■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編1】606日〜お父さんは18歳〜【21】
【21】
彼女と一緒になるために家族を捨て、見知らぬ地へ来た。
幸せだった時間は長くは続かず、彼女は命と引き換えに、大切な子を残してくれた。
たった一人の家族を――。
貴子の左薬指から指輪を外し、最初のクリスマスにプリントした猫のぬいぐるみを抱かせた。
閉じられた箱。
閉じられた扉。
押せと言われたボタン。
もう、二度と、会えない。
押したら、二度と。
でも、だけどっ! 僕には、無理だ。
「……裕昭」
「裕昭くん」
結さんと春斗さんが僕の背を優しく叩く。
……。
さよなら、貴子。僕が、あなたの分まで、立派に育ててみせるよ。
震える指で押したボタン。
僕はその場に崩れ落ち、また狂ったように叫んだ。
いつだったか、結さんが撮ってくれた写真が遺影になった。僕と一緒に写っている唯一の写真。幸せそうな笑顔は今の僕には辛いから、遺影は見えないよう伏せていた。
毎日、病院に通ったが、複雑な気分だった。
貴子が死んだ病院で、息子は産まれ、生きている。
その子は、僕によく似ていた。
まるで貴子の存在を否定するように、貴子の面影もなく、ただ僕に似ていた。
師が慌てて駆け付けるようなことがあったりして、保育器から出られないまま、僕だけを残して死んでしまうのではないかと思うこともあった。
しかし息子は、生きていた。
家では、部屋が汚くなってきた。
スーパーの弁当に飽きた。
冷蔵庫の中の物が腐って臭い。
トイレットペーパーのストックがなくなった。
洗濯機、洗濯物でいっぱい。
台所の流し、洗ってない食器。
燃えるゴミがたまってきて臭い。
ゴキブリが走ってる。
布団も起きた時そのまま。
着るものがなくなった。
風呂の浴槽がヌルヌルして気持ち悪い。
全部、貴子がしてくれてたこと。僕はどうしたらいい? 自分でやらなきゃ誰もやってくれない。
結さんが夕食に呼んでくれたので、杉山家にお邪魔した。
おいしそうな料理がたくさん並んでいた。
「さ、遠慮しないで食べて」
結さんにすすめられ、食べる。
…………。
「どう? おいしい?」
「まずい」
結さんが拳を振り上げた。
「ちょ、結ちゃん!!」
春斗さんが慌てて結さんを止めた。
「貴子の料理のほうがおいしい……」
もう、二度と食べれない。
本当は、結さんの料理もおいしかったけど、素直になれなかった。杉山さん一家が幸せなのを、嫉んでたのかもしれない。
出されたものは残さずしっかり食べたい。
「ついでに聞いていいかしら? 貴子さん、享年三十八歳って、何かの間違いよね?」
なんだそのことか。結局、騙したままだったな、貴子。
「間違いないです」
「うそっ、全然そんな歳にみえなかった」
「十八歳差か……驚いたな。まぁ、ビールでも……。結ちゃん、グラスひとつ」
「未成年なんで、お酒は遠慮します」
春斗さんと結さんが首を傾げ、顔を見合わせたのち、僕を見る。
「未成年?」
「ハタチって言ってたの、あんたまで騙してたの!?」
しまった、ハタチ設定忘れてた。
毎日、午後になると病院に行った。
NICU。入るために服の上から緑色の割烹着みたいなのを着て、手を丁寧に洗って、消毒液を指に摩り込む。
うちの子より小さな子もいるけど、ここの保育器に入ってる赤ちゃんはみんな、小さいけど一生懸命生きている。
うちの子も……生きてる。
そろそろ出生届を出さないといけないのに、名前が決まらない。一人で決められないのか、僕は。
息子の保育器の前、椅子に座ってただ、中にいる子を見るだけ。触ったら壊れてしまいそうなほど、小さくて細い頼りない体。
一九五二グラムで産まれた体。
毎日来てるのに、名前が出てこない。
いつも眠っている息子が、目を開けた。
何か、ひらめいた気がした。
――たか、ひろ? ひろ、たか? いや……ひろ、き?
「……ヒロキ」
声にして呼んでみた。
息子は、保育器の中から、僕をじっと見ていた。
この子は、ヒロキだ。
帰りに漢和辞典でも買って、出生届を書いて出そう。
ヒロの読みは父親である僕の名前から。キは母親の貴子の字を。
市役所に出生届を提出した。
ようやくついた息子の名前は「紘貴」。
その足でバイト先に向かい、仕事をやめた。
「まだ入院してるけど、帰ってきたら子育てしないといけないんで」
午後の面会時間には紘貴の様子を見に行った。
「二五〇〇グラムぐらいになったら、退院できますよ」
体重は順調に増えてる。産まれた頃みたいに体調を崩すこともなくなった。あと、もう少し。
いつ退院してきても大丈夫なように、部屋をきっちり掃除して、袋に入ったままの服を全部洗濯。ベビー布団も天気がいい日に干した。
病院で看護師に、哺乳瓶の消毒方法や調乳方法、風呂の入れ方におむつ変え、いろいろ教えてもらった。
産まれて二十日で保育器を出て、一ヶ月ほどで退院した。
九月、まだまだ暑かった。
病院で快適な室温の中にいた紘貴は、すぐ汗をかいていた。
朝だろうと夜だろうとおかまいなしにミルクとおむつ交換は二時間おき。
合間に家事もこなさないといけない。
大変だったけど、苦には思わなかった。
貴子のため、貴子ができなかったことを僕がやり遂げる。
そう、あなたに誓ったから――。
「ヒロくん、起きて。朝ごはんですよー」
「わーい」
今日はロールパンとスクランブルエッグ、タコさんウインナーにオレンジジュース。
布団から洗面所まで肩車で急行。顔を洗わせる。
「……つめたい」
朝食が並ぶテーブルの定位置につき、両手を合わせた。
「いただきます」
「たきます!」
貴子、紘貴は今日も元気です。
<終わり>
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2012.02.09 UP