足音がボクの部屋の前で止まり、ドアを二、三度ノックした。
「兄さん、少しよろしいですか?」
「どうぞ」
 声の主、開いたドアの前に居たのは優奈だ。目が慣れていないせいか、廊下の明かりが少し眩しい。
「もう真っ暗ですわよ。もしかして、眠っていましたか?」
「いや、仕事の資料を作っていただけだ」
「そうですか。お茶を持ってきて正解でしたわね」
 電気を点けると、ボクはベッドに腰を下ろした。
 優奈は、先程まで使っていた机にトレーを置き、ティーカップの一つをボクに渡して椅子に腰掛けた。
「一体何の用だい? 無茶な頼みごとだけは聞かないからな」
「うふふ、違いますわ。驚かないでくださいね」
 すぐには本題に入らず、一度ティーカップに口を付け、お茶の味がどうとか言っている。ボクに同意を求めている訳ではなく、いつもの独り言だろう。
「今日来た、私の友達……大学の後輩ですの」
 友達の話か? 珍しい。
「彼女の妹が……高校生なんですけどね、直紀とお付き合いしているんですって」
 やたら目を輝かせる優奈に対し、ボクは何の興味も示さなかった。
「……で?」
「あら、それだけですの? もう少し焦ったりするかと思ってましたのに」
「ナゼ焦らなければならないんだ」
「仕事が恋人だからです」
「……何が悪い」
「そのうち、家の為に見ず知らずの方と結婚させられますよ」
「その時はその時。今のところ、結婚する気はないよ。仕事だけで精一杯だ」
「女性とお付き合いするのも、大切だと思いますわ」
「……興味はない」
「つまらない人間ですわ」
 悪かったな、つまらなくて。
「直紀には内緒にしておいてくださいね。本人が言わないのだから知られたくないのかもしれませんから」
「分かっている」
 そんなところまで干渉したりはしない。誰と付き合おうが自由だ。気にするのは父ぐらいだろう。
 やはり、ボクはおかしいのだろうか?



 今週も会議に出席したり、提携企業と打ち合わせしたりと、相変わらず仕事三昧。ようやくやってきた休日、今日は仕事の事は忘れてゆっくり休もう。
 と思っていたのに……。
「お兄様? ショッピングに行きましょう!」
 ボクをお兄様と呼ぶ場合、何か企んでいる事が多い。
「……休日は休む為にあるのだが」
「気分転換も必要ですわよ。レッツ・ゴーですわー」
 半ば強引に連れて行かれた。その上、運転手はボクか。

 パーキングに車を止め、優奈が向かったのは大型百貨店。正面入り口に、先週尋ねてきた女性が居て、優奈に気付くと手を振ってきた。
「すみません、芹香さん。兄が足手まといになって……遅れてしまいましたわ」
 ボクのせいですか。彼女はボクと目が合うと、軽く会釈をしてきた。反射的にボクも会釈で返す。
「それでは行きましょう。荷物持ちも居ますし、遠慮せずに買えますわ」
 荷物持ち?
「あら? お兄様、不満ですか? だって、わたくしのウマちゃんだと、二人乗ったら荷物は置いて帰ることになりますもの」
 優奈はフェラーリを『ウマちゃん』と呼ぶ。あの車はツーシーターだし、エンジンは後ろ。普通車で言うトランク部はフロントにある為、ボンネットを開けるなんてカッコ悪いことはしたくないし、たいして入らないのが現状、ということか。
 それで駆り出されたボクはただの荷物持ちなのか。

 優奈が一番に駆け込んだのはやはりブランド品の店だった。
 ご満悦の優奈に対し、友人の芹香さんは値段を見て真っ青。見て歩くばかりで手に取ることさえしなかった。
 優奈の金銭感覚だけはボクも理解しがたいところがある。芹香さんは、この服一着分の値段で普通に服が何着買えるかしら? と恐ろしいものでも見たような表情でそう呟いていた。
 欲しいものを何でも衝動買いする優奈。一時間でボクの両手は荷物で塞がってしまった。
 一方、芹香さんは……優奈の横を付いて歩き、これもいい、あれもいい、と一人で瞳を輝かせる優奈に相槌を打っているだけだった。
 やはり、無理に付き合わされたに違いない。

 休憩を兼ねて入った、ちょっと高級なレストランでも、芹香さんはメニューを見て表情を曇らせた。
 どのメニューも値段が二〇〇〇円から。飲み物だけでもいい値段である。
 優奈はさっさと決めてしまったが、今にも唸りそうな芹香さんは一番安いものを選ぼうと必死に見えた。
「好きなのを選んでいいんですよ。値段なんか気にしないでください。ボクがおごりますから」
 ボクはそれで彼女の迷いはなくなると思っていたが、実際はその逆だった。
「いえ、そんな……」
 余計に不安そうな表情にさせてしまい、仕舞いには……、
「私、水でいいです!」
 と言ってしまった。
 金持ちの狂った感覚にはついていけない……か。
 優奈が何とか説得し、ここは何とか治まったものの……優奈の独走態勢は食事が終わった後も続いた。

 もうこれ以上持てない、というほど買い込んだ優奈の表情はご満悦。
 ボクが持ちきれなくなった荷物を持ってくれた芹香さんは、結局自分の買い物はしていない。
 ボクら二人して優奈に振り回されただけだ。
 待ち合わせをしていた百貨店の正面玄関に出ると、優奈は手を挙げ、タクシーを停めた。
「それではわたくし、先に戻りますわ。運転手さん、トランク開けてくださる?」
 荷物をさっさとトランク、入りきらなかったものを後部座席に乗せ、タクシーに乗り込んだ優奈は何か企んだような笑顔でこちらに手を振った。
 ……優奈、ボクはともかく、友人は無視ですか? 一人で好き勝手に買い物をして、さっさと帰ってしまった優奈を、呆然と見送る事になった。
「……芹香さん」
「はい?」
「優奈とはお友達、やめた方がいいですよ。あんなのですから」
「……いや、でも、先輩ですから……」
 何がどうなったらそんな先輩と友達になれるのか、その方が不思議でたまらなかった。
「芹香さんは結局、買い物をしていませんね。ボクで良かったら付き合いましょうか?」
「え、でも……」
 今日の彼女を見て、どんな答えが返ってくるかは予想ができる。きっと『ノー』だろう。
「優奈に振り回されたままですから、ボクも少し気分転換がしたいんですよ」
 そう言って再び店の方に足を向けると、芹香さんが駆け寄りボクの横に並ぶ。
「わ、私も行きます!」
 予想を反し、少し驚いたが、笑顔で彼女を見ると照れくさそうにボクの隣りを歩いていた。

 彼女が進んでそこには行きそうにない。そう思ったボクは、女性の物が置いてあるフロアでエレベーターを降りた。
「さ、芹香さん、好きな所へ行ってください」
「え?」
 やはり、ボクの後を付いて歩こうと思っていただけなのか。控え目すぎるのもどうだか……。
「ボクは女性の服を選べる程のセンスは持ち合わせていないんですよ」
 そっと彼女の背後に回ると、言葉を続けた。
「それに、先導して店に入るのは、ちょっと……」
 芹香さんはクスっと笑うと、目的のテナントへと足を進めた。

 買い物相手の優奈に合わせて服を選んできたのか、彼女が今、着ている服とは違った感じの商品が置いてある店の前でボクは落ち着きなく、目を泳がせていた。
 ボクの前を通り過ぎる女性方の視線が熱い。きっと、浮いているのだろう。
 しばらくして、袋を持った芹香さんがボクの側に戻ってきた。
「次、行きますか?」
 手と首を大きく横に振りながら、もう十分です、お金もないし……と彼女は言った。
 先程の優奈の買い物のせいで感覚が狂ったらしい。大学生がそんなに大金を所持しているはずもないか。
「じゃ、喫茶店にでも行きましょうか」
 彼女がまた渋ると思い、返事を聞かずにエレベーターホールへと向きを変えた。
 芹香さんには、少々強引な――彼女を引っ張って行くような男性が似合う、などと考えながら……。

 エレベーターホールに着く直前、装飾品の店でボクは足を止めた。
 並んでいる物にざっと目を通すと彼女を見、一つのネックレスを手に取り彼女に見せた。
「その服だと、少し首元が寂しいですね。コレなんか、貴女に似合うと思いますよ」
 驚いた表情で目をしばたかせるだけの彼女。
 彼女には少し強引なぐらいがいい。
「優奈の迷惑料だと思ってください」
 そういい残してさっさとレジに向かう。慌てて彼女もボクを追ってきた。
「いや、あの、それは困ります」
 いいから、と彼女をなだめ、会計で財布を取り出しふと考えた。
 ――ここでカードを出すのはさすがにマズイかな。
 ということで、現金で支払った。
 店員に値札を外してもらうと、早速彼女の首に着けてあげた。
「この方がいいですね」
 店員からも、お似合いですよ、と声を掛けられ、彼女の顔はみるみる真っ赤に染まった。


 なんとも言えぬ表情でギクシャクと動く芹香さんと共に、最上階の喫茶店へと入る。
 優奈のようなことはしない。ごく普通の喫茶店。
 コーヒーを注文したまでは良かったが、身も表情も硬くした彼女を見て、思わず吹き出してしまった。
「そんなに硬くならないでくださいよ」
「だ、だって……」
 まぁ、無理に答えさせる必要もないか。
「まだ行きたい所はありますか? それとも、自宅まで送りましょうか?」
 下を向いたまま、首を横に振るだけで、更に下を向く。
 何か、気に入らなかったのだろうか。
 彼女の表情は、ボクからはうかがうことができなかった。

 会話もなく、彼女の方から話し掛けてくるまでそのまま喫茶店で時間を潰し、外はいつの間にか暗くなりはじめていた――。
 結局、閉店時間まで彼女は黙って下を向いたままだった。
 追い出されるように店を出た頃には午後の九時を回っており、女性一人をこんな時間に帰らせる訳にもいかず、車を止めた駐車場に連れ、助手席に乗せた。
 ボクも運転席に座り、キーを回しながら彼女に尋ねた。
「自宅はどこですか?」
 何時間ぶりかにようやく口を開いてくれた。
「……市営住宅のアパート近くです」
 ボクの家とは逆方向といったところか。
 ブレーキとクラッチを踏み込み、シフトを一速に入れサイドブレーキを落とすと、ゆっくり走り出した。

 駅通りを抜け、県道を横切り、街灯が少なくなってきた所で、前方にぼんやりと市営住宅の姿が見えてくる。
 いつ彼女から声を掛けられても対応できるように、少しスピードを緩めた。
「そこを右に曲がってください」
「はい」
 ウィンカーを出すと前後左右を確認し、指示通り曲がる。
「あの、二つ目の街灯の前です」
 彼女の自宅であろう街灯前に車を停めたが、一向に降りる気配がない。
 時間の問題もあって、帰りにくいのだろうか。
 しかし、この車は一般より少々うるさい。近所迷惑だと警察を呼ばれてもやっかいだ。そう思って一度エンジンを切った。
「帰りにくいですか? ボクが連れ回したようなものですから、ご両親にお話しましょうか?」
「いえ、そうじゃないんです……。バイトでこのぐらいの時間になることはよくありますから……」
 だったら何だろう? 降りない原因は。
 下ばかり向いていた彼女がボクの方を向いた。
 街灯の灯りに映し出された彼女の表情は、いたく辛そうに見えた。
「また、会ってもらえますか?」
 震える唇から紡ぎ出された言葉は、一体何を表しているのだろうか?
 こんなことを言われるのは初めてだったので、どう答えればいいのか、ボクは少し悩んだ。
「できるだけ、時間を空けるようにします」
 ポケットから名刺でも出そうと思ったが、今日はあいにくスーツではない。確かこの前作った新しい名刺がダッシュボードに入れたままだったはずだ。
 失礼、と声を掛けダッシュボードをあさり、手に当たった筆記用具と共に取り出す。
 室内灯を点け、名刺を確認。裏に携帯のメールアドレスを書き加え彼女に渡した。
「仕事中は出られないことが多いですが、いつでも連絡ください」
 彼女は微笑んで大きく頷いた。
 足元に置いていた袋とバッグを手に取ると車から降り、明るい声で、今日はありがとうございました、と言って、軽く会釈をしてからドアを閉めた。
 ボクは彼女が家に入るのを見届けてから、エンジンを掛け、帰路についた。
 帰ったら優奈に文句でも言ってやろうと考えながら……。


 家に着くと、帰りが遅かったせいか、母が出迎えてくれた。
 食事を取ろうと思い入ったダイニングルームでは、優奈と直紀がのんびりお茶を飲んでいた。
 ボクに気付いた優奈は頬に手を当てにっこりと微笑んで……、
「おかえりなさい、お兄様。随分遅かったですわね。野間口さんと何かありまして?」
 直紀が急にむせた。
 確か、芹香さんの妹さんと直紀がなんたらだったな。反応したということは彼女の苗字が野間口というのではないだろうか。暗くてよく見えなかったが、彼女の入っていった家の表札がそんな感じだったような……。
 優奈も分かっててそんな言い方をするとは、ヒドイものだ。直紀には言うなといってたのに。
「優奈、友達との買い物にボクを付き合わせたあげく、ほったらかしで帰るとはどういうことだ」
「それは……わたくしの気まぐれですわ」
 そのうち、友達無くすぞ。今回はボクが居たからまだ良かったものの……。
 優奈は立ち上がるとくるくると回ってみせた。
「どうです? 今日買った服ですのよ」
「帰ってきてからずっと、ファッションショーしてたんだよ」
 直紀がうんざり、といった表情でボクに教えてくれた。
「お兄様にもお見せしましょうか?」
 また付き合わされてはたまらない、と直紀はさっさとダイニングを去り、ボクは食事の準備をしてもらおうとキッチンへと逃げた。


 遅い食事を終え、風呂に入り、休もうと自室に上がった。
 パソコンを起動しメールを確認すると、明日の打ち合わせについての確認メールが届いているだけ。
 明日からまた平日――仕事三昧。結局、今日は休むどころではなかったな。
 久しぶりに外出して疲れたせいか、明日は仕事なのに休日モードからの切り替えが効かず、大きく溜め息を漏らした。
 パソコンの電源を切り、部屋の灯りを消すと、ベッドに向かおうとした時、机の上に置いていた、仕事の電話ぐらいしか掛からない携帯が鳴りだした。
 休日の夜にトラブルの電話が掛かることは、今までの経験ではまずない。
 光る携帯を手に取り開くとメールを受信していた。
 見たことのないアドレスに首を傾げながら開くと、芹香さんからのものだった。

『遅い時間にすみません。今日は本当にありがとうございました。ネックレスのお礼も言い忘れていました。ありがとうございます、大切にします。
 正臣さんの次の休日、お暇でしたらまたお会いしたいです。

 野間口芹香』

 ボクの休日……基本的には土日が休みだが、今週は水曜日が祝日で仕事も休み。
 家に持ち込むような仕事を頼まれなければ水曜日は暇……。
 メールの返信にその旨を書き、送った。
 すると、忙しくて会えない場合は携帯の方に連絡して欲しいと、携帯番号を書き記したメールが返ってくる。



 彼女はなぜ、ボクと会いたいのだろうか?
 どんな時に会いたくなるものなのだろう。

 今のボクの中にはその意味も、その答えも存在していなかった。

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