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【番外編】俺の師匠は杉山結
学校が終わると、いつも亮登の家にいた。
どうせ家に帰っても誰もいないし、遊ぶのは決まって亮登だし。家は斜め前。帰るだけ時間の無駄というか……どうせ父さんが迎えに来るまでここにいなきゃいけないから。
母親のいない俺は、小学五年まで夕食を杉山家で食べていた。
その日も、ゲームにやたら熱中する亮登のプレイをただ見ているだけでとてつもなく退屈だった、四年の六月ぐらい。
トイレに行くと言い、リビングから出た時だった。
「ただいまー」
亮登の母が買い物から帰ってきた。当時の俺は、父さんの影響もあり、亮登の母さんでもおばさんでもなく、結さんと呼んでいた。
「おかえりなさい、結さん」
「おー、ちょうど良かった。これ、台所に運んでくれる?」
「あ、はい」
トイレは後回し。というか、別に行きたくもなかったし。
荷物を持って再びリビングへ入り、奥の台所へと向かう俺の後ろを歩く結さんは、リビングのテレビを占拠し、一人ゲームに熱中する亮登に……キレた。
「あんた! またゲームばっかやって! 宿題は終わったの? 終わってなかったら……」
「亮登、宿題やってないよ」
火に油を注ぐ。いや、航空機燃料ぐらいかな。大爆発が起こるぞ、今日も。
無言で亮登の背後に立つ結さんは、これでもか、というぐらいの、渾身の一撃を亮登のアタマに喰らわせた。
その勢いはすさまじいもので、座ってる亮登が横に思いっきり倒れるぐらいだ。
何度みても……怖い。
「また叩く! 勉強ばっかして遊ばなかったら、バカになるんだぞ!」
「あんたは遊びすぎてバカになってんじゃないの」
「それは……母さんがバンバン叩くからだ!」
「叩かれたくなかったら、当たり前のことをやりな! それから口答えしろ」
だよな。毎日、似たようなことを聞くけど。
「亮登、宿題終わらなかったら……夕飯抜きだからね。よーし、今日は何にしようかなー」
結さんの切り替えの早さも、相変わらず見事。
荷物も運び終えたし、宿題も亮登がゲームに熱中してる間に終わらせた。
……。
どうしよっかな。
父さんが迎えに来るのは、俺たちが夕飯を済ませた後。父さんは家で一人、簡単なもの――ほとんどインスタント食品を調理して食べている間に俺が風呂に入って……という平日はそんな生活。
父さんがまだ仕事をしてなかった頃――俺が二年に進級するまでは、ちゃんとしたものを作ってくれて、一緒に食べてたんだけど、その後はずっと俺は亮登んち。
それはそれで慣れてはきたけど、仕事で疲れてるのに、インスタント食品を自分で作って一人で食べておいしいのかな?
俺が作れるようになったら、結さんの負担も減るし、父さんも喜ぶかな?
と、最近考え始めたものの、料理って、どーやんの?
だからここは、結さんに聞くのがいいと思って。
よし。思い立ったら即行動!
「結さん」
「なぁに〜?」
冷蔵庫に食材を入れながら、返事だけ返ってきた。
「俺に料理、教えてくれませんか?」
冷蔵庫を閉め、ようやく見えた結さんの表情は……笑顔だったので、俺はホッとした。
「じゃ、魚、さばいてね?」
――えー?
いきなり、難易度の高いじゃん。
「まず、うろことってね。包丁の背でゴリゴリって。それから、頭を落として、内臓をキレイに取ってね。骨に沿って二枚におろす。ここは包丁が骨に当たってゴリゴリ言うぐらいでやらないと、身が残っちゃうから注意してよ。で、ひっくりかえして、骨だけ残す感じでまたゴリゴリ言うぐらいで……はい、三枚おろしの出来上がり」
と、見本に一匹やってくれた。次は俺の番!?
「じゃ、やってみ」
え!? マジで?
恐る恐る動かなくなった魚を掴んでまな板へ――ヌルヌルして気持ち悪い。
けど、言われたとおりにすると、おもしろいほどうろこが取れて、夢中になった。まぁ、飛び散ったうろこが服にいっぱいついたけど。
慣れない手つきでなんとか三枚おろしにしたものの、骨に大量の身が残ってしまった。
「ま、初めてにしては上出来じゃない。今から料理やったら、料理人にでもなれるわよ」
「そ、そーですか?」
うーん。いきなり魚の三枚おろしをマスター(?)したので、何でもできそうな気がしてきたぞー。
「おつゆの具は豆腐にしようと思ってるから……切ってみる?」
「はい!」
「でーも、豆腐は手のひらに置いて切るのよ? 大丈夫かしら〜?」
「できますって!」
「ま、包丁は引かないこと。指が落ちちゃうからね。豆腐は柔らかいから、包丁をすっと降ろす感じで……」
これ、やっぱり怖いな。
「ここでそうめんつゆの登場よ。これが一番。間違いないわ、この味」
そりゃそうでしょうよ。
結さんの料理はおいしくて好きなのに、こんなトリックを知ってしまうと、喜びも半減しちゃうなぁ。
「豆腐は最後にいれるのよ。煮すぎるとすだつからね」
「す……巣立つ?」
ツバメのヒナをふと連想してイメージ映像が出てきた。ぴーぴーぴー。
「スポンジ状になることよ。鍋の中の豆腐みたいな感じ。おつゆでそれは見た目が悪いわ。だから、食べる前に温める程度でいいのよ」
ああ、なるほど。
「さて、最後にネギでも切ってもらいましょうか」
と出てきたものは、緑色で長くて根がついてるネギ。
「小口切りでお願いね」
手渡されたが、なにそれ。小口さんって誰?
「普通に切ったらいいですか?」
「……一ミリ幅ぐらいで」
一ミリか……なかなか難易度高いなぁ。
慎重に切っていたら、結さんは途中で監修に飽き、テレビを見ていた。
台所には俺一人。黙々と作業を続けた。
どれぐらい時間が掛かっただろうか……。
「できた!」
頃には、杉山家の三人(結さんと亮登といつの間にか帰ってきていた亮登父)は食卓について、料理が出てくるのを待っていた……ように見えた。
今日の夕飯――白飯、刺身、豆腐のおつゆ。
品数が少なくて見た目、ちょっと物足りない。
「おいしいね、これ」
「うふふ。紘貴が作ったのよ」
「マジで!?」
ほとんど俺が作ったぞ。料理って楽しい! 喜ばれるっていいねぇ!
よし、こんど父さんにも作ってあげよう。
もっと練習して、うまくなって、父さんと一緒にご飯を食べよう。
父さんも喜んでくれるかな?
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2008.07.19 UP