006・釜 クルクル頭の女の子


 それは、大学二年の冬のこと。
 それこそ、胸のシリコン抜去手術後、初めてバイトに行った時の事だった。
 多くの大学生が生活するアパート群の近くにあるコンビニエンスストアということもあって、客は学生が圧倒的に多い。
 その中に少々行動の怪しい男が一人。
 手にジュースを持ったまま、店の中をうろうろ。
 他の客が居なくなったことで、ようやくレジの方に来た。
「あの、ここでバイトしてた、髪がロングで毛先にパーマかけてた子、もうやめちゃったんですか?」
 レジで商品のバーコードをスキャンしていると、高校生ぐらいの少年にいきなりそう聞かれた。いかにも気が弱そうな感じで、やっとの思いで切り出したのか、顔は真っ赤だ。
 髪がロングで毛先にパーマ? それって僕?
「あの、一時期髪の長さが肩ぐらいの長さだった子?」
 少年は大きく、何度も頷いた。
「えっと、ちょうど貴方と同じ名前で……」
 言葉と一緒に名札を指差され、ドキリとした。
 そりゃ、目の前に居る僕がソレと同一人物なんだから。
 さすがに夢をぶち壊すような、本当の事を言えるはずもなく、こっちも回答に困っていた。まずは、最初の質問から答えておこう。
「彼女、やめちゃったよ。代わりに僕が入ったようなもんだし」
 後ろでは、からあげ調理中の同じくバイトの関川(せきかわ)が笑いを堪えてヒーヒー言っている。
「そ……そうですか……」
 良かった、信じてくれたようだ。だけど、ものすごく沈んだ表情をしていた。
「一二〇円になります。シールでいいですか?」
「はい……」

 サイフを探る少年から、溜め息が漏れた。
 何だか可哀想だなぁ。でも、何で僕の事を聞いてきたんだろう?
「彼女がどうかしたの?」
 金を出そうとした彼の動きがピタリと止まり、みるみる顔が真っ赤に……まさか!!!
「いや、ただ会いたいというか、お話がしたいというか……」
 こりゃ、本気だわ。あの姿の時、男から告白される事も度々あったが、大学で僕の正体が知れてからはさっぱりなくなっていた。
 まさか未だに勘違いしたままの人がいるなんて、気付きもしなかった。
 どうにかしてやりたい気もするが、どうしたらいいのやら……。と悩んでいると、関川が僕の横から少年の方に体を乗り出すと、ニヤリといい笑顔で言った。
「俺サマが会わせてあげようか〜?」
 何を言い出すかと思えば、何て事を言うんだ、お前は!
「え?」
 少年、期待の色に染まった表情を見せるな! 裏切れなくなるだろ。
 関川は、僕の肩に腕を回し、反対の手で頬をツンツンと突付いてきた。
「実はこの鎌井ちゃん、彼女の双子のお兄さんなんだよ。よく似てるでしょ?」
「あ、言われてみれば、同じ顔……」

 だから、本人だっつーに! くそー、関川めぇ、他人の事だと思って適当に言いやがって。
「あの……今度の土曜日、午後一時、児童公園で待ってるって伝えて下さい!!」
 顔を真っ赤にしてそう言い放った少年は、買ったコーヒーの存在すら忘れて、跳ねるように店から駆け出していった。
 今度の土曜日って……明後日?!!
「……」
「ナオちゃん、今度の土曜、児童公園な」
「僕、バイト入ってるよ」
「よし、俺サマが代わってやろう!」
「関川も一緒じゃん」
「じゃ、二倍働く」
「で……誰が双子なんだよ」
「じゃ、多重人格者で」
「それはイヤだ。……男と女の双子は二卵性で、ほとんどの場合が似ないぞ」
「知ってるよ、んなこと。アイツ、かなり盲目状態から少々気付かねーよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
「高い声、出る?」
「あのねぇ……」

 僕にどうしろって言うの! このままじゃ本当に行かなきゃならないじゃないか。


 まず、高い声はもう出ない。前は意識して出していたが、しなくなってから声のトーンが下がってしまった。
 頭はカツラがあるかいいとしても、服は祐紀でも着れそうなモノ以外は引越しの時に処分している。
 更に胸。もう一ヶ月ちょい早ければ問題にはならなかったのに、今はつるぺた……いや、元の体であって、そんなものはない。これはパットで補えるとしても、何で固定するのかが問題だ。ブラジャー? もう全部捨てちゃったし。祐紀のをこっそり借りるしかないけど、もしバレたらどう言い訳するかも考えなきゃ。
 ……そうだ。胸のパットに関しては、藤宮に聞くのが一番かもしれない。服だって、もしかしたら妹ちゃんから借りたりできそうだし。信用できないけど、これが一番の手段だと思う。
 ――僕ってば、会う気満々なのかよ!!!
 ちくしょー、何もかにも関川のせいだー!!


 その日、バイトを終えてから藤宮と連絡を取り、許可を得たのでヤツの部屋に向かった。
 今日の事を話すと、予想通り腹を抱えて大笑い。
「ひ、ひひひ……お前に恋する少年……あははは、傑作!」
「笑い事じゃないって! あっちは本気なんだから……だから僕だって困ってるっていうのに」
 その辺に転がっていたティッシュの箱を藤宮の頭をめがけて投げた。藤宮はうまく箱をキャッチすると、急に締まった表情になった。
「直さん、ずっとスキでした。付き合ってください」
 演技かよ。冗談でも男からそんなことはもう言われたくない。しかし、あの少年の口から聞かなきゃいけなくなるんだろうなぁ。
 藤宮は急に指をパチンと鳴らすと、
「カノンちゃん、カモーン!」
 ……普通に呼べよ、このアホ。
 ドアを控え目にノックすると、妹ちゃんが部屋に入ってきた。
「お呼びですか、タカユキさま……」
 ……???
「彼に似合いそうなキミの服を二、三着準備してくれないか」
「……かしこまりました」

 一礼すると、ドアを閉める。
「……何の遊び?」
「失敬だな、キミは! これも演技の練習なのだぞ。無粋なツッコミはやめたまえ!」

 この現状で演技をしなければならないというその真意がさっぱりわかりません。
 しばらくすると、妹ちゃんが服を手に入ってきた。
 それを一着ずつ受け取りベッドに広げる藤宮。
「何だよ、ミニスカは持ってこなかったのか?」
「うん……だって、キモいでしょ?」
「……そうだよな」

 妹ちゃん、おとなしい顔して言う事キツいなぁ。
「じゃ、カノンは良い子だからお部屋に戻ってねー」
「は〜い」

 文句一つ言わず素直に退室。祐紀とは大違いだ。
「さ、スキなのを選べ」
 広げられている服を一枚一枚見ていく。シンプルな服ばかりを選んで持ってきてくれた妹ちゃんに感謝。もし、藤宮が選んでたら……と考えるだけでも恐ろしい。
「カツラは?」
「うん、まだ持ってるから大丈夫」
「チッ、リンダヅラ貸してやろうかと思ってたのに……」

 ……お前から借りると何かありそうだからヤダ。
「前から聞きたかったんだけどさ、お前っていつから今のコンビニでバイトしてんの?」
 服の組み合わせをどうするか、考えながらその問いに答えた。
「こっちに来てからずっと」
「……よく面接通ったな。女だと偽って、履歴書もウソ並べたとか?」

 それは、名前とか性別のことだろうか。
「オーナーだけは最初の面接で事情を話したから、全部知ってるよ。だから、術後にちゃんと休みも取らせてくれたし」
 オーナーがそういうのを理解してくれる人で本当に助かったと思ってる。
 そういえば、よくバイト時間が一緒になる関川は、本当に僕を女だと思ってて、何度かアパートに押し掛けられそうになったり、飲みに誘われたりしたけど。オーナーに呼び出された後、バイト時間中にもかかわらず、走って逃げ出した事があったけど……きっとあの時に僕の正体を知ったのだろう。
 選び終えると広げられた服を丁寧にたたんだ。
「ソレにすんのか? サイズ合うか着てみろよ」
「うん、そうだね」

 着ている服を脱ぎ……何見てんだよ、藤宮!
「……やっぱり一回、揉んでおけばよかったかなぁ……」
 兄さんと同じ事言うなよ。
 およそ一年ぶりのスカート……。いや、スカートじゃなくても良かった気がするんだけど、って今頃思ってももう遅い。
 僕の姿を見て腹を抱えて大笑いする藤宮。すぐにでも黙らせたいところだが、服が借り物なだけにうかつな事ができない。
 それはさておき、胸だな……。
「お前って、胸のパット、どうやって固定してたの?」
 藤宮は鼻で笑うとニヤリとした。
「企業秘密だ」
 やっぱり殴る! 僕が拳を振り上げると、冗談だってばー、と陽気に言いながらもかなり怯えていた。
「靴下丸めてさらしで固定。以上」
「靴下はウソでしょ?」
「うん、ウソ。腹巻とか楽なんだけどやっぱり下がるんだよね。試行錯誤の結果、さらしが良かった。胸は潰れると意味ないから緩めにするかわりに、一回肩に回さなきゃならないけど。その辺は当日、俺がやってやるよ」

 その方がいいかも。一人でさらし巻ける自信もないし。
「もし、乳揉まれたら、肋骨折ってさらしで固定してるの。とでも言え」
 いきなり揉まれても困るわ!
「化粧はどうする? カノンに頼んでやろうか?」
「……自分でできるけどさ……もう処分しちゃってないんだよね」
「……口紅だけは貸さんぞ!」

 そこで怒ってもらっても困るんだけど……。
「最後にその声だな。ちょっと高い声出してみろ」
 それが今回の一番の問題。姿はどうにかなったものの、声だけはちょっと無理がある。
「今の限界キーはこんな感じ」
「……まるっきりオカマだ」
「……お前のせいでもあるだろ」

 祐紀にちょっかい出すから、男らしくなろうと努力を始めたんだから。まぁそのおかげで……ねぇ、まぁ、いろいろと……。
「ここで発声練習は近所迷惑だから、とりあえずカラオケでも行くか」
 すぐにでも部屋から出そうだったので、僕も急いでコートを引っ掛けるが……。
「ちょっと待てよ、服ぐらい着替えさせろよ!」
「いいじゃん。予行練習で」

 にんまりと笑う藤宮。……お前、他人事だと思って楽しんでないか?
 再び拳を振り上げると、たたんだ服を持って妹ちゃんの部屋に逃げ込んだ。
 今のうちに着替えるとしよう。


 カラオケで発声練習と称して、女性歌手の歌を散々入れられたものの……、
「僕、歌はあまり詳しくないんですけど……」
 マイクを僕に向けたまま、藤宮は止まってしまった。
「何なら知ってんだよ」
「童謡、やっさいもっさい、リンダリンダ……ぐらい?」
「……どれでもいいから1オクターブ上げて歌え」

 1オクターブ上げるって、確か……ドだったら一個上のドにするやつだっけ?

 ……これが高いから音を外しまくり。変な所で声が裏返ったり、甲高い悲鳴のように声を絞り出したり……。高い声を出す練習どころか、先に地声すら潰しそうだ。

「もういいや。今度は俺の真似しろ」
「ハァハァ……はぁ?」

 ちょっとぐらい休ませてよ。こっちは歌いっぱなしなんだから。キーが高いからいつもの三倍は疲れるんだから。
「喉の奥を開くように声を出せ!」
「はぁ?」
 もう、訳わかんないよ。
「ままままま〜」
 それって演劇の発声練習法?

あえいうえおあお〜

 今、思いっきり外れたぞ!
「ボケっとしてないでやれよ、このバカ!」
「やだよ!」


 アパートに戻った頃には声がかすれ、祐紀に不信に思われたのは言うまでもない。


 ――土曜日。
 祐紀にはバイトと言って部屋を出たが、藤宮の部屋に寄り、デートの準備を始めた。
 肌とパットの間に数枚のハンカチを詰め、潰れない程度にさらしを巻く。藤宮曰く、ズレ落ちないように持ち上げるように巻いた後、肩に回す。
「うむ、胸はこんなもんかな?」
 脱いだら私、スゴイんです! みたいな、なんとも言えない姿だ。まぁ、服着てコートを羽織れば分からないか。
 先日選んだ服を着て、付けまつ毛を装着し軽く化粧をし、頭にカツラを付けてブラシを通す。
 鏡の中には半年前の僕が居るような感じで少し懐かしい。
「お前、パンツはそのままでいいのか?」
「は?」

 何を言い出すかと思えば、そこまで心配してくれなくても結構!
「いいんだよ、前もコレだったから」
「……え?! ブラジャーにトランクスだったの、お前!」
「そだよ」

 何だよ、その期待を裏切られたような悲しい顔は!
「何があっても興奮だけはすんなよ」
「何で?」
「イッパツでバレるだろ……それは」

 股間を見るなよ、指差すなよ、このスケベ!
 約束の時間は午後一時。あと三十分と言ったところだ。
「そろそろ出掛けるわ」
「ちょっと待て」

 藤宮は僕の目の前まで来ると、顔をじっと見つめてきた。
 ……今度は一体なんだろう?
「いいか? お前は女だ。これからとある少年とデートをする一人の女」
「……えっと、これは何かのおまじない?」

 いつになく真剣な藤宮の表情に、変な気でも起こしたのではないかと少し不安にも思ったけど。
「一種の自己暗示だ。自分に言い聞かせろ。自分は女だと……」
 僕は女……女……女……。
「あのさ……僕は……」
「僕じゃない! 私!」
「わ……わたし?」

 私? ……私、女……。
「お前さ、冗談じゃなくてすっげーいい女に見えるわ。男じゃなかったらマジでヤりたいかも」
 グーではなく、女らしく平手で顔を叩いてやった。
「アンタってサイテー」
「ほんと……さいてー」

 閉まっていたはずの扉が開いていて、そこには妹ちゃんが立っていた。怒りのこもったその声は、妹ちゃんが発したものだった。
「でも、カノンちゃんが一番だヨ?」
 もう、遅いと思うよ。
 妹ちゃんも藤宮に平手を食らわし、部屋に戻っていった。
 それを追って藤宮が妹ちゃんの部屋に飛び込み、土下座して謝っているのを私は見てしまった。
 まぁ、それは今の自分には関係ないということで、待ち合わせの公園へと出掛けた。

 何度も自分は女だと言い聞かせ、時間前には公園に到着した。
 少年は……ベンチの前で右往左往、落ち着きがない。まぁ、恋焦がれた私とのデートですもの、当然だわ。
 ……大丈夫。私は女。
 少年の近くで足を止めると、頬を緩ませて声を掛けた。できるだけ高い声で。
「こんにちは」
 急に声を掛けられたからか、振り返った少年はわたわたと少し大袈裟な動作で慌てると、私を見るなりピタリと止まってしまった。
「えと、あの、その……こんにちは」
 コンビニでデートを申し込まれたとき同様、かなりの恥かしがり屋さんだと思った。
 少年は目を泳がせるだけで、私が主導権を握らないとこのまま突っ立ったままで今日が終わりそうな勢いだった。
「ここは寒いですから、喫茶店にでも行きませんか?」
 私がそう言うと、少年は顔を真っ赤にしてただ頷くばかり。喫茶店に行ったところで会話になるのか心配になってきた。

 場所は変わって喫茶店。
 飲み物を注文したまでは良かったが、予想通り彼の方からの会話は期待できそうにない。ずっとテーブルを見つめ、それこそ木目でも数えているのではないかと思った。
 共通してそうな話はないだろうか……。それこそクルクル頭の女の子――自分ぐらいのものか。
 そういえば、名前も知らないんだけど。
「あの……私まだ貴方の名前、聞いてないんだけど……」
「あわわ、すみません。自分は聖神羅学園高等部二年の栗原正道(くりはらまさみち)。彼女いない歴十七年の高校二年生です」

 ……よほど緊張しているのか、学年を二度も言ったうえに、二度言った自覚がない。言わなくていい事まで言ってるし。
「私、鎌井直よ。こう見えても二十歳なんだけど……」
 自分も彼の紹介に合わせて年齢を暴露。
「えええ?!!! すみません、同じぐらいの歳だと思ってました……」
 すごく正直ですね。まぁ、老けて見られるよりは若く見られる方が断然いいし、
「あら? 私そんなに若く見える〜? うれしぃ」
 なーんて、乙女チックにやってみたものの、急にやる気が覚めてきて、こんな事をしている自分に吐き気がしそうだった。
 いかん、今日だけは我慢しろ! 僕は女だ、いや――私は女……ブツブツ。
 会話が途切れた頃、タイミングよく注文した飲み物がテーブルに並んだ。
 彼も私もコーヒー。
 黙々とミルクと砂糖を並々と入れる彼に唖然。いくら緊張が絶頂に達していても、それだけはカンベンしてよ。どんな味なのか想像しただけでも、あまりの甘さに頭痛がしそうだ……わ。
「あの……それ、砂糖入れすぎじゃないですか?」
 彼も私に指摘されて初めて気付いたらしく、カップの中身を見つめて唖然としていた。
「だ……大丈夫です。今なら砂糖一キロでも食べます……」
 無理してそんな冗談を言わなくてもいいのに……。案の定コーヒーを苦痛に歪んだ表情で一気に流し込んでいたけど……ね。

 栗原少年は、もう一杯コーヒーを頼んだが、結局会話らしい会話もないまま、互いのカップのコーヒーは底をついた。
 ここで一日を過ごすわけにもいかない……よね?
「どこかに行きますか?」
「……はぁ、それが、色々と考えていたのですが、女の人とデートなんてしたことないし、どこに行けばいいのか分からなくて……」

 黙りこんで悩んでる訳だ。自分もそんなに経験のある方でもない。買い物に付き合ったとか、公園でちょっと会話したり、彼女の部屋で……ぐらいか。
 私の部屋に行くのはまず無理として、公園は時期的に寒い。デパートに行って知り合いにでも会ったらそれこそ大変なことになりそうだし……。
 だからといって栗原少年の部屋となると色々事情もあるし、除外した方がよさそうだ。
 知り合いに会わない、寒くない場所……。カラオケ? いや、それはこの前ので懲りた。

 結局、どちらからも意見が出ないまま、時間だけが過ぎ、そのまま喫茶店で軽く夕食を取ると、暗くなり始めた頃に待ち合わせの公園に戻った。

「すみません、鎌井さんの都合も考えずにこっちから誘ったのに何もできなくて……」
「初めてなんですから仕方ないですよ」
「あの、また会ってもらえますか?」

 これを一番恐れていたというのに、お決まりで言ってしまうものなのか……。だけど答えは――。
「ごめんなさい。それはできないの」
「どうしてですか? やっぱり……恋人が居るんですか?」
 その問いは今日、初めて聞いた。予想はしていたみたいだけど、聞いたらそこでデートが終わる。そう思って言わなかったのだろう。
 騙したまま、失恋したけどいい思い出にして終わるか、それとも彼の恋を壊すか。
 選択肢は二つ。
 僕の正体ほど残酷な事はないだろう。
「もう、決めてる人がいるの。ごめんなさい」
 そう言って深く頭を下げた。
「そ……ですか……。ですよね? 鎌井さんってキレイだし、男の人が放っておく訳ないですよね」
 うーん、ちょっと聞き捨てならない単語があったけど、聞かなかったことにしよう。
「今日は誘ってくれてありがとう。栗原くんもきっといい人と出会えると思うわ。だからもっと自信を持って」
 誰にだって平等にそういう出会いが用意されているはずだ。僕が祐紀に出会ったように――。

 キミはここで、この恋に終止符を打つんだ。
 最後は笑顔で別れよう。
「じゃ、さよなら……」

 少年に背を向けると急に手を掴まれ、引き寄せられた。
 ちょっとマテェェ!!
 思いっきり後ろから抱きしめられる格好のまま、あまりに突然の出来事に身動きもできない僕。
「アナタが好きです」
 彼にとって、それが僕を引き止める最後の手段だったのかもしれない。
 だけど、答えは変わらないよ。変えることはできない。
「……ごめんなさい」
 その言葉を聞いて緩んだ腕からそっと抜け出すと、少年の方に振り返る事なく、僕は公園を後にした。





 それから三週間ぐらい経ったけど、僕は相変わらずの毎日を過ごしている。
 あの少年はどうなったのか、少しは気になっていたものの、学校と名前ぐらいしか知らないし、今の僕が行った所で何かが変わるという訳でもない。
 彼が一日でも早く立ち直ってくれたら……と密かに願うだけ。

 店に客が入ってきて、今バイト中だということを思い出し我に返る。
「いらっしゃいませ」
 ……あれ?
 来たのは栗原少年。彼の隣りには高等部の制服を着た女の子。二人は仲良く手を繋いでいる。
 彼女は買い物をすべく少年から離れると、彼は僕の立つカウンターの方へ向かってきた。
「鎌井さん。丁度良かった」
 ……この前とはさっぱり態度が違って、何だかフレンドリー?
「実は彼女ができまして……、直さんにはこの前のことは忘れてください、って伝えてもらえますか?」
「……はぁ」

 栗原少年の切り替えの早さに怒りがこみ上げる。僕の心配は空回りかよ!
 彼女がジュースを二本持ってカウンターに来ると、テキパキと会計を済ませ、二人は笑顔で仲良く手を繋ぎ、店を後にした。

 店員だけのコンビニ店内。
 店内放送に混じって関川の引くような笑い声だけが響く。
 僕は怒りの矛先を根源である関川へと向け、イッパツ飛び蹴りを食らわせた。


     **おわり**

  【CL−R目次】