料理を作っているときのことだった。
使い慣れた鍋が高いところに置いてあったので手を伸ばしてみた。
どんなに背伸びしても、どんなに手を伸ばしても、限界まで伸ばした体がぷるぷると震えるばかりで届く気配がない。
諦めかけたそんなとき、後ろから伸びてきた手がそれをたやすく掴んで下ろした。
伸ばしていた手を引っ込めて振り返ると、見慣れた笑顔が側にあった。
「これでいいの?」
そして優しい声。
「うん。ありがと」
取ってくれた鍋を受け取って下ごしらえの終わったものをその中に入れていたけど後ろから抱きとめられ、その手は止まった。
「いいね。こういうのも……」
「いいのか。普通は逆だろ!」
「……いいじゃないの〜w」
料理をしているのは僕。鎌井直紀。れっきとした男ではあるのだが、妻――祐紀より背が低い。
消防学校が平日は全寮制であり、週に二日しか家――と言ってもアパートだけど――にいないせいで、今までは手の届く範囲に置いておいた鍋が、全て祐紀基準で置かれていたのでこんなことになってしまったのだ。
せっかく結婚したというのに、僕が就いた職の関係で平日は寂しい思いをさせている。
金曜の夜――帰った日は日頃の訓練でヘトヘトになって戻るので、使いものにならないけど。帰ったら、ばたんきゅー。
土曜の夜は僕が食事当番を担っている。
その準備をしているのがまさに今なんだけど、普段いないせいもあって、祐紀の甘えっぷりも尋常ではない。
「まぁ、このままでも料理ぐらいできるけどさ……」
冷めていそうな言葉を吐く僕。
だけど、この瞬間が離れている時間を埋めてくれる。
心が温かくなって、頬が自然と緩むんだ。