012・釜 かわいいと思った方が負け?


 部室が裏山の土砂で押しつぶされて三ヶ月。
 今はそんな事故の跡形もなく――基礎工事も終盤に差し掛かっていた。


「あ、あれ……」
「うん、きっとあれだよ」

 私の髪も肩に掛かるほど伸びていた。
 誰? スケベは髪が伸びるのが早いとか思った人!
 隣を歩く真部祐紀――私の彼氏ではなく、彼女は、どうもこういう注目のされ方は好きじゃないみたい。
 鎌井直と名乗っていた私は、実は男で、本名は鎌井直紀といいます。
 一年の夏から付き合ってた私達ですが、部室の土砂崩れ事件で互いの性別が見た目の逆だと判明――現在に至ります。
 別にやましい関係でもないので、このまま交際続行してますが、やはり他人の目は痛いらしく……。

「直……やっぱ、構内で一緒にいるのはキツい」
 祐紀は見た目より繊細な心を持っていた。
 私はそういうの、気にならないんだけど……というより、勝手に言ってろ! あたり。
 気にすることなんて何もない。見た目は逆に見えても男と女。普通のカップルでしかないんだから。
 私はカツラではない地毛に指を絡めた。
 ――そろそろ、大丈夫……かな?
 最近は、自分が伸ばしたかった最低ラインにまで髪が伸びてきたから、ウィッグをやめて地毛のままにしてる。
『いつか地毛を巻いてみたい』というつまらない野望のために、ずっと伸ばしてきた。
「せめて、カツラでもつけていてくれたら……ねぇ」
 どうもまだ慣れないみたい。
「じゃ、つけてみる?」
 私はカバンの中から愛用していたウィッグを取り出した。
「何だ、持ち歩いてるんならつけてくれればいいのに」
 安堵の表情を浮かべる祐紀。
 思ったとおり、勘違いしてくれた。
 辺りを見回すと近くにベンチを発見。私はそちらに駆け、祐紀を手招きする。
「ん? つけるの?」
 と言いながら寄って来る祐紀は、すぐにベンチへ腰を下ろした。
 ――チャンス!
 身長の関係で座ってくれなきゃできないし……。
 想像しただけでも顔が緩んでくる――けど、我慢、我慢。
 手に持っているウィッグを私ではなく、祐紀の頭へ――
「うわぁ! な、何を!!」
「ちょっと、黙っててくれる? 無駄な抵抗もしないこと。じゃないと……」
「……じゃ、ないと?」
「空を飛ぶことになるよ」
 低く囁くと、祐紀は黙って身を硬くした。
 私の強さは……祐紀も知ってる。夏に祐紀より大きい兄さんを軽々と投げて気絶させたぐらいだもの。
 まぁ、抵抗されたところで本気で投げてやろう、なんて思ってもいないんだけど、このいたずらを成功させるための方便。
 ウィッグをつけたら祐紀はどんな感じになるんだろう?
 これでも一応は女性なんだし……。
 面白半分、期待半分。私は慣れた手つきでウィッグをつけ、ブラシで髪を梳かした。


 ――――。
 ふてくされた表情なだけに、気持ち悪いとしか思わなかった。
「……祐紀、スマイル」
「どうせ、似合いませんよ。似合ってたまるか!」
 そんなことはないと思うんだけどなぁ。ベースはまともなんだから。
「眉間にしわ寄せるのはとりあえずやめてみようよ」
「……無理」
 完全に機嫌を損ねてしまった。
「実はキレイだったりするんでしょ?」
「……ありえない」
 何を言っても無駄らしい。私は仕方なく祐紀の頭からウィッグを取って、自分の頭につけかえた。
「これならいい?」
「……うん」
 祐紀にとって、これが見慣れた、好きになった私。




 とは言っても、好きになってもらうのなら、ありのままの自分がいい。私はその日のうちに美容院に駆け込んでいた。
 我慢できなかったとも言う。
 まだ髪の長さが足りないから、今回はゆるいウェーブパーマにしてみた。
 地毛にパーマがかけたくて伸ばしてたから嬉しくて、部屋に帰ってからしばらく鏡の前にいた。
 
 明日……祐紀の反応が楽しみだった。




「あ、あ……」
 目を見開き、口をパクパクさせてこっちを指差している。
 予想外に面白い反応をされてしまった。
「もう、ウィッグはやめようと思って……どう? 似合う?」
「か、カワイイ。これもいい。すごくいい。似合ってる」
「じゃ、ウィッグは祐紀につけてあげるね」
「うん………………え?」
 気付いた時にはすでに遅い。
 簡易的ではあったけど、怒った表情ではない祐紀にウィッグをつけることに成功した。

「――――っ!?」

「うわー! 何すんだぁー!!」
 慌てて取り払う祐紀。


 な、何だ、今の……。
 すごくかわいかったんですけど……。
 何と言うか……男心をくすぐる、とでもいうのか?
 違う、違う! とっくに男であることは捨てた。
 ……うん、だけど……かわいかった。


「何だよ、直! 顔真っ赤にしちゃって……」
「え? いや、何も……」




 ……ちょっと待て!
 さっき、何を……!!


     **おわり**

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