とりあえずだ。
なんとしてでも現状を打破せねばならない。
目の前に足を組んで座っているやつの顔をチラリと伺う。
「何よ」
そんな視線に気づいたのか、かなり不機嫌な顔でこっちを見る彼女。
とりあえず、なんとしてでも現状を打破せねばならない。
夏の暑い時期だった。
蝉がみんみんと五月蠅く鳴いていて、俺のフラストレーションも最高潮だった。
アスファルトがあっつあつに熱せられ、汗はしたたり落ちてくる。
勘弁してほしい。
こんな時期に、ガソリンスタンドでアルバイトせねばならないのが不明だ。
しかし、俺にはそんな贅沢など言う資格はない。
この資本主義の世の中、金がすべてだ。
つまり、金がなければ役立たず。お払い箱。
しかも、金がないと俺は大学に行けなくなる。大学っていうのはやっぱり、出てないと将来厳しいかもしれない。
なので、俺はせっせと働かなくてはいけない。
ガソリンスタンドはマジで暑い。
車の排ガスも強烈だ。
隣で働くなんだか女に近い顔の兄ちゃんもかなり暑そうだ。
お互い頑張ろうぜ、とエールでも送ってみる。
すると、1台の車が入ってきた。
お、隣の兄ちゃんが誘導してるぞ。
うわぁ、なんか運転手と乗ってるやつ、異様にマッチョだ。こえぇ。
しかもあの兄ちゃん、なんか絡まれてないか。かわいそうに。
とりあえず合掌。元気出せ。
と、その時、さらにもう1台、車が入ってきた。
「あ、こっちです。オーライ、オーライ…、はいストップ!」
俺は運転席に回る。
「いらっしゃいませ」
中には、かなり美人のお姉さんが乗っていた。おお、すげぇ。
見たところスタイルもバッチリだ。長い髪の毛はたぶん腰まであるだろう。真っ黒でさらさら。
顔はサングラスをかけていてよく分からないけど、全体的にかなりグラマラス菜雰囲気を醸し出している。
「レギュラーで20リットルね」
「はい、畏まりましたぁ。レギュラー20リットル入りまーす」
俺は操作を他のやつ(バイト歴が俺より短いやつね)に頼み、もう一度運転席に顔を出す。
「吸い殻はありますか?」
「ないわ」
かなり冷たく言い放つこのお姉さん。なんか怖いな。
「窓をお拭きしましょうか」
「ええ、お願いするわ」
俺はタオルを持ってきて、せっせと窓を拭く。
汗がしたたってくるが、服の袖で拭き、そして窓を拭く。
中の姉さんはさっきから俺をにらみつけている。
な、なんかこえぇ。
ガゴッ!
「へ?」
その時、なにやら重い音が聞こえた。
おそるおそる手元を見ると……
やってしまっていた。
思いっ切りたてていたワイパーを思いっ切り曲げてしまっていた。しかも2本とも(かなり器用だな、オイ)
さすがに目の前のことなので中に乗っている姉さんもびっくりして俺を見ている。
や、ヤバイ。ヤバイぞこれは。
姉さんの方を見ると驚きから怒りへと変わりつつあるオーラが出されていた。あわわ……
「も、申し訳ありません!ついよそ見をしてワイパーを……」
とその時、運転席に回り込もうとして足を上げるが、あろう事か思いっ切り車を蹴飛ばした。
「な、何やってるのよ!」
姉さんは声を荒げて怒る。蹴飛ばしたところは思いっ切りへこんでいる。オーノー!
とりあえず、一般常識の範囲内での謝罪方法を考える。うん、やっぱこれしかない。
「お、お客様、申し訳ありません!すぐに弁償致しますので……あ!」
「……何よ」
重大なことを忘れていた。何てこった。
「……お金がない」
「ハァ!?」
そうだ。そうだった。
だいたい何でバイトしているのかを考えると、至極当然の答えだ。
金がないからバイトする。当たり前だ。
目の前の姉さんはなんだか携帯を出していじりだした。
な、何をしているんだ。
「安く見積もって20000円。きっかり返して貰うからね」
しょえぇぇぇ!
この姉さん。ただ者ではありませんでした。
とりあえず、店長に相談したところ、この店長、ものすごく意地悪で『そのくらい自分で返せや』と一喝されてしまった。
仕方がないので俺は自分の連絡先と、彼女の連絡先をきき、返済を待って貰うことにした。
どうしようか悩みに悩む。
俺の親は実は母親しかいない。親父は見事に俺が小さいときに昇天してしまった。
まぁ、その時が親父の死期だったのだろうと俺と母さんは開き直っている。
そして、その後は二人三脚で頑張ってきた。お陰で俺は高校、そして大学まで来ることができた。
しかし、残念ながら俺の母さんも年だ。学費の一部は何とか出して貰っているが、地元の大学に進まなかった(進めなかった)俺は自分で生活費と学費の残りを稼がなくちゃいけない。
なので、こうしてバイト三昧の日々を送っているのだ。
なのに、しくじった。20000円なんて返せない。俺の生活ができなくなる。
俺は頭を抱える。いっそ借りるか?
……いや、それは返せる保証もないし第一俺は学生だ。
なら親は?
……それはもっと駄目だ。母さんに頼ってばかりはいけない。
なら友人は?
……さらに駄目だ。笑いのネタにされるだけだ。
となると、八方ふさがりの状態であるのは間違いなかった。
別に全く返せない訳じゃない。しかし、学費がもうすぐ通帳から引き落とされる。すると、俺は一文無しになってしまうのだ。
とりあえず、今日は朝から講義だ。俺は電車に揺られながら、一路大学へ向かっていた。
「ねみぃ……」
一晩中、どうしようか考えていた俺は、全く寝ていなかった。やっぱり、お金のことになると神経質になってしまう。
満員電車の心地よい揺れが眠気を誘う。
と、その時、ガタンッと電車が揺れる。
ボーっとしていた俺は体勢を崩し、踏ん張ろうとして誰かの足を踏んでしまった。
「いたっ!」
「あ、すいません!」
思いっ切り踏んでしまったので、さぞかし痛かっただろう。しかも、踏んだ相手は女性のようだ。
彼女は俺の方へ振り返る。
「「あ」」
声が見事にはもる。いつかの(っていうか昨日の)姉ちゃんこと、永井佐里さんだった。
「アンタは昨日の……」
みるみるうちに彼女から怒りのオーラがわき出てくる。
「き、昨日はすいませんでした……」
とりあえず小さく頭を下げる。
彼女はフンと顔をそらしてしまった。
――そら怒ってるよなぁ――
当たり前である。車を傷つけられた上に弁償は滞納されているのだから不機嫌になるだろう。
とりあえず、この険悪な雰囲気を和らげる為に俺は少し努力してみようと思った。
「い、いやぁ、昨日は本当にすいませんでした。あ、お金はできるだけ近いうちに返しますから」
「あ、そう」
かなり適当な返事を返されたが、俺はめげない。とりあえず永井さんを笑顔にさせよう。うん、そうしよう。
「実は俺、今から大学に行くんですよ。あ、あと3つ行った駅で降りるんですけどね。なぁに、普通の大学ですよ。今日は朝から講義なんですよ。嫌になります、ホント。で、永井さんは今日はどちらに?って電車なんですね。車あるのになぁ」
その時、彼女の肩がピクリと動いた。ん?どした?
「どーかしました?」
「……車ね」
いかん。なんだかかなりやばそうな雰囲気だ。
「車ならね、アンタがワイパーぶっ壊したでしょうがぁぁああ!!」
思いっ切り膝蹴りをくらう。そして、モロ顔面にパンチ。ちなみにグー。
ちょうどその時、ドアが開き、彼女は降りていった。
彼女はフンとそのまま歩いていく。俺は満員電車の中でもだえ苦しむ。
そして、ドアは閉まった。
って、オイ!
ここ、俺が降りる駅なんですけどぉぉ!!
最初の講義には見事遅刻し、俺は教授からこっぴどく怒られてしまった。
その後はいつもの調子も戻らず、講義の内容はちんぷんかんぷんだった。
「はぁ〜」
深いため息をつきながら学食へ来る。
何故か今日は大盛況で、空いてる席が見あたらない。
と、端っこの方が空いているぞ。
俺はその席にお盆を持ちながら向かう。
その席はどうやら2人席のようで、目の前に誰か座っていた。
「あの〜、すいません。前の席よろしいでしょうか?」
とりあえず確認。前の席に座っている人は熱心に読書をしているようで「いい」とこっちも見ずに無愛想な返事をしただけだった。
俺は礼を言うと席に着く。
ふと目が合う。
って
「「ああ〜!」」
昨日と今朝であった永井さんだった。
「ななな永井さん!何でここにいるんでんすか!」
「それはこっちの台詞よ!だいたい、私はここの学生なのよ!っていうか近づかないでちょうだい。マジで」
「そ、そんな!別に故意で傷つけた訳じゃないのにそこまで邪険に扱わなくても良いじゃないですか!こっちだってこっちの事情があるんですから」
「そんなの知らないわよ。早くお金を返して私の前から失せろ」
永井さんと俺は気がつけば言い争いになっていたが、周りの視線が痛くなってきたので少し冷静になることにした。
「ったく。で、お金はいつ返してくれるの?」
彼女はかなり不機嫌だ。まぁ、そりゃそうだけどさ。
「……実はまだめどが立たないんですよ」
「はぁ?あんた、バイトやってるんでしょ。ならちゃっちゃと返せるじゃない」
「いや、いろいろと事情がありまして……」
「何?何なの、その事情って?言ってみなさいよ」
彼女はズイッと前に体を乗り出してくる。
「い、いやぁ、関係のないことですから」
「言え」
「……はい」
あっさり折れる俺、情けない。
俺は1から10までしっかり隅々まで話した。
「ふぅ〜ん、そうなの。……大変ね」
「そうなんですよ……」
彼女は少しばかり考え込んで、言った。
「そうね、じゃあ待ってあげる。でも、少し付き合ってほしいの」
「え?何にですか」
「いい?ここだけの話だからね……」
彼女は俺の耳元で話す。
「え?」
俺は驚いたような顔で彼女を見る。彼女は席を立ち、笑顔でこう言った。
「じゃあ、今日の午後6時に公園でね」
ハッキリ言おう。
めちゃくちゃ大変なことになった。
永井さんにはつきまとう男がいるらしい。
いつもいつもしつこくつきまとい、恋愛なんてできる様子じゃないみたい。
なので、俺が代わりの彼氏をやってそいつを追っ払いたいようだ。
つまり、俺はかなり危険。もしかしたらそいつがぶちぎれて俺が殺されるかもしれない。
しかし、俺に拒否権はない。
俺はがっくりと肩を落とし、公園へ向かった。
公園に着くと、すでに彼女が待っていた。
「遅い」
「……ゴメン」
だいぶ不機嫌そうだ。ちなみに、現在時刻は5時30分。30分も前だ。
「あいつはたぶんもうすぐ来るから」
「そうです、か」
自然と手に汗がにじむ。
これから俺は、今まで経験したことのない修羅場というものに立ち向かわなくてはならないのだ。
さて、どうする俺!?
その時、公園の入り口に誰かの影が見えた。
「佐里っ!!」
そいつは永井さんの名前を呼ぶと、走ってこっちに来た。
かなりやばそうな外見。つーか金髪に顔中ピアスだらけじゃん。こえぇぇ。
「な!誰だ、こいつは!」
そいつは俺を指さすやいなやかなり興奮した状態で永井さんに詰め寄る。
「誰って私の彼氏よ。分かる?こ・い・び・と」
永井さんはそう言うと、グッと俺の腕を引き寄せ、抱きついた。
あまりにも突然のことなので、俺はドキッとする。
とりあえず俺は軽く頭だけでも下げておく。
そいつは顔を真っ赤にして怒っているようだ。
「な、佐里!俺はどうするんだよ!なぁ!」
「何言ってるの?あんたは私につきまとっていただけでしょ?もう彼氏がいるんだからヤメテよね?ストーキングで訴えるわよ?」
淡々と述べる永井さん。相変わらず抱きつかれたままなので固まっている俺。
「こ、こいつ!」
その時、このヤンキー風の男が殴ろうとする。
……無論俺を。
為す術なく、俺は思いっ切り頬を殴られ、宙を舞った。
――昇天
目が覚めると、目の前には永井さんがいた。
「よ」
少しばかり嬉しそうな顔をしていた。
起きあがろうとすると、顔が痛い。
触ってみると、かなり腫れているのが分かる。
「ご苦労さん」
彼女は俺の手を取り、立ち上がらせてくれた。少しばかりふらつくが、大丈夫だ。
「……どうなった?」
俺は自分が気絶してからどうなったのか気になっていた。辺りはもう真っ暗だ。しかし、男の姿は見えない。
「ああ、あいつね。全然話を聞かないからぶっ飛ばした」
「は?」
「だから、ぶっ飛ばした」
それって、俺いらないんじゃないですか?
とりあえず、解決したのだから胸をなで下ろす。
すると永井さんが俺に抱きついてきた。
あまりにも突然の出来事に、俺の思考はパニック。
「な、永井さん!どどどどうしたんですか?」
彼女は俺を上目遣いに見て、こう言った。
「……20000円返せ」
……やっぱり侮れない彼女です。
――後書き――
拝啓 椿瀬誠様。
20000hitおめでとうございます。
今までの感謝と、そしてお祝いとしまして、この作品を送りたいと思います。
とりあえず、どう小説内で椿瀬様に関連させるか悩みました。
20000という数字をどうしても使いたくて、出来上がって読んでみると金じゃまずくないか?って思いが……
まぁ、ちゃんと完成したのでよかったです。
さりげなく真部祐紀ちゃんとマッチョコンビが出てきていますがお気づきになられたでしょうか?
短く、かなり荒削りな作品ですが、喜んで頂けると幸いです。
これからも頑張ってくださいね。ではでは。
NOVEL HEORAMAN管理人 ヘボラマン