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△マルチ トライアングル▽
■軌〜大和
いつも幼なじみの女の子と、一緒にいた。俺は彼女がずっと好きだった。そして、弟も彼女が好きだと思う。いつも俺と彼女の間に割って入って邪魔してくる。
その弟……飛鳥(あすか)と俺は一卵性の双子だった。外見はよく似ていて、小学生の頃は教室を入れ替わってた。同級生は俺たちを見分けられるけど、先生には全然バレなくて、それをやった時の教室からは小さな笑い声が絶えなかった。
その小学校を卒業し、中学校に入っても三人一緒だった。
が、同じ高校を受験したけど飛鳥が失敗。俺と彼女は同じ県立高校へ、弟は私立高校へ……。
それは俺にとって、チャンスだった。この三年で必ず彼女を……ゆうちゃんを!
しかし、進展のないまま二年生になっていた。
いつものように朝は三人で登校。制服がブレザーの飛鳥だけ学校が違うので途中で別れる。
学ランとセーラー服……俺とゆうちゃんは学校まで一緒。彼女の教室の前で別れる。
「大和(やまと)。今日も部活終わったら一緒に帰れる?」
これもいつもの台詞。過剰な期待は禁物。しかし、ほんと、かわいいな。見上げてくる表情、腰まである長い髪、彼女の笑顔は独り占めしたくなる。
「うん、終わったら生徒玄関で待ち合わせな」
部活……俺は野球部で彼女は吹奏楽部。文化部は週3ぐらいの活動が多いが、吹奏楽は毎日活動していた。大会前だと休みも返上。運動部に匹敵するほどの活動をしてる。だから、毎日一緒に帰れるんだけど。……ありがたいことだ。
ちなみに弟、飛鳥は私立高校でサッカー部に所属し、一年の頃から試合に出てた。
俺は一年の後半に三年が引退したからやっと試合に出れるようになった感じ。
準備体操から始まる練習。キャッチボールからノック。音楽室から聞こえる吹奏楽部が練習する楽器の音。低い管楽器の音が目立つ中からフルートの音だけを拾う。
ゆうちゃん、今日も頑張ってる。俺も頑張らないと……そんな気分にさせてくれる。
部活が終わると、さっさと片付けて着替えてるのに、いつもゆうちゃんが生徒玄関で待っていた。
「お待たせ」
「うん、お疲れ様」
この関係を、誰かが「付き合ってる」と勘違いをしてくれてたりしたら嬉しいけど……いずれは本当に恋人同士になれたら、なんて思ってる。
彼女は……俺のこと、どう思ってんだろ。
聞きたいのに、察したように現れるのが双子の弟。今まで、互いに抜け駆けを許さなかった、最大、最強のライバル。
「大和、ゆうちゃん、一緒に帰ろー」
いつも待ち伏せてるかのように現れる、部活帰りの飛鳥。せっかく学校が別れたのに、これではあまり意味がない。
更に今日は、二つ下の弟にも途中で会い、
「あ、大和、乗せて!」
帰宅方向が同じなだけに、徒歩通学の彼を自転車の後ろに乗せて一緒に帰ることになる。
「天音(あまね)も部活?」
「うん」
「何部だっけ?」
そんな質問をするゆうちゃんに、俺の後ろに乗る天音はため息を漏らしてから答える。
「バスケ。今まで何度も同じ質問と回答を繰り返しているけど」
ゆうちゃんはそういう抜けてるとこもかわいいのに、天音にはまだ分からないか? 好みの違いか。
帰宅すると食卓には夕飯が大量に盛ってある。
食べ盛りの男三兄弟はぺろりと八合の白飯とおかずをたいらげた。
風呂を終え、自室で机に向かって勉強してたら、ドアをノックされた。
「はい」
返事をして振り向くと、天音がドアを開けて部屋を覗き込み、何かを差し出してきた。
「飛鳥が持ってた」
俺がドアまでそれを取りに行くと、天音が爆笑し、廊下にひっくり返った。
「……あ」
天音から受け取ったもの、これは、エロ本じゃないか。また勝手に飛鳥の部屋を物色して発見したのだろう。
そこにちょうど風呂から上がってきた飛鳥が登場。廊下で笑い転げる天音を見て、真面目に心配する。
「どうした天音」
俺もなんだかおかしくなってきて、天音が持ってきたものを、笑いを堪えながら飛鳥に差し出す。
「ふぎゃっ!」
顔を真っ赤にして俺の手から本を奪い取ると、毎度この件の犯人である天音に襲い掛かる。
「てめ、毎度毎度……」
ほんと、いつもいつも飽きもせず同じネタで笑わせてくれる、この二人。
俺はこれ以上付き合わず、勉強に戻る。じゃないと、
「なにしてんの! また喧嘩? いい加減にしなさい!」
って母さんが怒るから。
今日も高二組は一緒に登校する。天音はゆうちゃんの弟、中学三年の真洋(まひろ)と一緒に徒歩で登校。
普段と変わらぬ一日が始まる。
■抄〜飛鳥
双子の兄と幼なじみの女の子。いつも一緒に家を出て、学校が違うオレだけ途中で別れる。
同じ高校を受験したのに、オレだけ落ちた。オレだけ私立の高校。
学校にいる間に大和がゆうちゃんになにかしてないか、いつも気になって、学校帰りに待ち伏せて、変わらない二人を見てホッとする。
オレも大和も、ゆうちゃんが好きだ。一卵性の直感はすごいもので、まれに訪れることのある告白のチャンスは互いに潰し合ってきた。
互いがライバルではあるが決して仲が悪い訳ではない。一緒にゆうちゃんの事を語りだしたら、朝になってたこともあった。
大和だから許せることもあるけど、大和だから許せないこともある。大和だけは、ゆうちゃんと付き合うことを許さない。
きっと、大和も同じ気持ちだろう。
オレたちは、いつまで経っても進めず、十六歳になっていた。
「飛鳥くんって、彼女いるの?」
「いないよ、残念ながら」
放課後の教室。年頃の男女。私立高校の制服であるブレザーを着ている女子はなぜか安心したような表情を浮かべた。
「付き合ってくれないかな」
「デパート? 下着売り場じゃなければ」
しかし女子は深くため息を漏らし、頭を抱えた。
「違うよ。わたしの勇気返してよ……」
うむ。オレもそこまでアホじゃないからどういう意味か分かってる。
「気持ちは嬉しいけど、ごめん」
こうやって断るのも何度目か……あまり気分のいいことじゃない。いつまでもオレが中途半端だからいけないんだろうな。そろそろ、オレたちも決着をつけなければいけないんじゃないかって、今日は思った。
前に進むために……。
学校帰り、大和とゆうちゃんに合流。二人に変化がないか探りつつ、話に入る。
ゆうちゃんの家の前で彼女と別れ、自宅までは大和と並んで走るが、この区間から夕飯の時間まで会話がはずむことはほとんどない。でも今日は話し合いたかった。
「大和、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ゆうちゃんのこと」
大和の表情が少し険しくなった。
着替えもせず、部屋にカバンを置きにいくこともなく、オレの部屋で向かい合って座った。
「で、何なの?」
「そろそろ、決着つけないか」
「……そうだな。いつまでもこのままでいるわけにはいかないよな」
なにより、もたもたしてるうちにオレたち以外の誰かに横取りされたら……それだけは絶対に避けたい。
「決着つけてもいいけど、俺が先に言うからな」
「待て、オレが先だ!」
この件に関しては平行線。互いに譲らず睨み合い。すると、一回だけ『コン』とドアを叩く音がして、部屋の扉が開く。
「珍しく一緒の部屋にいると思ったら、喧嘩?」
中三の弟、天音だ。まだ中学の制服である学ランでカバンを持ったままだから、帰ってきたばかりだろう。……ん、ちょうどいい。
「オレたち好きな子が同じで、どっちが先に告るか口論になってるんだ」
「天音ならどうする? やはり生まれた順で長男の俺から……」
「そうやってすぐ長男って! たまたま先に出てきただけのくせに、関係ねぇよ、そんなん!」
また口論。これ以上やってると、手が出そうだ。
その時、天音がオレたちの間を割るように口を開いた。
「双方が先がいいって喧嘩になるなら、一緒にしたらいいじゃん」
もうつかみ掛かってたところでオレと大和は顔を見合わせる。少しして納得。
「「あ、そうだな。なんで気づかなかったんだろ」」
互いにつかみ合っていた手を離す。そこからの話は早かった。
「いつにする? オレとしては早い方がいいと思うのだが」
「まてまて、そう焦るな」
「いいじゃん、明日の学校帰りで」
「え、ちょっと、ええ!?」
「どういう結果になっても恨みっこなしだかなら」
よし、明日いよいよ双子の片思いに決着!
次の日の朝、大和は緊張のあまり挙動不審。
「どうしたの、大和。変だよ」
「どこが、なにが、別に、ハハッ」
大和は学校までゆうちゃんと一緒なのに……なんだかかわいそうになってきた。が、これはオレがいただいた感じかな。なぜかもう、勝った気分だ。
県立組の二人といつもの場所で別れ、見飽きたブレザーの制服を着た生徒が吸い込まれるように同じ学校の敷地に入る。いつもの教室……今日は少し違って見えるぜ。
なぜか授業にも身が入り、部活もいつもより張り切ってやった。
さらば、彼女いない歴十六年。
いつも大和とゆうちゃんが一緒に来て合流する場所。普段はネクタイが緩んでたり、ジャケットのボタンが開いてたりするけど、それなりに身だしなみを整えてみた。
数分後、二人がやってくる。しかし大和は更にガッチガチだ。大丈夫か、あれ。
「大和、朝からずっとあんな感じだけど、どこか悪いのかな」
ゆうちゃんは優しいから心配してる。あんな状態の大和だけど、約束は約束。
「大丈夫だよ。それよりゆうちゃん、話があるんだけど」
「え、なぁに?」
「うん、まぁ、そこの公園で」
自宅から一番近い公園に寄った。もう子供が遊んでる時間じゃないから、誰もいない。
「おい、大和、大丈夫か?」
「あ、ああ、うん、頑張る」
ほんとに大丈夫かな。
「なぁに、話って」
このままでもいいかなぁ、なんて思ってしまう笑顔。いやいや、独り占めするんだ!
大和の背中を強く叩く。顔を合わせ、互いに頷いた。大和にも迷いはない。
同時に大きく息を吸い、同時に言っていた。
「「ずっとゆうちゃんが好きでした。付き合ってください!」」
頭を下げ、右手を差し出していた。ここまで打ち合わせはしていないが、一卵性だから、だろうか。
手を握られた方の勝ち。でも、ゆうちゃんも悩んでるみたいで、なかなか結果が出ない。
さすがにこの状態で待ち続けることはできず、まず大和と顔を見合わせ、ゆうちゃんを窺う。
すごく困った表情だった。大和がとっさに、
「ごめん、ゆうちゃん。今のなかったことにして」
まさかの撤回。
「ばか、大和!!」
こっちは本気なのに。
「ごめんなさい、わたし……」
ゆうちゃんがやっと口を開いた。
「わたし、二人が大好きだけど、大和とも飛鳥とも付き合えない。ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣かして、どうすんだよ……。
「大丈夫だよ、泣かないで。オレたちはずっとゆうちゃんといるから」
「そうだよ。今まで通り、これからも……」
どんな結果になったって恨みっこなし。
これからも、これまで通り……。
ゆうちゃんが、好きだ。
■天〜ゆうちゃん
ずっと一緒にいたのに、大和と飛鳥がわたしのことを……全然気づかなかった。
涙が出て、止まらなくて、二人を困らせた。
「泣かないで……」
大和と飛鳥はわたしを守るように包み込んでくれた。
子供の頃から変わらない優しさ。
わたしと、弟の真洋、大和と飛鳥と天音。わたしだけ女の子。五人は小さい頃からずっと一緒だった。中でも、大和と飛鳥がよくわたしを守ってくれていた。
当たり前だった関係。
いつからか変わりはじめていた心。
芽生えた想いは、ただひたすら心の中に隠してきた。でも、どんどん大きくなっていた。
大和と飛鳥の告白で、わたしもこのままじゃダメだって思った。
わたしも、この想いを伝えなきゃ……いつまで経っても片思いのままだ。
抑え切れない想いが、溢れ出した。
変わらぬ朝。
いつもの登校風景。
不安だった。玄関の扉を開いたら、いつもとは違うかもしれないって。
わたしが家を出ると、いつも大和と飛鳥が待っていた。
「「おはよう、ゆうちゃん」」
そして、今日もいつも通りの二人に少しホッとした。
「おはよう、大和、飛鳥」
でもやはり、申し訳なかった。
途中、徒歩通学の真洋と天音を追い抜く。二人はわたしたちに向かって手を振ってくれた。
そんな平凡な日々。
わたしが壊してしまうかもしれない。
いつもの場所で飛鳥と別れ、学校のわたしのクラス前。
「今日も部活が終わったら……」
「ごめん、用事があるから今日は先に帰るから」
いつも、じゃなくなった瞬間。
授業も集中できなかった。
「ユウ、音に迷いがある。今日は帰りなさい」
「だ、大丈夫です、先輩」
先輩は首を横に振った。
仕方なくわたしは楽譜とフルートをなおし、部活を切り上げて一足先に帰ることにした。
はじめてかもしれない。一人で帰るの。
いつもの道のりが、ものすごく遠く感じ、ごちゃごちゃと考えてしまう。
大和と飛鳥に対する罪悪感。
わたしがしたこと、しようとしてること、本当にいいのかな。
通学路に中学生の姿がちらほら。
いつの間にか中学校の校区まで帰ってききていた。
いつもより早く帰ってきたから、今日は無理かな……ってため息をつく。
と、突然、自転車の荷台を掴まれ、驚いたわたしは悲鳴を上げた。
「やぁぁぁぁ!!」
「うわ、ちょっ!!」
倒れそうな自転車を荷台から必死に押さえてる、掴んで驚かせた犯人。
「あ、天音?」
「お、驚きすぎ」
自転車を立て直し、天音と一緒に帰った。
風でなびく髪を押さえて、自転車の荷台に座るわたし。運転してるのは天音。
「天音、部活は?」
「ちょいサボり。ゆうちゃんは?」
「うん……何か先輩に音迷いがあるって、帰らされた」
そして今、心は高鳴ってる。
「ねぇ、昨日、大和と飛鳥、変じゃなかった?」
うーん、と少し考えた天音はあっ、と声を上げた。
「少し元気ないっていうか、落ち込んでたよ。二人でコーラ酌み交わしてやけになってた。前の日は同じ人を好きだけど、どっちが先に告るか口論になってて……」
「それ……わたし、なの」
「へぇー、そうだったんだ。で、どっちと付き合うの?」
「断った。どっちかなんて選べないから。それに、自分が誰を一番好きなのか、気づいたから……」
頭をそっと天音の背に寄せると、胸がきゅっと痛む。口を開いて息を吸い込み、吐き出すときに溢れていたものが一緒に出てきた。
「天音が好き」
聞こえなかったのかな……天音は答えてくれなかった。
家についた。わたしは荷台から降りてスカートや髪をなおす。天音は背を向けたまま、自転車のスタンドを立て、カゴからカバンを掴み取った。
「じゃ」
天音は顔を伏せたまま足早に去ろうとするが、数歩で足を止めた。
「何で、ウチの兄弟みんな、同じ人を好きになってんだろうね」
わたしに背を向けたまま天音は言って、走って帰っていった。
……え?
それって……。
「天音、待って!」
追い掛けてた。
入るのは久しぶりかもしれない、幼なじみの家。出てきたのは三兄弟のお母さん。
「あら、ゆうちゃん。大和と飛鳥ならまだ……」
「天音に、話が」
お母さんはどうぞ、と二階を指差す。わたしはおじゃまします、と二階へ上がった。手前から飛鳥、大和の部屋。一番奥が天音。ノックするけど返事はない。扉を開けようとしても開かない。多分、向こうから天音が押さえてる。
「天音、どうしちゃったのよ、開けてよ」
「やだ、絶対に、やだ!」
このドアは部屋の方に押し開けると開くから、今は双方が押し合ってる状態。
ドアに体当たりしたら、映画みたいに開くかしら? でも、ドアが壊れないかな。
いやいや、迷ってる場合じゃない。
わたしはドアから離れ……それに向かって勢いよく体当たりした。
部屋の中央でひっくり返ってる天音は飛び起きた。
「な、なんだよ、もう……火事場のバカぢから女!」
「天音の返事、聞くまで帰らないんだから!!」
「……っ」
顔をそらす天音。よく見ると……耳まで真っ赤だ。
「だっ、だから……」
まっすぐ天音を見つめた。
「お、おれは……」
天音と一瞬目が合うけどそらされた。
「おれは、ゆうちゃんが……」
また目が合う。
「ゆうちゃんが好きだ」
胸の中の想いが入ってる器が、壊れた。 次の瞬間、わたしは天音に抱き着いてた。
「天音っ」
ドサドサっと、近くで何かが床に落ちた。
振り返ると、大和と飛鳥がカバンを床に落とし、呆然とこちらを見つめていた。
「あ、あ、天音! コーラ三本買ってこい!」
「やけ酒だ、朝まで飲み明かしてやるぁ」
「やってられるか、ちきしょー!!」
双子が今までにないほど荒れた日。
■決〜マルチ
【大和&飛鳥】
まさかの展開で俺たちの片思いは実ることなく終わった。
でもオレはこれからもゆうちゃんを愛し続けるぜ!
俺もだ。
今日もいつも通り、オレと大和、ゆうちゃんの三人で通学。
飛鳥とは途中で別れ、学校まではゆうちゃんとふたりきり。一緒に帰る約束をして、帰りはまた飛鳥と合流。
何も変わってなかった、オレたちの日常。
ゆうちゃんが、天音にべったりなのを除けば。
じゃ覗いて見るなよ。
天音がいやらしいことをしたらいかんだろう。
……ほっとけよ。
って言いながら、ガン見してんじゃん。
「ちょっと……いつまで覗いてんだよ」
天音に見つかり、注意され、ドアを閉められた。
「さて、オレもデートに行きますか」
「え、なにそれ、飛鳥。切り替え早過ぎだろ!」
「ハッハッハ。いつまでも過去に囚われてると、出遅れるぜ、大和! ハーッハッハッハ」
飛鳥はイヤミなほどのけ反った後、スキップしながら器用に階段を降りて行った。
……なんだこの敗北感つーか、置いてきぼりにされてる感じ。
「……よし。俺も頑張ろう」
まず一歩、踏み出すことからはじめよう。
か、彼女、募集中です。
【天音】
よく一緒にはいたが、二人の兄が一緒のことも多く、大和と飛鳥に比べたら一緒にいた時間は少ない。だから二人きりというのは慣れてなくて、意識すると余計に緊張する。
ただ、横に座ってるだけのゆうちゃん。肩が触れる距離。おかしくなりそうだ。
淡い想いを抱いていた、姉のような存在だったのに……。
「何か喋ってよ、天音」
頬をつついてくる。くすぐったい。それと、すごく近い。耐え切れず、思わず顔をそらした。
「かわいい、天音。顔、真っ赤だよ」
「かかかか、かわいいとか言うな! おれは男だぞ」
おれが年下なせいか、からかわれてる? しばらく、ゆうちゃんは笑顔でおれの頬をつつき続け……ふっと柔らかなものが触れた。
――――っ!?
思わずその場から飛びのいた。が、
「天音〜」
すぐに捕まり、ぬいぐるみのように抱きしめられ、頭がハゲそうなほど撫でられた。
憧れの姉ちゃん、おれの、もの……。
ゆうちゃんの頬にキスをしてみた。
目が合うと、互いにすごく恥ずかしくなって目をそらしたけど、ゆうちゃんの手の上におれの手を重ね、顔を近づけると目が合って、ゆっくりと瞳を閉じたら、唇が触れ合った。
大好きな、ゆうちゃん……。
大和にも、飛鳥にも絶対に譲らない。
【真洋】
「嘘っ、マジで付き合ってんの?」
同級生の幼なじみからのカミングアウトで始まった今日。ただただ驚いた。
自分の姉と天音が? なにをどうしてそうなった。
「ええ、まぁ、告られまして」
「で、OKしちゃったの?」
「いや、逃げたら返事迫られたみたいな……」
「で、好きなの、姉ちゃんのこと」
「実は昔から……」
「え! マジで? 嘘っ、どこが?」
天音はしばらく目を泳がせたのち、
「……全部」
って。顔を赤くして――もう、理解できんわ、マジで。
「まーひろー、おっはよー」
いつもの元気な声は天音の兄その2、飛鳥兄ちゃんだ。一緒に大和兄ちゃんとうちの姉ちゃんもいる。揃って自転車で登校だ。
ここでいつもなら一緒に手を振ってる天音だけど、今日は逆方向を向いて顔をそらしていた。
今日の新発見――天音はすごい照れ屋さん。
こんな天音、はじめてっ。
【ゆうちゃん】
そっけない態度、照れてるんだよね?
こっちを向いて。目を見たらわかるから。
恥ずかしそうにそらす瞳。赤く染まる頬。
「天音、かーわいいっ」
「だから、男にかわいいとか言うな!」
って怒って言う。だって、そういう態度、かわいいんだもん。
「天音、大好きだよ」
「っ……わかってるよ、バーカ!」
ってふくれてそっぽ向く天音。
そんな天音が好き。
頬にそっとキスすると、恥ずかしそうな顔を隠しながらギュッと抱きしめてくれて、小さな声でわたしの名を呼ぶの。
「――優里」
って。
【終】