義理の母は16歳☆FINAL
立ちのぼる線香の煙。
手を合わせてただ、ひたすら謝った。
――すみませんでした。本当に、申し訳ありません……。
謝罪に対する言葉はもうかえってこない。
誰も知らないと思っていた事実は僕が抱えて隠していたはずなのに、誰もが知っていた。
責められるはずなのに、誰も責めてくれないから、余計に動けなくなってた。
そしてようやく、ゆっくりと流れはじめた。僕の中の止まったままの時間。
始まりでも終わりでもない、通過点。
「いつだったか、お姉さんが持ってきた写真。お父さんいつも見ていたわ」
額に入っているが擦り切れた古い写真。幼い紘貴と今の紘貴に似た僕が写っている。いつか姉が撮ってくれたもの。
「相変わらず、姉さんには全然似てないね」
と笑顔を見せる女性は、貴子によく似ていた。妹だから当然といえば当然。でもやはり、違う。
「けっこう間違えられて、困ることもあるんですけどね」
ヒロくんが緊張ぎみに話す。
「紘貴くん、何歳になったの?」
「二十歳で、大学生です」
「……早いものね。もう、そんなに経ってしまって」
僕は黙った。僕はこの家から、貴子を奪い逃げた男。埋められない、戻せない時間が、そこにある。
ここは、あの頃より更に古く傷んできてはいるが変わらない。歪んだ畳、建て付けの悪い襖、線香の匂いが染み込んだ部屋――昭和の匂いがする。
「あれからこっちには一度も戻ってないので、町並みが随分変わっていて驚きました」
「そうね。二十年ですもの……古いものは消え、新しくなっていく」
話したいことは沢山あった気がしたのに、罪悪感が勝り、飲んだ言葉ばかり。
「またこっちに来たときはうちにも寄ってくださいね」
その心遣いを感謝するよう、頭を下げた。
貴子が住んでいたアパートがあった場所にはマンションが建っていた。
事故現場はタイルの歩道になっていた。
当時はなかったショッピングモール、どこに行ってもあるドラッグストアのチェーン店。駅前のパチンコ店はマンションに姿を変えていながら、その影にはまだ小さな食堂がある。
道路が広くなってたり、増えていたり。増えた影響でなくなった建物。
懐かしいのに、知らない土地に迷い込んだような錯覚? 二十年とは……短く、長い。いろいろなものを変えてしまう。
変わっていても、変わらないもの……迷うことなくたどり着いた家。壁の色は変わっていたけど、変わっていなかった。
表札は吉武。
自分の人生の半分と少し、戻ることのなかった実家は、場所も形も変えず、ここにあった。
チャイムを押すと、家の中からたくさんの足音。玄関が開くと、みんなが出迎えてくれた。
父さん、母さん、姉、弟。シワや白髪を増やし、二十年という時間を感じる。
更に知らない顔もある。姉と弟の家族だろうか。
これだけの人に出迎えられると少し恥ずかしくなってしまうが、最初はこう言うと決めていた。
「ただいま」
「おかえり、裕昭」
母さんが僕を抱きしめて、泣いた。
父さんも目に涙を浮かべ、鼻を赤くしてる。
呼乃羽ちゃんはハンカチを目に押し当て、隣にいる男性に寄り掛かる。
浩輔も懸命に鼻をすすっている。
……なんだよ、どいつもこいつも。
鼻の奥がツンとしてきて、目頭が熱くなってきたじゃないか。
話は積もるほど。
「妻の愛里、長男の紘貴、それから長女の優里」
愛里と紘貴が頭を下げる。
「息子と嫁、兄弟でもいいぐらいだね。いくら見た目が若作りでも、オッサン、歳いくつだ?」
相変わらず、人にケンカを売るようなものの言い方をする浩輔。
「いくつもなにも、キミの一つ上ですよ」
怒りを抑えつつ、ついつい営業口調。
「息子と嫁の歳は?」
「二十歳と十八歳」
「嫁の方が息子より年下、更に未成年。昔から頭悪いことは知ってたけど、兄ちゃんやっぱおかしいよ!」
「やかましい! ストレスで大暴れしてた奴に言われたくない! 僕は自分に正直に生きてきた、その結果だ!」
「まあまあ、二人とも……」
仲裁に入る姉さえも標的。
「だいたい、就職もせずにフラフラしてた姉ちゃんと、バカな兄のせいで――」
「人のせいか」
「でも、そのフラフラのおかげで、裕昭を……」
しばらく収拾がつかなかった。
改めて、呼乃羽ちゃんが紹介をする。
「私が裕昭の姉の呼乃羽。夫の野崎雅(のざき まさし)と息子の穣(ゆたか)、それから娘の実乃里(みのり)。弟の浩輔。奥さんの美沙さん。その息子で湧成(ゆうせい)と泰成(たいせい)……」
「お父さんとお母さん」
あの日以来、初めて揃った家族は増えていた。
たくさん話をした。
兄弟でも、知らなかった互いのことを話した。
父さんと母さんも、初めて会う孫、紘貴と優里、嫁の愛里と話している。愛里も紘貴も初めて会う僕の両親にかなり緊張していた。
でも……家族って、いいものだな。
もっと早くに気付くべきだった。
話しても話してもきりがない。酒も入り、盛り上がる大人たち。夜は更けていく。
「今度はうちに遊びに来てよ。待ってるから」
「そうだな、盆にでも行くか」
僕の中で止まっていた時間が、ようやく動き出した。
そんな、三十九歳のゴールデンウイーク。
【終わり】
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2008.08.29 UP